第26話 幕引きにはまだ遠く
伊神のスマホから、悲鳴が聞こえたところで映像は途切れた。
きっと日比谷さんはやってくれたのだろう。警官とは思えないような、悪魔の所業で。
「な、なんだこれは……くそがっ!!」
「アンタももう観念するんだ。アンタがやった事だって、もう隠すことはできない」
「隠すことはできない……だと……? 舐めるなよクソガキがっ!!!」
伊神はスマホとは別に、トランシーバーのようなものを懐から取り出した。
「おい俺だ! 状況が変わった! すぐに来いっ!!!」
『了解』
トランシーバーからは無機質な応答だけが返ってきた。
「協会に借りを作るなんぞまっぴらごめんだったが、お前にこのままメチャクチャにされるよりよっぽどマシだ!」
「協会……ってことは」
「そうだ、呼んでやったのさ忍者を!」
次の瞬間、窓ガラスが割れ、外から人が飛び込んできた。
縦にも横にも大きい、まさに巨漢が窓を突き破り、部屋に侵入してきたのだ。
どこか別の階で待機でもしていたのだろうか。ビル最上階の窓を突き破るなど正気の沙汰ではない。
「おう社長。呼ばれて登場だぜ」
「は、はは……! いいぞ強そうじゃないか! このガキどもをぶっ殺してくれ!」
「ん……? はっはっはぁ、誰かと思えばガキかよ! こりゃ楽勝だな!」
巨漢は背中に背負っていたモーニングスターを取り出し、ぶんぶんと回し始めた。
「す、すごい力……」
「さぁて、どっちから潰そうか? えぇ!?」
「忍者……? お前が……? あんな派手な登場するようなヤツが……?」
「いかにも! 俺はどんなヤツだってこの武器で叩き潰してきた! お前らもその中に入るんだよ!」
「無駄にでかい図体……でかい声……でかい態度……でかい武器……全てが癇に障るな……」
「あぁ!? 何ボソボソ言ってやがる!? おら、お前からいくぜえええええ!!」
飛んできた鉄球を、片手で止めた。
「忍者なめんじゃねえええええええええええええええええええええええええ!!!」
掌底をモーニングスターにぶちこみ、粉々に破壊する。
「な、なにぃ!? お、俺の相棒が……!」
敵が気圧されてる間に、俺は跳躍した。
空中で超高速で回転しながら、相手の頭上で足を構えた。
「天!!! 誅!!!」
「はがぁ!?」
そして、渾身の服部流体術、天誅をお見舞いした。
簡単に言えば回転と落下重力を利用した、超強力な踵落としである。
「く、そ……」
巨漢はゆっくりと、膝から崩れ落ちていった。
「忍者なら忍べ。忍者修行からやり直すんだな」
「う、嘘だ……こんなあっさりと……はっ、お前……もしかして数年前の──」
「えいっ」
「ぐほぉ!?」
伊神の鳩尾に拳をプレゼントし、昏倒させた。
「ふぅ……ひとまずこれで危機は去ったかな」
「あの……忍者さん……ううん、服部くん」
「えっ……もしかしてバレてた……?」
「結構バレバレだったと思うよ……? 京香さんとか、日比谷さんとかいたし、後は服部くんしかいないかなって」
「……京香さんはお面で隠してくれたからともかく、警官の格好してたとはいえ日比谷さんは顔丸出しだったしなぁ……」
鼻まで覆っていた布を外し、顔を見せる。
「ごめん、こんなとこまで来ちゃって」
「ううん。私の方こそ、ごめん。私一人で解決できるかもって思ってたけど、やっぱり駄目だった!」
「いやでも俺、かなり来るの遅くなっちゃったし」
「もう、大変だったんだよ!? 洗脳されそうになっちゃうし、商品として売られそうになっちゃうし、いっぱい叩かれて……それで……」
「……」
「それで、いっぱい、嫌な思い、して……」
「うん」
「……っ。なんで、私、異能なん、か、持っちゃったんだろうって……あ、はは、なみだ、止まんないや」
俺は何も言わずに、望月さんの肩に手を置いた。
「望月さん、俺は──」
ジリリリリリリ!!!
甲高い音がビルに響き渡った。
「え? え?」
「今頃警報かよ……誰か手動で鳴らしやがったな?」
ここに来るまでに、自動警備システムは潰しながら昇ってきた。先ほど窓が勢いよくぶち壊されたので、異変を察知した誰かが警報を鳴らしたのだろう。
窓の外を見る。
一人ならまだしも、とても人を抱えて降りれるような高さではない。
万事休す、そう思えた時、俺は地上に見慣れたものを見つけた。
「……しゃあない、一か八かだ。とりあえず逃げよう、望月さん!」
「に、逃げるってどうやって!?」
「そりゃ、もちろん──こうでしょ!」
俺は望月さんを抱えて、思い切り勢いをつけ、窓から飛び出した。
「え、えええええええええええええええええええええ!? こ、ここ最上階……!!!」
「しっかり掴まっててよ!」
大きな布を展開し、空中の自由落下を軽減しながらゆっくり? と落ちていく。
「こ、これ、落ちるの早くない!?」
「ムササビの術なんだけど、一人用だしまぁ、これぐらい早く落ちちゃうよね……ははは」
「し、死ぬ! 死んじゃうって!」
「大丈夫……! さっきチラッと見えたから、きっと……!」
「いやああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
地面に急降下、とはならなかった。
地上で待ち構えていてくれたのは、ハトリ運送と書かれたトラック。
しかも運よく荷台にはベッドのようなものが積まれていた。
ガッシャーンと派手な音を立てて決死のダイブは無事? 成功した。
「い、てて……」
「し、死んで……ない……?」
「大丈夫そう? 望月さん」
「……生きてる」
「そりゃよかった」
「な、何だぁ今の音!?」
「え、何!? 奇襲ですか!?」
ちょうど運転席と助手席に乗っていた、力也くんと因幡くんがいた。
「わ、若ぁ!? それに、望月さんも……な、なんで!? というかもしかして、空から降ってきちゃったんですか!?」
「……くぅ~!!! やっぱ若はすげぇ……っ! 俺、一生若についていく!!!」
「と、とりあえず出してくんない? 色々と面倒なことになりそうだからさ」
「了解っす!! よっしゃぁ! 若の救出成功だぁ!!」
「救出、でいいのかなぁ……」
トラックはくるりと方向転換し、伊神コーポレーションとは真逆の方向に走っていく。
仰向けで空を見上げる。
辺りはすっかり真っ暗だ。星が少しだけ明るい。
「いやぁ、間一髪だった。バンジージャンプの片道切符も悪くなかったかな、うん」
「そんなこと言えるの服部くんだけだよ……」
「ははは、そうかも」
「……服部くんは、さ」
望月さんが言葉に詰まっていた。
なんとなく言いたいことは分かった。
「……きっと」
「え?」
「普通じゃないことができるっていうのは、きっと素晴らしい事なんだと俺は思う。だって、その人にしかできないことって、凄くない?」
「……うん」
「だから望月さんも、異能を持っててもいいんだ。他の誰かが否定しても、俺は否定しない」
「……ありがとう、服部くん。……そっか、あの時も、服部くんはそう言って、くれて──」
不自然なところで、望月さんの言葉が途切れる。
疲れて寝てしまったのだろうか、と隣を見ると、俺はぎょっとした。
「も、望月さん?」
「はぁ……はぁ……」
顔が青ざめている。
息は荒く、呼吸するのがやっとのようにも見える。
「望月さん、どうかしたのか!?」
「あ、れ……私、どうしちゃったのかな……えへへ」
「……ちょっと熱、測るよ」
おでこに手を当てようとしたその時だった。
「いっ!?」
バチン! と目の前で火花が散った。
ゆっくりと自分の手を見ると、来ていた装束が少し黒焦げている。手もかなり厚かった。
「まさか……異能の暴走……!?」
異能の暴走。
未だ原因は特定されていないが、それは異能者にとって急に起こるものと言われている。自分が持っている能力を制御できず無差別に能力を解き放ったり、はたまた自分を苦しめたりするものらしい。
じいちゃんから聞かされたことがあるが、何か大きなショックであったり、ストレスが積み重なり臨界点を超えると暴走するのだとか。
確かにここ最近、望月さんにかかるストレスは大きかったことだろう。
それ故に、解放された弾みで暴走が引き起こされたのかもしれない。
「ど、どうする……異能の暴走なんて、初めてだぞ……!」
必死に頭を回転させる。
「は、っとりくん……私、どうなって……」
まずい。望月さんに今の状況を伝えてしまっては、罪悪感を感じて更なる精神的負荷になりかねない。
「だ、大丈夫っ! ちょっと熱ありそうだし測るね、うん!」
再び望月さんに触れようとすると、手がビリビリと痛む。
しかし、耐えなくては。
望月さんに悟られぬよう、何とか手をおでこに持っていくことに成功した。
「あ……へへ、ひんやりして気持ちい」
「そ、そう……いっ!! それは良かった……だっ!!」
度々激痛が来るので、うまくしゃべれない。それでも表情は普段通りを心掛けた。
「そういえば、お母さんにもこうして撫でてもらうこと、あったなぁ……」
「こ、こう?」
「うん……」
言われた通り、おでこから頭へ手を持っていき、ゆっくりと撫でる。
サラサラの髪を撫でるたびに、バチバチ、バチバチ、と静電気の痛みを何十倍にしたような感覚が体を突き抜けるが、耐える。
「……」
「望月さん……?」
「すぅ……すぅ……」
「寝た……のか……? 良かった……」
寝息を立て始めた望月さんからは電気は流れていなかった。
何とか暴走を止めることに成功したらしい。
「でも、根本的解決にはなってないよな」
再び目を覚ました時、望月さんの異能が暴走していないとも限らない。早急に手は打つべきだろうが、異能のスペシャリストなど身近に心当たりがない。
「そういえば、伊神のところにいた研究者はどうだ?」
確か村田と言っていたはず。スマホを取り出して日比谷さんに電話をかけた。
「あー……えっとぉ……すみません、無理っすね」
メチャクチャ申し訳なさそうな返事が返ってきた。
「村田はちょっと、ホントにちょっと痛い目に会ってもらいまして話せる状況じゃないんですよねぇ……。何より研究者たちは全員拘束して連行しちゃったので……」
「分かりました。すみません、ありがとうございます」
通話を切る。
となれば思い当たる節はもうない。
「いや……待てよ」
まだ一つあった。
望月さんの両親。2人はどこにいるのだろうか。
もし生きているのならば、2人ほど望月さんを知っている人はいないだろう。
俺はすぐにじいちゃんのスマホに電話をかけた。
「あ、もしもしじいちゃん?」
「電話をかけてくる余裕があるという事は、全て終わったんじゃな?」
「いや……ひとまず、ってところかな」
「なんじゃ、歯切れの悪い」
「じいちゃんに聞きたいことが──」
「うへぇ~、疲れたぁ。もう外出たくないぃ~」
この声は……姉さんだ。
それにドアが開き、閉まる音がスマホ越しで聞こえてきた。
「じいちゃん、姉さんと一緒なのか?」
「ん? あぁそうじゃ」
「どっか出かけるのか?」
「いや、出かけた後じゃ。もう終わった」
終わった? どういうことだろうか。
「それより、ワシに話があるんじゃろ」
「あ、あぁ。でも家にいるなら直接話した方が早いな。もうすぐ着きそうだし」
「分かった。待ってるぞ」
スマホを切った。
じいちゃんの声は、どことなく明るいように思えた。
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