第15話 強襲
数日経ったある日のことだった。
「服部くん……」
授業が終わった後の帰り道、望月さんの表情はいつもとは打って変わって暗いものだった。表情を見ただけで何か良くないものを感じていることが分かる。
そして、それは俺も感じていた。向けられている視線は1つや2つではない。何人もの集団がこちらをマークしている。そんな感じだった。
「望月さん、少し急ごう」
「う、うん……」
早歩きをしながら帰り道を進む。
気持ち悪いことに、視線を向ける奴らは一定の距離を保ち、襲ってくることは無い。ただただ、監視が目的のような感じだった。
一体何を考えているんだ。
そんなことを思っていたら家に着いた。
しかし、家の様子もいつもとは違っていた。
玄関の前に横にも縦にも長い大きな黒い車が止まっていた。
「……服部くんちの車、じゃあないよね」
「うん」
嫌な予感がする。
家の玄関付近には黒い服を着た連中が何人もいた。そして、こちらを見ると待ってましたと言わんばかりに道を開け、頭を下げていた。
「……この人たち」
「あぁ、望月さんを付け回していた連中で間違いないと思う」
しかし、一向に敵意は向いてこない。敵意の無い相手に攻撃を仕掛けるなんて真似はできず、招かれるように家に入った。
空気が重い。まるで自分の家ではないようだ。
「お待ちしておりました。望月由愛様。客間にて、ボスがお待ちです」
黒服の一人がこちらへ、と案内する。
当然俺もついていく。
ついてくるな、とは言われない。ということはついて行っても障害にはならない。そう考えられているのだろう。
客間に着くと、ウチのじいちゃんと望月さんのおじいちゃん、そして二人の正面には見知らぬ青年男性が一人、姿勢よく正座をしていた。
傍らには屈強そうな男を二人連れており、どう考えても普通の客とは思えなかった。
「おや、そちらの二人が?」
「えぇ、まぁ。祐、由愛ちゃん、座りなさい」
「……」
居心地の悪さを感じながら、言われるがままに座った。
「お会いできて光栄です。望月由愛さん。そしてまずは貴方を追いかけまわすような真似をしたこと、その無礼をお許しいただきたい」
「あなたは?」
「おっと、自己紹介がまだでしたね。私はこういうものです」
名刺を差し出され、受け取る。
伊神コーポレーション取締役
「社長さん……?」
「と言っても、どこにでもあるような、ありふれた小さな企業ですよ」
「それで、その社長さんがどうして望月さんにストーカー行為を仕向けてるんです?」
「おい祐。少し黙っておれ」
「じいちゃん……?」
意外だ。悪事にはとことん厳しいじいちゃんに止められるとは思っていなかった。
「そうですね、まずそこから話しましょうか」
コホンと一呼吸置き、伊神さんは活舌よく喋り出した。
「結論から言いますと、私たちは異能者を保護するためにやってきたのです」
保護。危害を加えるつもりはない、と伝えたいのだろう。
しかし、俺は何人も見てきた。異能者を保護すると言っておいて、非人道的な実験をしようとするものや金儲けのためにしか見ていないもの。
正直、目の前の男には既視感があった。
表面上でいくら取り繕っても、心の奥底にしまってある邪悪さを疑ってしまう。
「信じられない、と言いたげな顔ですね」
顔に出てしまったのか、伊神さんは困った顔をしていた。
なのでここは正直に答えることにした。
「そう言って平然と嘘をつく人を何人も見てきたので」
「そういわれるのも無理はありません。実際、異能というのは文字通り普通ではないという事。執着するのも普通ではない人間。そう思われても仕方のないことだと腹をくくっております」
「保護する、と言いましたが具体的には?」
今度は望月さんのおじいちゃんから切り出した。
「保護と言っても、何も長い間ずっと閉じ込めたりするようなことはしません。目指すのは能力の完全把握と扱い方の習得。どちらかと言えば、異能の教育機関と言った方が適切かもしれないですね。実際問題、異能者はむやみやたらと能力を使い、悪目立ちすることも少なくない」
それは間違いではない。実際、異能を使い悪事を働く人間も少なからず存在する。
「私たちは、観察と情報収集によって能力を把握し、扱い方を学んでいただき、異能をコントロールすることをゴールとしています。一般社会を何不自由なく暮らしていただきたいと思っています。更なる理想としては異能を世のため人のため使うことができたなら、これほど素晴らしいことは無いのかと」
「……」
言っていることは、とても素晴らしいことだと思う。異能に対し真剣に向き合い、ただ対処するだけでなく社会貢献にも役立てようとしている。
「しかし、異能の研究は禁止されているはずでは?」
「正確には、人体に薬物を投与したり長期間の監禁を禁じられているだけです。もちろん、そちらの世界の法は守らせていただきますとも」
なるほど。忍者界の事情も把握済みらしい。まぁ忍者協会に依頼をするぐらいだ。知っていてもおかしくはない。
「どうでしょう望月さん。私の理想に、力を貸していただけませんか?」
「私は……」
揺れている。望月さんの意思はまだ揺らいでいる。
自分の身と引き換えに、人の世のためになるのであれば。そんな考えが頭をよぎっているのかもしれない。
しかし、俺は全く信用できないでいた。
「私の力が、誰かの役に立てるのなら──」
「俺は、信用できない」
気づけば口にしていた。
「おい、祐」
「だってそうだろ。伊神さんの動機が分からない。あなたがなぜ異能に固執するのか、その理由が」
「……分かりました」
そういうと伊神さんはスマホを取り出し、写真を俺たちに見せた。
2人の男が楽しそうに笑っている。一人は伊神さん、もう一人は伊神さんによく似た男性だった。
「私の弟です。いつも明るくて、鬱陶しいぐらい騒がしい奴でした。今はもう、その声を聴くこともできませんが」
「え……?」
「数年前亡くなったんです。異能に目覚めて、その力を見境なしに使った結果、能力が暴走して……」
「異能の暴走……」
「えぇ。ご存じかもしれませんが、異能が使える人間は、稀にですが自分にも扱えないほど強大な能力を開花させる事があるそうです。弟もそれで……」
そういう伊神さんの目には涙が浮かんでいた。部下の一人がハンカチを差し出し、伊神さんは零れそうな涙を吹いた。
「失礼。少し昔を思い出してしまいました。これでご理解いただけたでしょうか。私が異能に対して固執する理由が。私はもう、弟のような人を増やしたくはないのです」
「……」
今言ったことがすべて事実であるならば、異能に固執する理由としては申し分ないと言えてしまうだろう。
「すぐに答えを出して欲しいとは言いません。良いお返事を、期待しています」
そう言って伊神さんは部屋を出て行った。後に残ったのは気まずさと静寂だった。
「由愛ちゃん。ワシはお前さんの意思に委ねようと思う。伊神殿も返事を待ってくれるようじゃし、ゆっくりと考えて決めて欲しい」
じいちゃんはそう言っていた。望月さんのおじいちゃんもそれで異論はないようだ。
「祐、ちと来なさい」
「……」
じいちゃんに言われ、部屋を後にする。場所はもちろん道場だ。
「そんな不満そうな顔をするでない」
どうやら顔に出ていたらしい。俺もまだまだ忍ぶ修練が足りていないようだ。
「伊神殿の言葉は信用ならんか?」
「まぁ、正直言って信じられない」
「どこが信じられないんじゃ」
「忍者の勘」
はぁ、とじいちゃんはため息をついた。
今は伊神の言葉が嘘だという証拠は何一つない。ただ、胡散臭いと俺が感じているだけだ。
「じいちゃんはどうしてあの人に肩入れしてるんだよ」
「肩入れしている訳ではないが、将来仕事を共にする相手やもしれん。今のところヤツの素性を軽く調べたが、特段怪しい経歴は無かった。仲良くしておいて損は無いと思ったまでじゃ」
「……冗談だろ?」
「祐。経営とはそういうものじゃ。ハトリ運送を背負うもの、守るものとして、仕事の取捨選択をじゃな──」
「はいはい、分かった分かった」
非情に面白くなさそうな話になりそうだったので退散しようとする。
「祐。由愛ちゃんの選択を見守ってやれ」
「……善処する」
一向に納得できないまま、俺は道場を後にした。
夕食が終わり、自分の部屋で寝転んで天井を見つめる。
じいちゃんの言葉が何度も頭をよぎる。
確かに望月さんの意思を優先したいのは分かる。俺だってできればそうしたい。
しかし、100%信用できない自分がいる。あの男の言葉はとても立派なものだった。
嘘でないと信じたい。しかし、嘘であった場合、それは考えうる最悪なケースになってしまうだろう。
ダメだ。良くない考えばかりが思い浮かんでくる。いったん忘れてVtuberのアーカイブでも見ようとした時だった。
コンコン。
部屋の扉がノックされる。
「服部くん、起きてる?」
「望月さん? 起きてるけど」
「ちょっとお話してもいいかな」
「……分かった」
話の内容は分かりきっていた。俺は望月さんを部屋に入れて、ベッドに座ってもらった。もちろん俺は机の椅子だ。
「……」
ここで自分の過ちに気付いた。部屋には推しのさくたんのタペストリーやらフィギュアやらで埋め尽くされている。
完全にキモオタだと思われただろうな……。さっきからジロジロ見られてるし……。
「あー……話す場所変えようか?」
「う、ううん! ごめんねジロジロ見て。男の子の部屋ってこんな感じなんだなって……えへへ」
なんだか非常に申し訳ない。この部屋を一般男子の部屋と言ってしまうにはかなり偏っている気がする。妙な偏見を持たせてしまった。
「それで、話って?」
「……うん。さっきの話」
「……うん」
数秒の静寂。望月さんが口を開いた。
「私、伊神さんに協力しようと思うんだ」
そう言われた瞬間、胸がチクリと痛んだ。
「……」
「えっとね、私も色々と考えたんだけどね? 私の力が誰かのためになるのなら、それはとっても素敵なことだなって」
「うん……」
「異能の研究って言っても、変なことされたりはしないって言ってたしさ。学校も今まで通り普通に通えそうだし」
「うん……」
「それにほら、いつまでも服部君の家にお世話になるのも申し訳ないっていうか……」
「それは……」
気にする必要はない。そう言いたかったが、俺は家主ではない。じいちゃんがもしかしたら負担に感じてるかもしれない。そう思ったら完全に否定することができなかった。
「ダメ、かな」
「ダメっていうか……俺は……」
嘘だ。本当は行ってほしくない。
伊神の言葉が信じられるまで、それまで待って欲しい。そう言えばいいのに、言えない自分がいる。
じいちゃんの言葉が呪いのように頭の中に響く。
望月さんの意思は、尊重してあげたい。
「望月さんが、それを望むなら……」
情けなくて泣きそうになった。しかし、これでいい。自分のわがままなど、表に出さずに忍ばせたほうがいいに決まってる。
「……うん、ありがとう」
望月さんがベッドから立ちあがり、部屋を出ていこうとする。
「……いつでも」
「え?」
「いつでも、また来てくれていいから」
隠しきれなかった思いが言葉になって出てきてしまう。自分でも惨めで泣きそうになった。
「……うん、寂しくなったら、またお邪魔するねっ」
パタリとドアが閉まる。
最後に見た望月さんの笑顔は、とてもぎこちないように見えた。
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