第25話 クズVSクズ

 伊神が管理する研究棟兼宿泊料。

 何名もの異能者。それを操る研究者。

 これに相対するはメイド一人。

 そこに、場違いな警官が現れた。


「あーらら、通報の通りですなこりゃ」


 へらへら笑いながら、メイドに駆け寄った。


「大丈夫ですか~? 橘さ──」


 肩に手を置こうとしたその時、箒が首元寸前まで突き付けられた。


「危なぁ!?」

「来るのが遅いんですよゴミクズ警官」

「あ、あはは……本来警官っていうのは通報とか令状が無いと動けない訳でして……橘さんだって働いてる身だし分かるでしょ? ほら、雇用関係とか──」

「私は主に背きましたけど?」

「え、まじ? 俺は無職になるのはちょっと怖いなぁ……」


 そんな会話を繰り広げていると、日比谷の足元にまたもやナイフが飛んできた。飛ばされたナイフは綺麗に地面に突き刺さっていた。


「おわぁ!? ちょっと橘さん怒りすぎでしょ……」

「私じゃありませんよ」


 投げられたのは村田が操る異能者からだった。


「ちっ。無能め。いつになったら当てられるんだお前はぁ!」


 村田が異能者に手を挙げる。殴られた異能者の少年はすみませんと呟く事しかなかった。


「あれが洗脳ってやつですか?」

「えぇ。早く解いてあげないと」

「橘さんなら全員組み伏せて二度と起き上がらせなくなることぐらい余裕でしょ」

「できますが、私が動けばあの下種は異能者に手を挙げるでしょう。最悪殺すかもしれない。それは若の望みではないので」

「忠誠心旺盛だなぁ」


 日比谷はやれやれと言いながら、村田と向かい合った。

 距離はおよそ15メートルほど。

 超高速で駆ければ村田だけを仕留められるかもしれないが、近距離ならまだしもさすがに遠すぎる。


「坊ちゃんだったら……って言ってもしょうがないかぁ」

「おい警官。大人しく引き下がりたまえ。さもなければ……キミの地位と体、両方に傷がつくことになるぞ?」

「地位に傷がつくのは困るなぁ……まぁでも、体に傷はつくことはないからいっすよ」

「まだ状況が呑み込めていないようだな。おい、次は当てろよ」

「はい」


 再び、異能者の少年にナイフが握られる。

 少年の異能は投擲武器の大幅向上。ナイフであれば切れ味、投げた際の素早さが格段に向上するように、他の投擲武器でも同様にとてつもない威力を持った兵器を扱える強力な異能だった。


「やれ」


 少年からナイフが投げられる。

 今度は日比谷の顔めがけて一直線。

 確実にあたる。誰もがそう思っていた。日比谷と京香以外は。


 カラン。


「……なに?」


 ナイフは音を立てて、地面に転がった。


「なんだ、今のは」


 外れたのではない。先ほどのように、ナイフが地面に刺さったりはしておらず、横たわっているから、弾かれたのだと村田は推測できた。

 しかし、何に弾かれたのか、見えなかった。


「なら、これならどうだ」

「はい」


 次に村田が投げさせたのは、手榴弾だ。

 異能者の能力により、手榴弾はけた外れの火力を持ち合わせ、凄まじい速度で日比谷めがけて放たれた。


 激しい爆発音。

 立ち上る煙。

 徐々に露になる、人影。


「けほっ、けほっ……けむてぇ~。目に沁みるんで止めてもらいたいんだけどなぁ」


 無傷。

 来ている服にも汚れ一つない。


「なっ……! 何なんだ貴様ぁ!? おい、お前も何ボサッとしているんだ! 早く次の攻撃を仕掛けんか!」


 再び異能者に手を上げようとするが、その手が何者かに弾かれた。


「そろそろ見飽きたんで、止めてもらえますかね、それ」


 顔はヘラヘラと笑っているが、その声には冷酷さが入り混じっているのを村田は感じた。


「いっ……今のは……影、か……?」

「ピンポンピンポ~ン。さすが研究者。観察は一丁前ですねぇ~」


 パンパンと大袈裟に手をたたき、相手を煽る。その様子に村田は苛立ちを隠せずいた。


「……ふっ。なるほど、影か。文献では見たことはあったが、見るのは初めてだな」

「おや、そうでしたか。じゃあしっかり目に焼き付けとかないといかんですねぇ」

「それには及ばん」

「え?」

「影を操る異能など、大した力ではないことは既に立証済みだ。無論、弱点も熟知している」

「ほうほう」

「影を操れるのは、自分、もしくは他人。そして、その対象は一度につき一人。貴様もそうなんだろう?」

「いや~、バレちゃいましたか」

「……一々癪に障る。お前たち、一斉にかかれ。もう生け捕り、拷問などと生温い事は言わん。全力で叩き潰せ」


 異能者全員が、走り出していた。統率のとれた動きは一切の無駄がなく、無慈悲に一人の警官へと襲い掛かろうとしていた。


「無能な能力を持った自分を恨むんだな」


「ん~。まぁこの数相手にはしたくないですよねぇ」


 日比谷は地面に手をついた。


「なんだ、命乞いは無駄──」


影ノ氾濫かげのはんらん


 瞬間、日比谷の手からは影が溢れ出した。黒い波のようにも見える影は瞬く間に異能者たち全員の足元へと広まった。


「さぁ、皆さん。今一度、自分探ししましょっか」


 地面に広がった影は、次第に大きくなり、異能者たちと同じような体格となった。


「な、なんだ……なんなんだ……」


 その影は一つではない。

 異能者一人一人に、相対するように影が形成されていた。

 そして、その影は自分が本体だと言わんばかりに、影を生み出している本人に襲い掛かっていた。


「なんだこれはあああああああああああああああああああああああああ!?」


「あっはっはっはっ! いい反応するなぁ。わざわざ出張った甲斐がありましたねこりゃ」

「か、影が何体も……! それに、互いを潰しあってるではないか……!」

「体格も、動きも、実力さえも、一緒。なんたって影、ですから」

「あ、ありえないぃ……! こんな異能は、聞いたことがない!!!」

「厳密に言うと、俺のこれは異能じゃないみたいですよ? 代々伝承されている”忍術”。異能は遺伝とかしませんから、まぁ忍術という括りなんでしょうね」

「ば、馬鹿な……こんなことが……」

「これが影の術奥義、影ノ氾濫かげのはんらん。いやぁ、クズを相手に使うと気分がいいなぁ。攻撃しても罪悪感がこれっぽっちも芽生えない! いいストレス発散ですなぁ」


「……悪趣味」


 京香のつぶやきは聞こえないフリをして、日比谷は自身の影と戦いを繰り広げている渦中をひらりひらりとかわし、村田の正面へと立った。


「ひ……!」

「おっと、逃げようとしないでくださいね。自分の影に殺される、なんて結末。嫌でしょ?」

「こ……こんなの出鱈目だ……自分自身に、勝てるわけなど……」

「まぁ大抵の人は互いに潰し合って倒れるのがオチですけど、中にはいるんですよねぇ。自分自身を超えてくるヤツが。この術は影が形を成してからは成長したりしませんから。ほら、よく言うでしょ? 戦いの中で成長する、ってやつ。あれを実際にやってのける人がいたりするんですよ、怖いですよねぇ」

「あ……あ……」

「って聞いてないか。とはいえ、俺の術はあまり大っぴらにしたくないんだよね……あ、そーだ」


 閃いた日比谷は、より一層邪悪な笑みを浮かべた。


「研究者さんさ、洗脳の異能なんて持ってるんだから、記憶をいじることもできるんじゃない?」

「……へ?」

「だから、あの異能者さんたちがここで会ったことは忘れるようにできるでしょ? それしてくれれば、今回の事は大目に見てあげるからさ」

「ほ、本当か!?」

「ホントホント。それと、あなた自身も忘れて欲しいんだけど、まぁこれは体で覚えてもらうか」


 日比谷は村田の頭をつかみ、地面にたたきつけた。


「ごぼぉ!?」


 叩きつけたのは地面でなく、影だ。

 視界に広がるのは無。

 どこまでも広がっているのに、どこまでも無。

 目を開けているはずなのに、何も見えることは無い。

 呼吸もできない。

 自分が生きているかさえも、分からなくなる。

 ただ唯一、自分の血流だけが生の実感。


「……ぶばぁ!?」

「ははっ。びっくりしたでしょ? もしバラしたら、影に埋もれてもらおっかな?」

「ひ……た、助け……」

「あー、まだ喋れるぐらいには余裕か。も一回いってみよー♡」

「あ、や、やめ──ああああああああああああああああああああああああ!!!」


「悪趣味」


 京香のつぶやきは、真っ暗な夜にかき消された。




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