第14話 ハトリ運送のお仕事
休日が過ぎるのはなぜこんなにも早いのだろう。
そしてなぜ授業が終わるのはこんなにも遅いのだろう。
そんな事を考えながら、今日も望月さんと帰る日々。
あれから黒服たちの連中の動きが少なくなってきたように見える。
姉さんに聞いてみたが、街中でも数は減っているようだ。
諦めたか、もしくは見当が外れたと判断して別の場所を探しに行ったか。
希望的憶測だが、そうであればどれだけ気が楽な事か。
最悪の事態を常に考える。これ忍者の常識だ、きっと。
というわけで今日も警戒しつつ帰っている最中だ。
「それでね、タピオカ専門店と唐揚げ専門店を隣り合わせにしたらめちゃくちゃヤバい!? って事が起きちゃって~」
「へ、へぇ」
ヤバイ、全然聞いてなかった。
でもちょっと気になるな。隣り合わせにしたら何が起こるというのだ。
思考がカオスになりかけたその時だった。
パリィーン!
どこかで窓ガラスが鳴る音がした。
「な、なに!?」
「望月さん、気をつけて」
念のため、望月さんを後ろに下がらせ辺りを見る。
左斜めを見ると、ビルの窓ガラスが割れており、下にはボロボロの人が倒れていた。
「た、大変! 助けなきゃ!」
「あ、一人で行くと危ないって!」
望月さんは我先にと駆け出し、怪我人に寄り添っていた。
ガタイのいい男性だ。
窓から落ちてきたのだろうが、それにしては怪我が軽傷すぎる。
「け、警察とか救急車呼んだ方がいいのかな!?」
「そうだね、その前に避けた方がいいかもっ……!」
「え──」
「ぐあああああああああ!!!」
追い打ちをかけるように再び人が上から降ってきた。
「やばっ……!」
望月さん、倒れていた男性を抱えて横に避けるだけで精一杯。
上から降ってくる人をどう助けるか迷っている時だった。
「あ、危ないっっ!!!」
突然、男性が放り出された窓から黒い手のような物体が飛び出し、空中の男性をつかんだ。
そして、黒い手は器用にも落下の勢いを殺しそのあたりにポイっと投げた。
「は、服部くん!? なに今の!?」
「今の……あぁ、なるほど」
見たことのある異質な手。
聞いたことのある声。
周りを見ると、ハトのマークがついているトラックを見つけた。
「す、すいません~! もう力也くん! ポイポイ人を外に投げないでよっ」
「はっはっは! すまんすまん。俺は加減が苦手なんだ!」
「まったくもう……すいませ~ん、お怪我は無かったですか──って若!? わ、若じゃないですか!」
「街中で若は止めて欲しいんだけど……」
「す、すみませんっ! すぐに済ませますから、ちょっと待っててください~!」
う~ん、今日も因幡くんは可愛い。
とりあえず待てと言われてしまったので倒れた人を目立たないところに運び、二人の仕事を待つのだった。
「す、すみません若っ。お待たせしました」
「いや、外で若って呼ぶのは止めてね。中でも止めて欲しいけど」
「あ、す、すみません。えっと……祐、さん……?」
んぐっ!!! 可愛いっ……!!!
急に名前呼びされて思わず悶絶しそうになるが、グッとこらえた。
「そ、それでこの騒ぎは一体……」
「あぁ、えっと。配達を頼まれたんですけど、そんなに危ないものではなくて──」
「いやぁ手こずっちまった。俺もまだまだ修行不足だな!」
ビルから力也くんが出てきた。顔中血まみれで。
「きゃああああああああああああああああああ!!」
俺と因幡くんは何度も見た光景であるが、初めて見た望月さんはそれはもう驚いていた。いや、それが普通の反応か。
「危ないものじゃないんだよな……?」
「依頼されてたのはアンパン、チョコ、アイス、お菓子の類ばかり配達を依頼されてまして……」
「それって隠語……」
「い、一応確かめるために配達依頼元に凸ったらこの有り様で……」
「なるほどね」
裏社会に通じるやり取りだったのだろう。それを突き止めた結果というわけだ。
「まぁ話は俺からじいちゃんにしておくよ」
「あ、ありがとうございます!」
「そ、それより本郷さん! こんな血まみれだけど大丈夫なの!?」
いかんいかん。完全にスルーしてた。
あんな姿一般人に見られでもしたら即通報されるだろう。
「はっはっは。お嬢、これは返り血ですから全然平気です!」
「返り血……それはそれで危なくない……?」
「とりあえず日比谷さん呼ぶか……」
こういう時は本職を呼ぶに限る。俺はすぐさま日比谷さんの携帯にかけた。
電話をして数分、警察は飛ぶようにしてやってきた。
ハトリ運送の二人は退散させ、俺たちは現場目撃者としてこの場に残っていた。
何人もの警察官がさっさと現場に入っていく中、日比谷さんは俺たちを見つけ、あーなるほどと察した様子だった。
「坊ちゃん、またやってくれちゃいましたねぇ」
「まぁ……成り行きで」
「あの、服部くんは──」
「あ、大丈夫大丈夫。大体事情は分かってるし、毎度の事だしね~」
のほほんとした顔で受け答えする日比谷さん。しかし、その後ろで鬼の形相を浮かべた女性が立っていた。
「日比谷さん……」
「お? あーマリちゃん。現場検証終わった?」
「そんな早く終わるわけないじゃないですかっっっ!」
めちゃくちゃ声出てるな。日ごろから相当鬱憤がたまっていると見える。
「おっとと……大丈夫、そんな大声出さなくても聞こえてるって」
「だったら日比谷さんも手伝ってください! まったく、目を話したらすぐにふらふらと何処かへ行ってしまわれるんですから! ほら、行きますよ!」
「あたたたた! 関節技かけながら連れてくのはいたい、折れちゃう! あ、2人とも気を付けて帰ってね~!」
ダメな上司というのはああいうのを言うのかもしれない。そんなことを思いながら俺たちはこっそりと帰るのだった。
「事情聴取とかしないんだね……」
「そのあたりも日比谷さんが処理してくれるらしいよ。まぁ毎回無理を通してくれてるおかげで日比谷さんの警察としての評価はメチャクチャ低いらしいけど……」
「今度お礼言わなきゃだね」
「そうだね。たまになら言ってもいいかもね」
いつものように言うと調子に乗って変な仕事を依頼されかねないので、程々が良いのである。
「そういえば、ハトリ運送って運送業、なんだよね」
「そうだよ。お客さんから依頼を受けて指定された場所まで配達する。ここでいうお客さんは主に忍者だったりするんだけどね」
「忍者の人が配達を依頼……?」
「主に武器が多いかな。もちろん殺傷能力の低いものだけど。スタンガンとか」
「お、おぉ……ちゃんと忍者の役に立ってるってことだね。でも、今日のは……」
「今日みたいなのはたまに……。うん、結構たまにいざこざが起こることはある」
「どっち?」
「ま、まぁこっちから手を出すことはしてない、はず。出したらお偉いさんに大目玉を食らうからね。あくまで正当防衛ってことで目をつぶってもらってるよ」
「すごい……裏社会のヒーローみたい……!」
やばい。望月さんの目がキラリだした。
将来はハトリ運送に、なんて言われたら。ましてやじいちゃんにまで聞かれようものなら大変なことだ。
そんな話をしている間に家にたどり着いた。
「あ、若。おかえりなさい」
「若、お勤めご苦労様ですっ! 後処理、ありがとうございます!」
先ほどあった二人が普段着で待っており、帰宅して早々頭を下げられた。
「いいって。お礼なら日比谷さんに言っておいた方がいいよ」
「日比谷さんか……」
「日比谷さんっすか……」
二人ともあまり表情がよろしくない。
「あれ、二人とも苦手だったっけ」
「ぼ、僕はちょっと立場上苦手というか……」
「俺はパチンコ誘われたんで一緒に行ったんすけど財布が空になるまで付き合わされましたからねぇ……しかも給料日に」
うん。あの人がちゃんとクズでなんか安心した。
「祐、帰ったか」
「じいちゃん。ただいま」
「ただいまです」
「うむ。二人ともおかえり。祐、ちと話がある。道場に来なさい」
「え~」
「え~じゃない。待っとるからな」
そう言ってじいちゃんは去っていった。仕方がない。後をついていくことにした。
道場に行くと、じいちゃんは中央で正座をしていた。
目の前に座布団が置いてある。さぁ座れと言っているようなものだ。
「祐、ハトリ運送は好きか?」
座った瞬間話題を切り出してきた。
「急にどうしたの」
「いいから、ほれ、答えてみい」
「そりゃ嫌いじゃないけど。特に俺から何かしてるわけじゃないけどさ」
「馬鹿言え。今日もあの2人は若に助けられたと言っておったぞ」
人を呼んだだけだが、どれぐらい話を盛られているのか、考えたら怖くなってきた。
「表では配送業としてやっとるが、怪しげな取引を見かければ即天誅。忍者協会から距離を置かれようが、忍者の血族である限りこの使命と誇りを投げ出すことは無いじゃろう」
「……つまり?」
「お主に次期当主として──」
「断る断る。それに、なんで父さんを差し置いて俺なんだよ」
「ヤツはもっと広い視野を持っとるからな。この日本という狭い国には収まらんのじゃよ」
俺の父さんと母さんは海外を飛び回り、至るところで奉仕活動をしているらしい。
今どこで何をしているのやら。
「はぁ、まだ決断はできんか」
「決断も何も。それにじいちゃんが一番知ってるだろ、昔俺が何をしたのかを」
「あぁ。その結果、ハトリ運送が以前よりも衰退してるのも良く知っておるわい。従業員削減、仕事ができる範囲縮小、報酬額の減額などなど、な」
「だったら俺が上に立つべきじゃないだろ。そうだ、姉さんはどうなんだよ」
「あれに務まると思うか?」
「……まぁ、無理か」
表舞台に立つことは絶対ないだろうし、何より俺よりも面倒くさがり屋だ。
とてもじゃないが人をまとめる素質があるとは思えない。
「考えておいてくれ。ワシも先は長くないじゃろうしな」
「縁起でもない」
立ち上がり、道場を去ろうとする。
「そういえば、由愛ちゃんを狙う連中はあれからどうじゃ」
「前よりも少なくなってると思う。ただ──忍者協会に依頼が入っていたらしい」
「……それはちと厄介じゃの」
「なんで?」
「百鬼は異能に対しての執着が強いからな。もし捜索依頼を出されたとなれば、協会は本気を出して来るやもしれぬぞ」
「……分かった。ありがと、じいちゃん」
そう言って道場を後にした。
「さて、どうしたもんかのう……」
悩ましい声が、道場にむなしく響いた。
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