第17話 戻った日常、変わらぬ過去

「行ってきます」


 休みは何事もなく過ぎていった。望月さんが家に来る、なんてこともなく、本当に久々の何もない休日を過ごした。


 登校中も、静かな日常が過ぎていく。何も変わらない。一人で学校に向かい、授業を受ける日々が始まるのだ。


「おっはよ、服部くんっ!」

「あぁ、おはよ──え?」


 あと少しで学校に着く、そのタイミングでまさかの望月さんに話しかけられた。


「どしたの?」

「どしたのって……あぁ、いや、そうか」


 てっきり学校には来ないと思っていたが、そんな訳はなかった。むしろ学校に来ないようなら今すぐ伊神の会社に凸れるものだが、そんなボロを見せるような会社ではないだろう。


「おはよう、望月さん」

「む、難しそうな顔してるね……」

「え、そう?」


 そうか……。俺って意外と顔に出やすいのか……? 忍者としてまだまだらしい。


「私なら大丈夫っ。むしろ服部君の方こそ大丈夫? 服部君の方が元気がないように見えるけど……」

「い、いや? そんなことはないけどね、うん」

「……私がいなくて、寂しい?」


 ニマニマしながら聞いてくる。

 なんだろう、望月さんの欲しい回答を意地でもしたくない。


「こうして会えてるし、別に寂しくはない」

「そっかそっか。じゃあこうして毎日会わないとねぇ~」


 くそっ……! 結局望月さんにドヤ顔を決めさせてしまった……!


 それにしても、こうして話していると本当にいつも通りだ。

 見える範囲では望月さんに異変があるとは思えない。


 とはいえ伊神の管理下になってからまだ日も経っていない。

 もう少しぐらい、警戒してもいいだろう。

 自分の中でついたと思っていた踏ん切りが、少しずつ動き出していた。



 それから、数日が経った。

 望月さんが朝は一緒に登校しようと誘われたので、そのご厚意に甘えることにした。


 毎朝望月さんの様子、身体の変化をさりげなくチェックする。


「それでね、出されるご飯も結構おいしくて~! 病院食みたいなのだったらどうしようかと思ったよ~」


 今日も特に異常はなし。

 できれば体に傷が無いか、というのも見ておきたかったが……。


「……服部くん、えっち」

「ウェ!?」

「もうっ。本当に大丈夫だってば。心配してくれるのは嬉しいけど……さすがにそんなに見られると恥ずかしいよ」

「ご、ごめん……」


 望月さん、こういうところはすごい敏感なんだよな……。

 異能のおかげで互換も研ぎ澄まされているのだろうか。




 授業中や友達との会話をしている望月さんを観察するが、変な様子はない。体調が悪そうにも見えない。


 これは……安心して、良さそう、かもな……。


 何だか拍子抜けだった。

 あれだけ警戒していた自分が馬鹿みたいに思える。

 そして伊神を不用意に疑ったことに対して今更ながら罪悪感が出てきた。


 信用していなかったとはいえ、結構チクチク言ってしまったよな……。

 もし次会う機会があれば謝らなくては……。


 モヤモヤした気分を抱えながら退屈な授業の時間が過ぎていった。



 家に帰り、いつも通り推しのVtuberさくたんのアーカイブを見てるとご飯の知らせが来る。食事の席にはじいちゃんもいて、様子を聞いてきた。


「由愛ちゃんの様子はどうなんじゃ」

「特に変わりないよ」

「そうか。それは何よりじゃ」

「じいちゃんは? 伊神、さんと連絡とったりしてるの?」

「なんじゃ、気になるのか? そうか、お前もようやく次期社長としての自覚が出てきたという訳か……」

「全くそういう訳じゃないけど」


 単純に話す機会があるようであれば一言謝りたいと思ったのだが、この会話の流れは面倒くさくなりそうだ。


「ごちそうさま」

「あ、おい待てい。話はまだ終わっとらんぞ」

「また今度ね」


 逃げるように食器を片付け、部屋に向かった。



 部屋に入りベッドにダイブ。

 満腹感も相まって、すぐに眠気がやってきた。


 ぼんやりとした意識の中で、望月さんの様子を思い出す。

 特に変わった様子もなく、いつも通りの彼女。

 とんだ取り越し苦労だ。

 それなのに、心はまだ緊張を解こうとしてくれない。


 もし彼女が助けを呼んだなら──。


 助けを呼んだなら……どうするんだろう。


 ふと、我に返る。


 例えばだが、望月さんから助けを求められたとき、俺は何ができる? 

 伊神の会社に凸? 力でねじ伏せる?

 できなくはない。しかし、その結果どうなる? 


 のように、多大な罰を受けることになるのではないか。

 忍者としての活動を永久停止。表沙汰になることは今後一切許されない。


 自分だけで済むのであれば問題ない。

 しかし、家族にも、そのしわ寄せはきっとくる。


 現に、ハトリ運送は仕事を制限させられた。配達エリアを制限され、決められた会社としか取引は許されなくなった。

 本当ならもっと大きな会社になっていたかもしれない。


 父さんと母さんは、国内にいることを許されず、海外での慈善活動を余儀なくされた。


「あぁ、なんだ」


 結局、俺にできることは無かったのかもしれない。


 でもそれでよかった。

 望月さんは何も変わらず、むしろ以前よりもいい暮らしをしているかもしれない。

 俺はいつも通り、目立つことなく趣味に没頭することができる。


 いつもの日常が戻ってきたのだ。なんてことない、ただの日常。


 思考をすることも面倒くさくなってきた。俺の意識は段々と薄れていき、闇へと飲まれた。



「とんでもないことをしてくれたね」


 すぐに夢だと気づいた。何度も見てきた、あの日から繰り返される夢だ。


 ろうそくの光だけが照らす和室。

 目の前には鬼ババア、俺たちの周りを取り囲むようにして大人たちが正座をしてじっと見つめられている。


 この場に自分がいることが、何よりの違和感だと思っていた。


「俺は、間違った事はしてな──」

「間違ってなけりゃ、これだけのことをしていいってのかい」


 新聞紙を投げつけられる。

 大きく書かれているのは、建物崩壊、負傷者多数、その他近隣への被害などなど。


「お前がやったんだよ。正義のためだとか馬鹿な事抜かしやがって。これのどこが正義ってんだい。こんなのはただのテロリストだ」

「違う! 俺はただ、あの子を──」

「違わないよクソガキが。あたしゃ聞いたよ。女一人助けるために異能組織の連中に喧嘩売るなんて、正気の沙汰じゃあない。それに生きて帰ってくるなんてね……」


 そうだ、俺は戦い、生きて帰ってきた。それはきっと名誉なことで──。


「いっそ死んでくれたほうが良かったってのに。はた迷惑極まりないね。後処理が面倒ったらありゃしない」

「なに……!」


 聞き捨てならなかった。

 一歩踏み出そうとしたその時、周りにいた何人もの大人が武器を突き出し、組み伏せられた。

 動きを完全に拘束されてしまった。


「ぐっ……!」

「動くな。動けば殺す」


 首元に刃先が当たる。

 大人たちの言う通り、少しでも動けば首が飛ぶ。

 身をもって死の間際を体感していた。


「処分は後で言う。……いや、せめてもの情けさね、今決まっているだけでも伝えてやるよ」


 鬼ババアはかがみ、俺と視線を合わせた。

 一言一句聞き逃すな、そう言いたいのだろう。


「まず、お前さんの忍者としての活動は今後一切を禁ずる。今回みたいな偽善をすりゃ、あたしらはお前さんを敵とみなすよ」

「……」

「そして、あんたの家の仕事、ハトリ運送。活動範囲の縮小、ガキにも分かるように言えば、仕事は少なくなるってことだ」

「な──待てよ! 俺がやったことなのに──」


「黙れ」


 容赦なく、ババアに頬をわしづかみされる。

 掴まれた頬は痛くもなんともない。ただ、さっきから胸の辺りが締め付けられるように、痛む。


「それとアンタの両親、父と母は海外に飛んでもらう」

「は……?」

「以上だ。これ以外にもいくつかあるが……まぁ大きなのは今言ったので全部さ。せいぜい罪の重さを自覚しな」

「ま、待て、待ってくれ──」

「言葉遣いも舐め腐ってるなクソガキ」

「……待って、ください。どうか、どうか罪は全て自分に……」

「よーしよし、言葉遣いは多少マシになったじゃないか。だが──そうはいかない。ガキのお前で償える罪なんかたかが知れてるよ。これに懲りたら、大人しく慎ましく暮らすことだね」

「あ……」


 そう言って、は去っていった。

 拘束が解かれるが、動こうという気が起きない。


 それから数日後、百鬼さんの言った通りになった。

 両親と会うことは無くなった。

 以前は従業員がたくさん出入りして、挨拶を交わしあった人たちが、大量解雇せざるを得ない状況になり、人がほとんどいなくなった。

 家は静かになった。

 俺のせいだ。


 俺は毎日を、より一層忍んで暮らすことになった。


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