第21話 行動開始
忍者装束に着替え、部屋を出る。
ゆっくりしている時間はない。
今この瞬間にも、望月さんがどういう扱いを受けているのか分からない。
「待て、祐。どこに行くつもりだ」
出かける直前、玄関先で一番見つかってはいけない人に見つかった。
「……じいちゃん」
「その恰好……お前……」
「頼む。止めないでくれ」
「……」
じいちゃんは複雑そうな顔をしていた。
怒っているような、悲しんでいるような、少し嬉しそうにも見えなくもない。
何とも言えない表情だった。
「じいちゃん。今度は絶対にヘマしない。忍者らしく、忍んで、俺という一切の痕跡を残さないようにする。だから──」
「たわけが!!!」
じいちゃんの怒号が響き渡る。
建物が少し揺れた気がする。
ここまで怒られたのは久しぶりだ。
「祐。それは忍者として当たり前のことじゃ。その当たり前の事が出来なかった結果、どうなったか忘れたわけではあるまい」
「それは……」
「ワシはな、お前のために言っておる。お前が出張った結果どうなった? 父母はどこへ行った? あれほどにぎわっていた会社はどうなった? そして何より、お前の心はどうなった」
「……」
「悪いことは言わん。今はじっとしておれ。時が解決することもある。やつらが悪事を働いているのなら、誰かが──」
「弱気を助け、強きを天誅」
「なに?」
気が付けば、俺の口は動いていた。
「じいちゃんがよく言ってた言葉だ。言ってなかったかもだけど、俺も好きだよ、この言葉。正義の味方って感じがしてさ。……確かに俺は、一度失敗してたくさんのものを失った。だけど、後悔だけはしていない、していなかったんだ」
「……」
「それを望月さんは気づかせてくれた。そんな望月さんが今まさに、危ない目に合ってるかもしれない。ここで動かなきゃ、俺は絶対後悔する」
俺は膝を地につけ、両手をつき、頭をこれでもかと下げた。
「頼む。俺にもう一度、忍者として、正義の味方をさせてくれ」
長い沈黙。
はぁ、というため息。
後ろを振り向き、じいちゃんは投げやりに言った。
「勝手にせい」
「……ありがとう、じいちゃん」
そう言って、俺は夜へと駆けて行った。
祐が去って少しすると、張り詰めていた空気は緩くなり、思わず言葉が漏れた。
「全く、ようやく一歩を踏み出したか。あのアホめ……ってうおっ!」
壁際から、いくつもの影がのぞいていた。
「おいちょっと待て! お前らまさか今の聞いとったのか!?」
「えぇ、ばっちり聞かせていただきましたぁ! 俺たちも若のお手伝い、させていただきやす!」
「じ、自分も微力ながら……!」
「待て待て待て! お前たちが行くと絶対に騒がしくなるじゃろ! あぁそうじゃ橘くん、お主も止めてくれ!」
「いや、京香さんもう行っちゃったっすよ」
「はああああああああああああああああああああ!? どうして止めなかったんじゃ!?」
「と、止めようとしましたけど……殺すぞと言わんばかりの殺気でして……それと、伝言をもらってます。この命、若と共に果てたく、だそうで……」
「果ててどうする! ええい、お前たちも行かんか!」
「え!? ホントにいいんすか!?」
「歯止め役でな! 絶対に表沙汰にするんじゃないぞ! いいな!」
「「はいっ!」」
「ということで、若と共に果てたく」
暗闇の中、走りながらも、橘さんは横に並んで着いてきながら経緯を語ってくれた。
「果てたらダメでしょ!? というか、本当にいいの? 前にも言ったかもだけど雇い主はじーちゃんだし、クビって言われたら……」
「若に雇っていただければ」
「いや、年齢的な問題が……」
「待ちます、いくらでも」
ここまでぐいぐい来られたら断るに断れない。
帰れなんて言ったらここで命を断たんばかりの勢いだった。
それに何より、橘さんがいることはとても心強い。
「……ありがとう。頼らせてもらう」
「ありがたき幸せ。では手始めに、奴らが潜伏している根城を片っ端から……」
「いや、今回もそれやったら完全アウトなんだって」
とはいえ、俺も心当たりが多くあるわけではない。
一つは貰った名刺にも書いてあった伊神の会社へ向かおうと思うが、それだけで良いのだろうか。
「……ん、誰からだ?」
スマホからの着信。画面を見ると姉さんだった。
「もしもし」
「あ、ごめんごめん。伊神たちの場所教えてなかったと思ってさ。今さっき位置情報送ったよ~」
「本当か? 悪い、助かるよ」
「あっ……♡ いい……♡ 今のところASMRみたい……、録音したいからもう一回──」
通話OFF、と。
貰った位置情報を確認する。
一つは伊神コーポレーションの本社。
もう一つは……どこだろう。かなり広い場所だが。
「そういえば……望月さん寮に住んでるって言ってたな。検査する病院の場所も近いとか」
「なるほど。であるならば、由愛様がどちらかの場所にいる可能性は高いという訳ですね」
「……よし。俺は本社の方へ行く。橘さんは寮の方を見てきてもらってもいいかな」
「畏まりました」
「くれぐれも、隠密にね」
「はい、重々承知しております。若の方こそ、お気をつけて」
「うん」
そうして橘さんと解散した。
目指すは伊神の本社だ。
「歩道だと遠いな……っと!」
塀を足場にし、屋根の上に飛びうつる。もちろん、足音は立てず、ゆっくりと最速で駆ける。
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