第22話 メイドの戦い
伊神が管理している異能者たちの寮の敷地前では、黒いスーツを着た連中がたむろしていた。
その中には、由愛をさらったガタイの良い男もいた。
男はスーツ連中のリーダーだった。伊神に高い金で雇われた元傭兵だった。
「隊長、まだ今回の仕事終わりじゃないんですか? ガキはもう見つけたんでしょう?」
「あぁ。社長曰く、この街には厄介な連中がいるんだとさ。そいつらから目をつけられてない事が確認できるまでは用心しろだとよ」
「忍者協会の奴らの事っすか?」
「まぁそいつらも厄介だが、もっと厄介なのがいるんだよ」
「え、何すかそれ」
「数年前の事だ。この街の近くで、いくつものビルや建物が軒並み倒れたが、怪我人大勢いたものの死人はいなかった」
「あぁ、なんか聞いたことある気が。一時期ニュースになってましたよね。暴力団の仕業とか、組織がらみのテロとか」
「やったのはこの街の忍者だって話だが、どうも実行犯は3人らしい」
「え……3人? さすがに冗談ですよね?」
「俺も冗談だと信じたいんだが、妙にあの社長は気にして──ん?」
男は確かに見た。ゆっくりとこちらに向かってくる人影を。
「なんですかね……あの人……」
「おい。さっさと応援呼んで隊列を組め」
「え?」
「バカかお前。ありゃ普通の人間じゃねぇ。いいから呼んでこい!」
「は、はい!」
手下は後ろに下がり、応援を呼んだ。
男は加えていた煙草をその辺に放り投げ、迫りくる黒い影をじっと見つめていた。
街灯が影の正体を照らした。
「……メイド?」
背中に箒を携え、白のエプロンが街灯で照らすのとは対称に、黒のワンピースが影に馴染んでおり、絶妙な不気味さを醸し出していた。
そして、極めつけはキツネのような面を被っていた。
「夜分遅くに失礼します。こちら、伊神コーポレーション様が管理する寮で間違いないでしょうか」
「誰だか知らねぇが、帰りな。ここは一般人は立ち入り禁止だ」
「えぇ、存じています」
メイドは話しながらも歩みは止めない。
「ちっ。イカれてやがんのか」
「隊長! 応援部隊到着しました!」
「あのメイド、早くどっかに追い返してこい」
「え、あ、メイド……? どこに?」
「あ? どこにって──」
パァン。
「あ……?」
銃声が聞こえた。次の瞬間、男が話していた手下は地面に倒れていた。
「て、てめぇ……!」
「お掃除、させていただきます」
「なめやがって……! おい、お前らいけ!」
スーツの連中は束になってメイドに襲い掛かるが、メイドは冷静に、正確に、寸分の狂い無く次々と撃ち倒していた。
「はっ、そっちがその気ならこっちにだって考えがあるぜ? 防弾部隊、突撃!」
防弾スーツを着たスーツ連中が前に出た。
「おや、では──踊らせていただきます」
メイドは襲い掛かる連中の手をするりとかわし、至近距離で銃を撃つ。
何度襲われようと、ひらりひらりとかわし、舞が終わるころには相手は倒れている。
まるで死神のダンス。踊りを見たものは地に伏していた。
「ち、きしょう……!」
「怯むな! 数で押せ!」
臆せずスーツ連中は襲い掛かる。
「これ以上は弾が勿体ないですね」
背中に持っていた箒を刀のように引き抜き、振るう。
「ぐあああ!?」
華奢な見た目に反して、とてつもない力で箒を振り回し、次々と蹂躙していくメイド。その様子はまるで絵物語を見ているようだった。
「埒が明かねぇ」
「リーダー……どうすれば……」
「お前ら、研究棟の連中を呼んで来い。単純な力勝負じゃ奴には叶わん。異能があってトントンぐらいだ。ほら、さっさと行け!」
「は、はい!」
スーツ連中の男たちは後退し、残るはリーダーと呼ばれる男だけとなった。
「で、あんたは何しに来た?」
「人を探しに」
「人探しねぇ……それだけでこんなボロボロにやられちゃたまんないわな」
男は上着を脱ぎ、ファイティングポーズを取った。
「おや、その構え……傭兵ですか」
「分かるか? そっちもその類だろ? 何となくわかったぜっ!」
男は構えを取りながらメイドに襲い掛かる。
一切の無駄のない動き。しかしメイドはそれを上回る動きで拳を次々とさばいていく。
「ちっ、バケモンが!」
距離を取り、男は拳銃を腰から引き抜き1発、2発と撃ち込む。
しかし、メイドは動じない。最小限の動きで弾丸をかわした。
「う、嘘だろ……?」
「銃の種類が特定できれば、引き金を引くタイミングと弾速を計算して避けることは可能です。メイドとして、当然のスキルかと」
「ふ、ふざけんな! そんなメイドいるわけが──」
「戦場での動揺は命取り、お忘れなく」
メイドは一瞬にして男の懐へともぐりこみ、箒を全力で鳩尾に突き刺した。
「うぉえ……っ」
「時間がありませんので、失礼させていただきます」
メイドは倒れた男を一瞥もせず、建物に入ろうとする。
「へ、へへ……まさか、
「……」
「俺はもう……満足したぜ……それに、時間は稼げた」
「何を……」
「そこまでです」
声のする方を向く。そこには、白衣を着た男が立っていた。
「やれやれ……随分と派手にやってくれたものだ」
「あなたは……」
「襲撃者に名乗る筋合いはない、と言いたいところだがファーストネームだけ名乗っておこう。私は村田だ。今日の私はとても気分がいい」
「そうですか、では──」
メイドが踏み込もうとしたその時だった。
「おっと、動かない方がいい。異能者たちの脅威は、君が良く一番わかってるんじゃないかな?」
「……」
村田の後ろに、何人もの人影がある。
性別年齢問わず、数は30人ほど。先ほどのスーツの連中とは違い、普通の格好で統一感がない。
それなのに、軍隊のような隊列に見えてしまう。
「素晴らしいでしょう。ここにいる者たちはみな異能者でね。例えば……おいキミ、あのメイドにぶつけてやれ」
「はい」
村田は女の子に声をかける。無機質な返事の後に、女の子はメイドに向かって手のひらを向けた。
すると、みるみる尖った岩のようなものが形成された。
「っ!」
すさまじい速度で射出された棘のような石は避けきることはできず、メイドのほほを掠った。そのせいで仮面がずれそうになり、慌てて抑えた。
「今のは……」
「石を生成、そして一瞬だが操れる異能。いやはや素晴らしい身体能力をお持ちのようだ。それに引きかえ──」
パァン! 白衣の男は容赦なく傍に立っていた少女の頬をたたいた。
「誰が外せと言った。私はぶつけろと言ったんだ間抜け」
「すみません」
「ちっ。使えない」
メイドは違和感を持った。なぜあれほど不当な扱いを受けていながら、あんなに従順でいられるのだろう。反撃しようとは思わないのだろうか、と。
「不思議かな? なぜ反抗しないのか、その答えは簡単だ。私の異能は一言で言えば”洗脳”だ。私の手にかかれば、怪物のような異能を持った奴らもこの通りだ。おい、靴を舐めろ」
「はい」
少女は言われた通り、靴を舐め始めた。
「従順だろう? まぁこれだけ言う事を聞かせるのに繰り返し能力を使う必要があるのはネックだが、そこは目をつむろう」
「ゲスが」
「ん? 何か言ったか? おい、お前も見てないで私の靴を舐めろ。あいつに私の凄さを見せつけて──」
「やめろっ!!!」
「……くくっ! 従うことを良しとするメイドが従うことを止めろという、あぁ面白い……何の冗談だそれは」
メイドはたまらず拳銃を向けた。
「壁になれ」
村田がそう言うと、後ろにいた数人が村田の前に立った。
「くっ……!」
「おや、襲撃犯様は大変お優しいようだ。私の手駒にさえ労わってくれるなんて、素晴らしいメイドだ」
拳銃の引き金を引けば、罪のない人間を傷つける。
それはメイドの主が一番望まぬことだった。
メイドに引き金を引けるわけがなく、ゆっくりと銃を下ろした。
「立場を理解できたようだな。さて、楽しみだ。今日は研究が捗りそうだ」
ゆっくりと、村田はメイドに近づいていく。
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