第20話 由愛の記録
時は数日ほど遡る。
由愛が伊神のところへ行くと決心した日、ビルの前で由愛と祖父の友則はビルを見上げながら立っていた。
「由愛……」
「もう、大丈夫だっておじいちゃん」
友則は心配そうに由愛を見る。
伊神のところへ行く。祖父にそう告げると、祖父も反対していた。
しかし、由愛の説得で行くことを許したのだ。
「もう一度言っておく。お前に何かあれば、ワシにすぐ連絡しなさい」
「分かったってば。伊神さん、優しそうな人だったし、信頼してもいい人だと思う。そんなことにはならないよ」
「……分かった。お前がそう言うのなら大丈夫であろう。ワシも一緒に、との事だったが、ワシは由愛の父さん母さんを探したい。それでよいな?」
「うん、ありがとうおじいちゃん」
名残惜しい気持ちを残しながら、祖父と別れを告げた。
(ごめん、おじいちゃん)
心の中で由愛は謝った。
先ほどの言葉には嘘がある。
伊神はおそらく、優しくなどないし、信頼してもいけない。
うまく隠しているようだったが、由愛は嫌な感じをひしひしと感じていた。
ただの人ではなく、自分の知的好奇心を満たすための対象、そんな目を向けられていた。
「……よしっ。私だけで何とかするんだ」
気合を入れてビルに入った。
「由愛様、お待ちしておりました」
ガタイのいいスーツ姿の男が受付にいた。
「社長がお待ちです。こちらを首にかけて、どうぞこちらへ」
社員証のようなものを渡され、言う通り首にかける。スーツ姿の後をついていきながら、周りの様子を探る。
(特に変わったところはない、かな)
すれ違う人も、男女問わず普通のサラリーマンのように見える。時々白衣を着た人がいるくらいだが、認可された元で異能の研究をしているのであればおかしくはない。
エレベータに乗り、最上階の階数が押される。
気持ち悪さを感じるほどの沈黙の中、ゆっくりと上へ上昇していく。
ピンポン、という音と共に扉が開かれた。
「社長、お連れしました」
「ん、ご苦労」
大きく開けた場所の左右にはいくつもの賞状のようなものが並んでいる。
中央には話し合いをするために置いてあるであろう高級そうなソファとテーブル。
奥にデスクが一つ。最上階からの景色を優雅に眺める男、伊神がいた。
「ようこそ、望月由愛さん。私の会社、伊神コーポレーションへ」
「……どうも」
「おや、緊張されているようだ。何か飲み物でも飲むかい?」
「い、いえ」
もし飲み物に何か入れられていたら、と考えると素直にはいとは言えなかった。
「そうかい? じゃあ、さっそくだけど話そうか」
伊神は中央に置かれたソファに座り、どうぞと促した。
由愛は言われた通り向かい合うようにソファに座った。
念のため、スマホの録音機能を使って会話を録音済みだ。
何か妙なことを言われたり、されたりしたら動かぬ証拠となるだろう。
「さて、僕たちは望月さんがどういった異能を持っているかを正確に把握しておきたい。だから検査を受けてもらったり、可能であれば会社の施設で暮らして欲しいと思ってる」
「それって……」
「念を押して、あらかじめ言っておくと、検査も怪しいものじゃないし、暮らしてもらう場所も出入り自由。学校に行ったり遊びに行ったりと本当に自由に暮らしてくれて構わないよ。門限があるくらいかな。これが検査のリストと施設の写真だよ」
伊神は書類と写真を持ち出した。
書類には検査内容がいくつか書かれているが、特に変なところはない。
普通の健康診断と変わらないような項目だった。
そして写真には、施設内部の食堂や寝泊まりする部屋。
検査に使う部屋など詳細に写されていた。
「これ……」
写真には楽しそうにピースをしてる学生がいた。
それは食堂らしき場所でも、検査を受ける病室のような場所でも。
表情が曇っている人は一人もいなかった。
「あぁ、みんな楽しそうだろう? そこに暮らしてる人たちにはできるだけ普通に、いや、普通以上に幸せに暮らして欲しいからね。この笑顔を見てると僕も俄然やる気になるってものさ」
「……」
目の前に広がるのは理想のような光景と情報だった。
これが嘘じゃなければいいな、そう思う自分もいた。
しかし、理想的すぎる。
まるで作り物のような気持ち悪さを感じた。
「どうだろうか。望月さんさえ良ければ、今日からでも施設で暮らすこともできるよ」
「……はい。私には、帰る場所はないですから」
「……そっか。君のことを少し調べさせてもらったけど、君の両親は……いや、また機会がある時に話そう。望月さんが話したくなったら話せばいい」
「ありがとうございます」
本気で心配しているように見える。
しかし、嘘だ。
(この人からは、服部くんみたいな温かい感じはしない)
「じゃあ施設には僕から連絡しておくよ。ここで話すことは以上だけど、望月さんから聞きたいことはあるかな?」
「大丈夫ですっ。私、施設の人たちとも仲良くなりたいですっ」
「ははっ、ありがとう。君みたいに元気がいい子は周りも明るくするからね。ぜひ、良い暮らしを」
そう言って、伊神との会話は終わった。録音機能は役には立たなかった。
スーツの人に車に乗せてもらい、施設へとたどり着いた。
「うわぁ……」
由愛はちょっとしたテーマパークに来たような気分になっていた。
目の前には噴水があり、その奥には大きな建物が立っている。
両脇にはまた大きな建物があり、スーツの人が説明してくれた。
「あちらが研究棟。そしてあちら二つが寮になります」
「お、大きすぎませんか……? すっごいたくさんの人がいるんじゃ……」
「お恥ずかしながら、まだ大きいだけです。寮の入居者は部屋数の半数にも満たしていません。しかし、社長の心意気と信念、そして私たちの力があれば、杞憂に終わるでしょう」
どうやら伊神は部下にも信頼されているらしい。
「まずは寮に荷物を置きましょう。その後、研究棟に案内いたします」
「は、はい」
男につれられるまま、由愛は寮へと向かった。
寮の玄関前で、男から鍵を渡された。
「こちらが部屋の鍵です。荷物を置いたら戻ってきてください」
「分かりました」
鍵を受け取り、部屋へと着き、最低限の荷物を置いた。
「それにしても、みんないい人そうだったな……」
この部屋に来る途中、迷っていると色々な人に声をかけられた。
年齢層は様々で、学生もいれば社会人らしき人もいた。
その明るい表情からは、この施設で不当な扱いを受けているようには見えなかった。
「……私の勘違い、なのかな」
ここまで来て由愛は自分に自信が無くなっていた。
少しぐらいは陰のある実態が潜んでいるかと思いきや、全くそんな気配を感じなかったからだ。
嫌な気配は、自分の異能によって研ぎ澄まされた感覚で感じているだけだ。
「っと、いけないいけない。早く戻らなきゃ」
雑念を振り払い、由愛はスーツの人が待っている玄関へと戻った。
「こちらです」
研究棟のとある部屋へと案内された。
「初めまして。担当の
メガネをかけて頬がやせこけた男だった。見るからに不健康そうで、不気味に見える。一対一で話していたらかなり委縮していたかもしれない。
隣に看護婦がニコニコとして立っていてくれたのがせめてもの救いだった。
「よ、よろしくお願いします」
「はい、よろしくね」
由愛は感じ取っていた。
(なに……この人……)
伊神よりも、どす黒い何かを感じていた。
伊神は少しの好奇心と満ち溢れた悪意を感じていたが、この男は純粋な好奇心しか感じない。全てを見透かされるような、そんな感覚だ。
「それじゃ早速ですが、検査を始めてもいいかな?」
「は、はい」
「それじゃ失礼して……」
「え?」
急に額を触られたかと思うと、バチッ! という音が走った。
「……!?!? いったぁぁぁ~!?」
「お、っととと……いやぁ申し訳ない。静電気かな。先ほどまで研究をしていたからそのせいかもしれない」
「け、研究ですか……?」
おでこをさすりながら由愛は涙目になっていた。
静電気にしてはかなり強く痛みを感じていた。
「……その様子だと今日は止めておいた方がよさそうだ。また別の日にしよう」
そう言って村田は部屋の奥へと逃げるように去っていった。
「ごめんなさいねぇ、望月さん。また日にちが決まれば連絡するから」
「は、はい」
そうして検査はせず、初日は終了となった。
その後、気になった由愛は同じ寮に住んでいる同じぐらいの年の女の子にどのような検査をするか聞いた。
「普通の検査だったよ? おでこ? うーん触られたようないないような……」
5人ほど聞いてみたが、みんな同じような反応だった。しかし、検査の最初におでこを触られたかどうかだけはみんな曖昧で、由愛は違和感を感じていた。
(みんながみんな、記憶が朧げなんてことあるかな……)
1日前どころか、午前中に検査を受けた人でさえ記憶が曖昧だった。由愛の中で、違和感はどんどん膨らんでいった。
数日が経った。由愛はとある女の子と仲良くなり、女の子が検査に行くと言った直前に、こっそりとカバンに録音機能をONにした状態のスマホを忍ばせることに成功した。
(ちょっと罪悪感あるけど……仕方ない、よね?)
女の子の検査は終わったころには日が暮れ、夕方頃になっていた。
由愛は女の子の隙を突き、何とかバレずにスマホを回収することもできた。
急いで自室へと駆け込み、ふぅと一息ついた。
望みは高くは持てなかった。
カバンを検査する場所とは別の場所に預けられていては録音の意味がないし、証拠となる会話をしていないかもしれない。
緊張で手に汗を滲ませながら、録音した音声を聞いてみた。
ガサゴソ、と最初の方はノイズばかりだったが、やがて会話が聞こえてきた。
『先生、今日もよろしくお願いします!』
『はい、よろしくね。それじゃ、失礼して』
『え? あ──』
そこで会話が一瞬途切れた。
『全く、あの小娘もこんな簡単にかかってくれれば苦労はしないのだがね』
ブツブツと、村田の声が聞こえる。
『……なるほど。硬質化の異能……皮膚を硬質化する異能か。どれ、まずは──殴打だ』
鈍い音が、スマホから聞こえてくる。
何度も、何度も、何度も、何度も。
『内出血無し、骨も……折れて無さそうだ。よし、次は裂傷だ』
声は聞こえていない。ただ、刃物を研ぐような音が聞こえてくる。
『ははっ。砥石替わりでも良さそうな体だな。次は──』
そう言って、村田は何度も彼女の体を調べていた。
鈍器、刃物、毒物、電気、火器。
ありとあらゆる体を痛めつけるための道具を用いていた。
もちろん、こんなのは検査の内容に含まれていない。
由愛の呼吸が荒くなる。
変な汗がじわりと体を伝い、掴んでいるスマホも落としそうだ。怒りと恐怖が入り混じった、歪な感情だった。
『い──た──』
『む、洗脳が解けてきてしまったか。おい、助手。早く傷を治せ』
『はい、先生』
そこで、会話は終わっていた。スマホの充電が切れたのだろう。
「なに……これ……」
理解できなかった。いや、頭が理解しようとしていなかった。
「なんで……ここにいるみんなは、どうしてこの事に……」
先ほどの会話の中で出てきた、村田が洗脳と言っていたことを思い出した。
「もしかして……洗脳ができる異能……?」
だとすれば、事態は非常に厄介なことになる。
仮にこの音声の証拠を突き付けたとしても、当事者も被害者も覚えがないと言われてしまう。
そして、被害者は洗脳されているため、自ら声を出して被害を訴えることもしない。
「ど、どうすれば……」
ピンポーン。
「っ!?」
部屋のインターホンが鳴った。
こんな時間に誰だろう、と思ったが、まず考えられるのはこの施設で仲良くなった人の誰かだろう。
急いでスマホをしまい、呼吸を整え、平常心を取り戻そうとする。
ドアを開けた。
「ごめんごめん、お待た……せ……」
ドアを開けたところに立っていたのは、ガタイのいい、軍服のような服を着ていた男だった。
明らかな、敵意を持っていた。
「どうも。ちょいと夜分に失礼しますが、ご同行願えますかね?」
「え、えっと……どこに? というかあなた、誰ですか?」
「はぁ……逃げられても面倒だな──おらっ!」
「え──」
由愛の腹部に痛みが走る。それとともに意識は薄れ、立っていることもままならず床に倒れた。
(ごめ……ん……服部、くん……)
由愛の意識は、深い闇の中へと落ちていった。
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