第27話 裏方の幕引き

 祐たちが伊神コーポレーションに突撃してから数時間後、祐の祖父である以蔵と姉である嵐子はある所へ訪れていた。


「ねぇおじいちゃん。どこに行くのさ。私もうクタクタだよぉ」

「クタクタて……車で移動してるだけじゃろがい」

「引きこもり舐めないでよぉ。外に出てるだけで疲れるんだってば」


「社長、着きましたよ」


 まるでタクシー運転手のようなハトリ運送の社員が知らせをくれた。


「うむ。ご苦労」

「お気をつけて」

「……お気をつけて?」


 嵐子は違和感を覚えた。

 そして、車を降りて嵐子は辺りを見渡し、すぐに顔が青ざめた。


「ちょ、こ、ここ、ここって……忍者協会じゃん!!!」

「言ってなかったか?」

「初めて聞いたよ!? ね、ねぇ帰ろう? 私たち肩身が狭いじゃん? こんなところ協会の人たちに見られたらボコられちゃうよぉ」

「お前……部屋の中だと強気なのに外に出ると臆病じゃの……」

「そりゃそうだよ……あ、ちょっと、置いてかないで~!」


 嵐子を置き去りにして以蔵はずんずんと先に進んだ。



「邪魔するぞ」

「お、おいお前! ここがどこだか分かってるのか!?」


 敷地内に入ると、すぐに見張り人らしき人物に話しかけられた。


「ふん、一丁前に見張りなどつけおって」

「おい、この先は──」


「分かっとるわ!!! 黙って見過ごせ!!!」


「ひ……」


 以蔵の怒号に足がすくんだようで、見張りはサッと道を開けた。


「ふん」

「し、失礼しゃ~す……」


 以蔵とは裏腹に、こそこそと前を横切る嵐子。


 止まることなく先へと進み、本殿へと2人は足を踏み入れた。


 バァン! と壊れそうなほどに勢いよく扉を開けた。


「あぁん……誰だ貴様!?」

「おい、誰も入れるなって言っただろうが……ひっく」


 扉の中は、酒と料理がそこかしこに広がっており、まさに宴会ムードだった。

 その中心に、忍者協会トップである百鬼知代はいた。


「……何の用だい? 以蔵」

「なに、ちょっとした挨拶じゃ。それより、随分と楽しそうじゃのお、えぇ? 何かいい儲け話でも貰ってきたみたいじゃのお」

「アタシの質問に答えな。要件はなんだ?」

「あぁ、そうさな。単刀直入に言うと──」

「おいじいさん、シケた面してないであんたも飲めや!」

「バカ! やめな!」


 百鬼の制止が届くことなく、男は以蔵の肩に手を回した。

 次の瞬間、男の体は宙に浮いていた。


「うおおおおおおおおおおおおおおおお!?!?」


 そして背負い投げ、というより背負いぶん投げ。

 男は何回転もして料理の乗ったテーブルに直撃し、辺り一面に料理は散乱した。


「て、てめぇ! 何しやがる!」

「おい、全員でこのジジイやっちまおう──」


「じゃかましい! ワシが話しとるだろうがああああああああああああああ!!!」


 以蔵の咆哮が地響きさえも呼び起こしながら響き渡る。

 その瞬間、その場にいた全ての者が直感していた。

 このじいさんは、只者ではないと。


「お前ら下がってな」

「し、しかし百鬼様……!」

「いいから下がんな! お前らじゃ命がいくつあっても足らないよ」


 知代は以蔵の正面に立った。


「悪かったね。じゃあ、話を聞こうか」

「あぁ」


 すぅ、と一呼吸おいて、以蔵は話した。


「ワシ、服部以蔵、並びに服部一族は、忍者協会を脱退する」


 ざわざわと辺りが騒めきだす。


「おい、それってやばくないか?」

「服部一族っていやぁ、協会設立者の一角だろ?」

「今じゃ目立ってないけど、めちゃくちゃ強いって──」


「黙りな!」


 しん、と辺りが静まり返った。


「訳を聞こうか」

「なに、今の協会に呆れただけじゃ」

「なんだって?」


「耳が遠くなったかババア。今の腐りきった協会にいたくねぇって言ったんじゃよワシは」


 再び、辺りは静まり返る。

 嵐の前の静けさ、とはまさにこの事だろう。


「クソジジイが言わせておけば……どこが腐ってるってんだい?」

「今まさにそうじゃろうが。汚い儲け話が成功しそうでどんちゃん騒ぎ。猿かと思ったわい。いや、悪事に手を染めてないだけ野生の猿の方がマシじゃな」


 ピリピリと、辺りの雰囲気が刺々しくなる。一歩でも動けば痛みを伴いそうな空気だった。


 そんな空気を切り裂くように、スマホの着信音が鳴った。知代のスマホからだった。


「……ワシは構わん、出な」

「お前に言われずともそうさせてもらう」


 知代は後ろを向き、通話に応じた。


「私だ。……なに? ……どういうことだい。……あぁ? ふざけんじゃないよ! こっちから人まで出してただろうが! くそったれぇ!」


 知代の苛立ちは臨界点を超え、スマホを壁にぶん投げた。


「以蔵……てめぇよくもやってくれたね」

「はて、何のことじゃ?」

「クソジジイ……!!」

「言えないじゃろうなぁ。後ろめたい取引相手なんじゃろ?」

「何を証拠に──」

「あ、こ、これっす、はい」


 後ろに控えていた嵐子が持っていたタブレットを横向きにして、知代に見せた。


「な──」


 それは動画だった。

 伊神コーポレーションにて、伊神と知代が親し気に話しているのが写されている。

 そして、ばっちりと異能者リストを手渡すところも映っていた。


「小娘……! よくも犯罪行為をぬけぬけと告白しやがって!!」

「ひぃっ!?」

「それはお互い様じゃろ」


 以蔵は嵐子を庇うようにして前に出た。


「お前、伊神が何をしているのか知っててやったな?」

「……」

「沈黙は肯定。そう捉えていいんじゃな?」


「お前たちっ!!!」


 知代の掛け声とともに、どこに潜んでいたのか、4人がそれぞれ武器を取り以蔵たちを取り囲むように陣形を即座に取った。


「ひ、ひえええええっ!? ちょ、ちょっとおじいちゃん! 争いごとにはならないって言ったよねぇ!?」

「そう願っとったんじゃが、ワシが思うより遥かに腐っておったらしいの」

「あんたを相手にすると疲れるから、手は出さないでおこうと思ったけど、もう限界だよ。損得勘定なしで、あんたを殺したくなった」

「……久々じゃの。実戦なんて何時ぶりじゃろうな」 


 以蔵は構えた。

 その構えだけで、委縮するものさえいた。それほどまでに見事な型の構えだった。


「おい! ぼさっとしてんじゃないよ! あんたたちもだ! こいつらを皆殺しにするよ!」


 知代は側近のほかに、会場にいる人物に呼びかけた。


 しかし、誰一人動こうとしない。


「何してるんだい!? そこまで根性無しかお前ら──」

「ち、違うんです百鬼様……こ、こいつらが……」

「はぁ? 何を言って──」


 知代は周りを見た。

 すると、確かにいる。闇夜にまぎれ、宴会にいた人の首元にクナイを突き立てている奴らが。


「な、なんだいお前たちは!?」


「そこまでです。ばあ様」


 か細くも、芯の通った声が会場に響き渡った。

 扉が開かれ、側近2人を連れた、細目の女性が会場に入ってきた。

 長い髪を後ろで縛り、白い装束を身にまとい、腰には日本刀を携えている。


りん……お前、何しにここへ来た」

「それはもちろん──」


 凛と呼ばれた少女は目にもとまらぬ速さで抜刀し、刀を知代の首に当てた。


「うっ……!」

「あなたを裁くため、推参しました」


(速い……ワシも目で追うのが精一杯じゃった)


「あなたの悪行。しかとこの目で見させていただきました。今までも異能者に対しての批判。差別的発言。自分の気に食わないものに関しては集団による圧力。あなたを斬り捨てる日を、今か今かと待ち詫びていました」

「それが今日だってのかい……?」

「えぇ。英雄の帰還である、今日といたしました」


 英雄。それはここにはいない、忍者の事を指していた。


「身柄を拘束します。全員、武器を捨てなさい。さもなければ、斬ります」


 凛の圧力に屈し、側近以外は即座に武器を捨てた。それを見て、側近たちも手を震わせながら、武器を床へ落とした。


「根性無しどもめ……!」

「連れて行きなさい」

「後悔するよ凛……! 異能者なんて名ばかりの化け物を対等に扱うなんて……!」


 知代は最後まで己の憤りを吐きながら、場を去っていった。それに続くように、知代派の人らは次々と何処かへ連れていかれるのだった。


「ふぅ」


 抜いていた刀を鞘に納め、凜はすぐに深々と以蔵たちに頭を下げた。


「この度は百鬼家の無様な姿をお見せしてしまい、大変申し訳ありませんでした。服部以蔵様、それに、嵐子さん」

「いや、ワシはいまいち状況が読めとらんが……」

「あ、な、百鬼さん。頭を上げて……」

「嵐子、知り合いなのか?」

「だ、大学が一緒で……。苗字が百鬼だからまさかとは思ったけど、本当にあの鬼ババ──じゃなかった知代さんの家系だったなんて」

「ふふ、驚かせてしまってごめんなさい。だけど、此度は──いえ、長きにわたる不当な扱い、本当にどのようにお詫びしたらよいか……」

「……確かに、ワシらは理不尽なまでの罪滅ぼしをさせられておったが、今となっては過ぎた話じゃ。それにワシらはもう協会を──」


 次の瞬間、凜はとてつもない速さで土下座した。


「それについてもどうか、どうか今一度機会をいただきたく」

「は、はやっ!? い、いや凛さん! 何もそこまでせんでも……」

「いえ、これからの協会に、あなたたちのような”模範的存在”は必要不可欠なのです。今一度どうか……!」

「わ、分かった……! しばし考えなおす……! だから頭を上げてくれ……!」

「ありがとう、ございます……!」

「おじいちゃん案外ちょろいね……」


「百鬼様」


 そんなやり取りをしてると、凜の側近らしき人が話しかけてきた。凜だけに聞こえる声でひそひそと話している。


「……すみません。お2人にはもっと詳細に説明をしたかったのですが……」

「いや、いい。いきなり代表が変わったりして内部も大忙しじゃろう。ワシらは今日のところは帰るとしよう」

「お心遣い、感謝致します」

「ほれ、いくぞ凛」

「う、うん……。じゃ、じゃあね百鬼さん」

「凛、でよろしいのですよ?」

「うぇ……? う、うん……ま、また今度ね」

「えぇ、お待ちしております」


 そうして、忍者協会での幕は協会の新しい代表、百鬼凛なきりりんによって降ろされた。


 祐たちから電話があったのはその後の事だった。





















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