第23話 宛先:伊神コーポレーション

「う……」


 視界がぼんやりし、頭にひどい痛みを感じながら由愛は目覚めた。


「ここは……」

「やぁ、目が覚めたみたいだね」

「っ!」


 伊神の声に思わず飛び起きる。

 すぐに違和感を感じた。体の自由が効かない。手は後ろに回され、ひもで結ばれていた。


 目を覚ました部屋は以前伊神と話した会社の最上階だった。伊神は椅子に座り、優雅に外の景色を眺めていたようだ。


「伊神さん……」

「あまり動かない方がいい。あの傭兵め、手荒な真似はしてくれるなと言ったはずなんだけどな。キミは大事な商品だからね」


 商品、確かに伊神はそう言った。もう隠すつもりはないらしい。


「やっぱりあなたは、異能者を道具としてしか見ていないんですね」

「ん? あぁそうだよ」

「あの言葉は嘘だったんですか!? 異能者の力になりたいって……!」

「それは本当さ。異能者って言うのは文字通り異なる能力を使える者の事だろう? だから適した場所へと送ろうとしてるんじゃないか」

「適した場所……?」

「あぁ。紛争地帯とか……反社会勢力とか。武力や財力を欲している人たちに売りさばく。それが僕の考えたビジネスさ」


 人身売買。それが違法であることなど火を見るよりも明らかだった。


「……あの写真も、嘘だったんですか? 弟さんのような人を増やしたくないって」

「あぁ、そんな筋書きだったかな? でも弟が寝込んでいるのは本当さ。忌々しい事件のせいでね」

「事件……?」

「あぁ。昔の話さ。弟も似たようなビジネスをしてたんだよ。異能者を売り飛ばすってビジネスをさ。だけど、たった3人、たった3人に邪魔をされて計画は破綻。しかも一人はガキだって話だ」

「……」

「その尻ぬぐいを俺がしてやっているんだ。また同じこの街で、弟のやり方の更に上をいく方法で、弟の無念を晴らしてやろうと思ってな。兄弟思いだろう?」

「やってることはクズですけどね」


 パァン! 

 容赦ない平手打ちだった。由愛はそれでも伊神を睨み続ける。


「生意気な目だ。そういえばあのガキも似たような目をしてやがったなぁ。思い出すだけで腹が立つっ!!!」

「がはっ……!」


 一度、二度、三度。腹に何度も蹴りを入れられ、呼吸がしづらくなる。


「たかが小娘一人攫うだけだったのにどうして組織の壊滅にまでつながる!? 忍者なんていう時代に取り残された産物に! しかも責任は俺にもあるとかぬかしやがった! 俺がどれだけやってここまでのし上がったと思ってるんだ!? あぁ!?」


「が……あ……」


 殴られながら記憶が呼び起こされる。

 こんな事が前にもあった。

 確かあの時は、一緒に遊んでいた男の子が助けてくれた。

 あの男の子はどうしたんだろう。

 会ったのはそれっきり。お礼を言いたいのに、どこにもいない。

 まるで、この世からいなくなってしまったみたいに。


「……おっと、少し取り乱してしまったか。商品じゃなければこれぐらいでは済まないところだったが、キミの異能はかなり珍しいようでね。両親も随分と入れ込んでいたようだし」

「……」


 心が折れそうだった。

 両親に裏切られ。

 手にした安らぎを自分から手放し。

 一人では抱えきれない問題を抱えて今、滅びを迎えようとしている。

 後悔だけが、心を満たしていた。


「さて、早いとこ発送の手配を──」


 伊神のスマホが振動した。イラつきながらもスマホを取った。


「なんだ。俺は今忙しい──」

「ほっ、報告しますっ! 各フロアの警備が全滅しておりまして……っ!」

「は……? 全滅……? 警備システムはどうした!?」

「そ、それが一向に作動せず……それに相手が誰かも──ぎゃあ!?」

「おいっ! 報告をしろっ!!」


 電話は切れてしまった。

 今の電話の相手は、最上階手前に配置してあった警備だったはず。

 それが倒されたという事は。


「な、何だ貴様──ぐわぁ!?」

「おい、何が起きて──がはっ!?」

「おい何してる!? 銃でもなんでもいいからぶっ放して──」


 外が騒がしい、と感じた次の瞬間には、静寂が訪れていた。


 コンコン。


「っ!?」


 静寂の空間。大きく鳴り響いたノックの音に、思わず肩がはねた。


「だ、誰だっ!?」


 少しの沈黙。そして、扉越しに声が聞こえてきた。


「すいません。伊神様宛の荷物をお届けに参りました」

「は……? 荷物、だぁ……?」


 今の状況にそぐわない、明後日の返事が返ってきて、思わず間抜けな声をあげてしまった。そして、ふつふつと怒りが込み上げてきた。


「ふざけるのもいい加減にしろっ!!!」


 伊神はドアを思い切り開いた。


「……だ、誰もいない……?」


 扉を開けても、声の主はいなかった。その代わりに、地面に何人もの警備が横たわっていた。


「だ、誰だ一体……こんな馬鹿な真似をしてただで済むと──」


「ハンコ、もらっていいですか?」

「っ!?」


 声の主は、後ろに立っていた。

 ありえない。確かに声は扉の向こうから聞こえていた。しかし確かに、今は自分の背後から聞こえてくる。


「ど、どうやって中に……」

「そんなことはいいじゃないですか。ハンコ、貰えます? もちろん、伊神様の血判でも尚良しですね」

「けっ……!?」


 伊神は決死の思いで振り返った。


 そこには、黒の装束を身にまとい、荷物を片手で抱えていた忍者が立っていた。








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