第19話 姉、強し

「──はっ!」


 嫌な夢を見た。暑さを感じる季節でもないのに、体には気持ち悪い汗がびっしょりとまとわりついていた。


「くそっ、最悪な気分だ」


 風呂でも入りたい気分だが、それより動きたくないという思いが勝っていた。

 このまま、死ぬように眠ってしまおう、そう思っていた時だった。


「やっほーハロハロー、起きてるー?」


 あぁ、幻聴まで聞こえてきた。

 どこかで聞いたことがあるような声。

 どこだったか……そうだ、有名Vtuberの声にすごく似てるな。

 名前は何だったか……。


「もしもーし、ゆーくん? 服部祐くーん。できれば起きて欲しいんだけどー」


 え……俺の名前を呼んでる? 幻聴ではない?


 重たい体を起こして声のする方、PCの方を見た。

 しかし画面にはデスクトップ壁紙(さくたんのメンバーシップ特典)が表示されているだけだ。


「なんだ……やっぱり幻聴か……」

「ちょっとちょっと~。幻聴扱いしないでよぉ~」

「うぇ!?」


 やはり聞こえる! 

 もう一度PCの方を見ると、今度は画面が立ち上がり、顔が映し出されていた。


「よっし、これでいいかな~。ゆーくん見えてる? 多分見えてるよね?」

「ね、姉さん……?」

「正解正解~。良かった~、ゆーくん部屋をノックしても全然反応ないんだもん。お姉ちゃん心配しちゃった」


 ノックされている事など全く知らなかった。

 いや、それよりもかなり気になることがある。


「姉さん、なにそれ」

「え? それって?」

「いや……俺PCの電源切ってたはずだし……それになんで通話ソフト起動できてWebカメラも起動してるの?」

「……えっとぉ」

「まさか……ハッキング……」

「……てへぺろごめんめん丸っ☆」


 俺はスマホに手を伸ばし、緊急通報画面を表示。


「よし、警察に通報しよう。悔い改めてくれ姉さん」

「わー!!! 待ってぇぇぇぇ!!! ごめんなさい、悪気はなかったのホントに!」

「犯罪者はみんなそう言うんだよ」

「ホントなの! 信じてぇ! ほら、ゆーくん反応なかったし、何かあったんじゃと思ったら気が気じゃなくってぇ!」


 む……そう言われると少し躊躇ってしまう。

 はぁ、とため息をついて、通報しかけていた手を止めた。


「……俺も悪かったよ。ちょっと寝てただけ」

「ゆーくん……ちゅき……」


 画面いっぱいに姉のキス顔が迫っている。正直キツイ。


「それで、何の用事?」

「あ、そうそう。できればユメたそも交えて話したいんだけど、今いるかな?」

「いや、望月さんならもう家にはいないぞ?」


「え?」

「え?」


 え、なんで驚いてんの? こわ……。

 この姉……1日中家にいてなぜ家の事情にこんなにも疎いんだ……?


「い、いやー↑↑↑。知ってたけどね?」


「嘘つけー! 絶対今知っただろ! めちゃくちゃ声上ずってるし!!」

「し、知ってたもぉん! か、勝手に決めつけられて困るなぁホントにぃ!」


 ダメだこの姉。週に一度は一緒にご飯を食べるようにしてやろう。うん、それがいい。


「あ……なんか可哀そうなものを見る目になってる……ぐすん」

「それで、話は?」

「あーそうそう。ユメたそを狙ってた連中ね、伊神コーポレーションって会社なんだよ。ふっふー、びっくりしたでしょ? 相手は今乗りに乗ってる有名企業だよ?」

「いや、知ってるが」


「え?」

「え?」


 もう本当にだめかもしれない。

 俺は簡潔的にこの前起こった出来事を話した。

 最初からこうすればよかった。


「うぐぅ……もしかしてお姉ちゃん、役立たず……?」

「まぁ……うん、元気出してよ」

「せめてフォローしてよ!?」


 急に起こすから何事かと思ったが、全く大した用事ではなかったらしい。

 人騒がせな姉である。


「……ちょっと待って。ユメたそ、その人たちのところに行っちゃったの?」

「だから、そう言っただろ」

「……それはマズい。うん、ちょっと、いやかなりマズイかもしれない。えぇと、どうしようかな、うん……」


 珍しく、姉が真剣な顔をしてブツブツと言い始めた。


「な、なんだよ」

「あのねゆーくん。落ち着いて聞いて欲しいんだけど、結論から言うと、お姉ちゃんは伊神コーポレーションはクロ、いや、クロどころか真っ黒だと思ってる」

「は……?」


 姉の真剣な表情からは、冗談を言っているようには見えなかった。


「クロって……いやちょっと待て、何を根拠に」

「調べたから。伊神コーポレーションのこと」

「調べたって……まさか」

「そ。ハッキングして伊神コーポレーションのデータベースをチラチラっとね。あー心配しないで、覗き見ただけだし。それをどうこうするつもりもないし、ハックされた形跡を残すようなヘマもしてないから☆」


 うーん、この犯罪者。一切悪びれないところがもはや清々しさすらある。


「それで、ここ最近伊神コーポレーションって急激に成長した会社じゃん? お金の流れとか、ビジネスのやり取りを覗かせてもらったら……ほらこれ」


 姉さんから一つの画面を見せてもらった。これは……荷物の送り状だ。良く分からない文字列の羅列と、×1、×2などの数量が書かれている。送り先は国内外問わず様々だった。


「これがどうかしたのか? というか何を送ってるんだこれ」

「人だよ」

「……は?」


 一瞬、姉さんが何を言っているのか理解できなかった。


 ひと。ヒト。人。


「人って……人間?」

「そう。それも、異能者の人」

「は、はぁ!? 何で、いや、ちょっと待て。人身売買もかなりやばいけど……なんでこれが異能者を送ってるって分かるんだ……!?」

「これ、異能者のリスト」


 姉さんは再び画面に表示してくれた。

 そこには名前と性別と年齢、そしてどのような異能についてか書かれていた。


「こんなリスト、どこで……」

「忍者協会だよ。あそこ、異能に無闇に干渉するな~とか言っておきながらこんなもの作ってるんだもん。草生えるよ」


 何の目的かは分からないが、協会は異能者をリスト化して管理していたらしい。そこには望月さんの名前もあった。


「で、詳しい話は省くけど、さっきの送り状に書かれていた単語の羅列。一見意味不明な言葉に見えるけど、暗号文だったんだよ。ざっくり言うと、異能者の名前と能力、それを変換するとあの文字列になるってわけ」


 姉さんは送り状の単語を解読し、リストと照らし合わせたらしい。

 すると、リストに書かれた人物に何人かヒットしたらしい。


「そんな……」

「少なくとも、伊神コーポレーションの表向きなビジネスには異能者の手配なんかしてない。異能者が飛ばされているのは治安の悪い国だったり戦争中の国だったりしてる。まず間違いなく、私はクロだと思ってる」

「いや……いや待ってくれ……!」


 姉さんはそう言っているが、俺には望月さんを実際に観察して得た情報があった。


「望月さんはいつも通りだったぞ!? 様子が変って事もなかったし……だから俺は、心配ないと思って──」

「……由愛ちゃん、嘘を隠すのが上手になっちゃってたんだね。ここからは私の憶測だけどね? 由愛ちゃん、伊神コーポレーションが怪しいって気づいてたんじゃないかな」

「え……」

「由愛ちゃんは敵に何度か襲われたって話だったけど、そんな襲撃を退けてここまで来た。相当警戒心は鍛えられてるはずだよ。それと、私たちに心配かけさせたくなかったんじゃないかな」

「そ、そんな、こと……」


 確かに、望月さんはいつまでもお世話になるわけにもいかないと言っていた。

 今思えば、その時の彼女の表情は何かを決意した目をしていた。


 あれは伊神のところに行くことを決意しただけではなく、伊神の闇を暴くことまでも考えていたんだとしたら……。


「クソ……どうして言ってくれなかったんだよ……!」

「今からでも遅くないんじゃないかな? どうする? どうやって助ける?」

「……たす、ける」



 思い出されるのは、過去の記憶だ。

 自分が出すぎた真似をしたばかりに、周りに迷惑をかけた。

 今回事を起こせば二度目になる。あの時の比ではないかもしれない。

 そう思うと、途端に意思は弱くなっていった。


「……? ゆーくん?」

「助けて、やりたい……やりたいけど……俺じゃダメだ」

「どうして?」

「姉さんだって知ってるだろ……俺が忍者協会から永久謹慎だって言われてること」

「うん。知ってる」


 父さんと母さんが国外へ行くと決まった日、俺は自分の部屋で泣いた。

 なんて理不尽なんだろうと、怒りも入り混じった涙だった。

 姉さんは俺の隣で、ずっと頭を撫でてくれた。


「でもね、ゆーくんは助けに行くべきだと思う」

「え……」

「だって、ゆーくんは困ってる人を見捨てられる人じゃないでしょ? 謹慎を言い渡されても、密かに人は助けてる。助けずにはいられないんだよ、ゆーくんは」

「……」

「それに、ゆーくんは人を助けようとしてる時が一番かっこいいの。だから、お姉ちゃんは行くべきだと思うな」

「……もし、重い罰があったら」

「その時は、またお姉ちゃんが頭を撫でてあげる。ハグだってしてあげる。キスでも、エッチでも」

「キスとエッチはマズいでしょ……」

「えーそうかなー。キスぐらいなら良くない? 舌入れなければギリOKでしょ~?」


 この人は冗談を言っているようっで言っていないので本当に発言には気を付けなければならない。


「……姉さんはやっぱりすごいな」

「お? お? 惚れちゃった?」

「そのメンタルはね。父さんと母さんが家を離れる時も泣いてなかったしさ」

「……それはね、ゆーくんにこれ以上悲しんでほしくないからだったりするんだな、これが」

「え?」

「あの時、ゆーくんの周りは悲しんでる人ばかりだったでしょ。だから、私だけは悲しまないように、ゆーくんを励ますんだって思ってたの」

「……そっか」

「えっへん。お姉ちゃんは弟のためなら何でもできちゃうものなのだ☆」


 バチコーン、とウィンクを決める姉さん。

 本当に、この人には一生叶いそうにないと思った。


「ありがとう、姉さん」

「行くの?」

「あぁ。今すぐにでも」


 現在の時刻は23時。

 日付が変わろうとしている時間帯だ。

 奇襲をかけるならうってつけの時間だろう。


「そうだ、ゆーくんにプレゼント!」

「プレゼント?」

「うん、部屋の前に置いといたから!」


 そう言われたので部屋の扉を開けると、そこにはゴリゴリの忍者装束だった。


「ゆーくんと言えば、やっぱりこれでしょ!」

「これ……子供の時に着てたやつじゃないか?」

「だいじょーぶっ。今のゆーくんのサイズにぴったり合わせといたからっ!」


 試しに着てみると、シンデレラフィット。あまりにもピッタリすぎて怖かった。


「きゃーっ! ゆーくん格好良すぎっ! うわ、顔良っ! あー連写が止まらんっ!」

「今時こんなの着る忍者なんかいないけどな……」

「まぁまぁ。身元を隠すのにはうってつけだよ」

「確かに身元はバレないかもだけど……目立つぞこれは」

「暗いからへーきへーき!」


 ここでウダウダ言ってもしょうがないか。

 姉さんの言う通りこれなら誰かバレないし、時間がない。


「ありがとう、姉さん」

「うん、がんばれっ」


 姉さんに別れを告げ、俺は伊神の元へと向かうのだった。






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