第13話 忍者協会からのお叱り

 待ちに待った休み。

 今日はVtuberのアーカイブに浸かろうと胸躍らせているところに、とんでもない悲報が舞い込んできた。


「祐。招集じゃ」

「……はぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」


 クソでかいため息が出る。

 じいちゃんが言う招集が何を意味するか。

 それは幼いころから嫌というほど味わってきた。


 忍者たちの集い、忍者協会に顔を出せ、ということだ。


 忍者協会に顔を出すときは大抵いい話ではない。

 大体が厳重注意か、面倒な話を持ち掛けてくるのだ。


「別日で」

「アホウ。病院の予約とかじゃないんじゃから無理じゃ」

「ちっ」


 盛大に舌打ちをして玄関に向かう。


「あれ、服部くんお出かけ?」


 望月さんに出会った。

 デニムのショートパンツに白のTシャツというシンプルなファッションだが、それが望月さんの素を引き立たせており非常に似合っている。忍者にしておくには可愛すぎる。


「いや、ちょっと忍者協会に──」


 しまった。

 そう思った時には既に遅しだった。


「忍者協会!?」


 目をキラキラさせた望月さん爆誕。


「それって忍者の人たちが集まって秘密の特訓をしてたり情報を共有しあったりしてたり!?」

「違う違う。そんな華やかなものじゃないんだって」

「なるほど……極秘事項ってやつだね」

「あーそうそう、まぁそんな感じ」


 これはチャンス。

 今までの流れだったがなし崩し的に一緒に行こうという話になりそうだったが、極秘事項としておけば無理についてくることはないだろう。

 まぁ極秘事項はホントのことだし。


「それじゃ、いってきまーす」

「いってらっしゃーい」


 やけにあっさりと引き下がったな。

 これは……後をつけてくるつもりだな。

 尾行に気を付けながら向かわねば。



 祐と別れた後、由愛は考え込んだ。


「さて、どうやって尾行しよう」


 祐の予想通り、ただでは引き下がらなかった。

 何とかして忍者協会を一目見たい。

 頭をフル回転させるが、祐を相手に尾行がバレずについていけるイメージが全く持てなかった。


「由愛様。若を見かけませんでしたか?」

「あ、橘さん。服部くんなら忍者協会に行くって言って……えへへ、置いて行かれちゃいました」

「忍者協会……。あぁ、あのクソ──ではなく格式高い集会ですか」

「く、クソ……」


 ニッコリとしているが目は笑っていない。

 あまりいい思い出が無いのだろう。


「そうですか……若……おいたわしや……」

「に、忍者協会に呼ばれるってよくないことなんですか?」

「まぁ……9割5分くらいは良くないですね」

「ほとんど良くないじゃないですか!?」


 由愛は京香の手を取った。


「橘さん、服部くんを追いましょう!」

「しかし、若は自ら出向いたのでしょう? 私はメイドという立場上、若の意向に背くような真似はできません。決して」


 京香は揺らぎのない、強い意志のこもった瞳で由愛を見つめた。

 そのまなざしに由愛は思わず怯んでしまう。


 どうすれば京香を動かせるのか、知恵を振り絞り苦肉の策を繰り出した。


「じゃ、じゃあ! 励まし!」

「励まし?」

「そう! 橘さんの言う通りだと、服部くんはその忍者協会のお話の後はすっごく、すーっごく疲れてるんじゃないですか!?」

「えぇそれはもう。疲労困憊で途中で倒れることもあるかもしれませんね。あのようなクソ──ではなく高貴な集まりでは」

「そ、そうそう! だから、お疲れさまでした~! ってお迎えに行くのはどうでしょう!? それなら服部くんの元気な姿が見られる、かも……」

「……」


 京香の表情は揺るがない。


「由愛様」

「は、はい」


 それもそうか、と内心諦める。

 メイドは主に忠誠を誓ってこそメイド。

 主が待てと言えば待つのは当然──。


「天才ですかあなた様は」

「へ?」

「そう、そうですね。若の疲れ切った姿など見とうありませんし、何より褒められたい。褒められて撫でられたりした日には……ふふ」


 京香がここまで早口で話すのは初めて見た由愛だった。


「こうしてはいられません。すぐに準備しましょう」

「じゅ、準備!?」

「はい。精のつく差し入れを用意しなければ。あぁ、足も手配した方がいいですね。いや……いっそ私がおぶって……」

「たたた、橘さん! 服部君を追いかけなきゃだし、準備は最低限でいいかもですよ!」

「……それもそうですね。忍者協会の会合は月日や出席者、はたまた天気で開かれる場所が違っていますからね。特定するのは困難でしょう」

「そ、そうなんですね。なら尚更……!」

「えぇ。せめて差し入れだけでも用意せねば……!」

「た、橘さぁーんっ!?」


 京香の協力は得られることは心強いが、時間がかかることは間違いなさそうであった。



 じいちゃんから教えられた忍者協会の会合の場所、それはとある大きな神社だった。神社の後ろには山が近くにあり、周りは木々で囲まれている。

 近所の人からは少し不気味と言われるような場所でもあったが、普段は普通に神社である。


 その場所にたどり着くころには既に時間ギリギリだった。


「一応尾行対策はしてたけど……追ってはこなかったな……」


 若干拍子抜けな感じはあるが、ついてこられるよりはずっといい。

 何より、今から話されるのは望月さんに関わる話かもしれないからだ。


 鳥居をくぐると、神主らしき人がいた。


「おや……遅い到着ですな」

「ちょっと手間取りまして」

「ふむ、結構。こちらです」


 普段は神主だが、この人も忍者と関りがある。

 会合の場所の提供者でもあるし、忍者に依頼をする立場でもある。

 まさにズブズブの関係というやつだ。


 建物に案内され、客間のふすまの前まで案内される。


「こちらです」


 中に入ると、両脇にそれぞれ6人座っており、奥の方に一人、年老いた老婆がいた。


「来たね、服部の小僧」

「……」


 俺は何も言わずに座れと言わんばかりに用意された座布団に座った。


「ふん、愛想がないね」

「いえいえ、緊張してるんですよ。何せこれだけ大勢の人に注目されては──」

「狸かおめぇは。とぼけるのもいい加減にしな」


 相変わらず口の悪い婆さんだ。


 この偉そうな婆さんこそ、今の忍者協会の頂点に君臨する、百鬼知代なきりともよだ。

 年齢は80を超えているらしいが、まだまだその迫力は健在だ。

 実力も衰えていないという噂話まで耳にするほどだ。


 ちなみに俺は心の中で鬼ババアと呼んでいる。バレたら首は飛ぶだろうけど。


「それで、今日呼ばれたのはなぜでしょう」

「とぼけんじゃないよ。おめぇ、八島のとこのセガレを叩きのめしたそうじゃないか」

「こっちから手を出したわけじゃないですからね。正当防衛ってやつですよ」

「はっ、ガキが一丁前に。それは弱いものが使えるルールだ。おめぇみたいな怪物が使っていいもんじゃねぇ」


 ダメだ。話にならん。これだから老人は嫌いだ。


「おめぇ、忘れてるわけじゃないだろうね? 数年前の約束」

「忘れてませんよ。現に今は服部家は目立たず、きちんと雑務をこなしてるじゃないですか」

「どうだか。ニュースでも犯罪者集団が妙な格好で捕まったりしてるが、それも無関係かい?」

「……結局、何が言いたいんですか」

「出しゃばるな。言いたいことはそれだけさね」


 思わずクソでかいため息が出そうになるが、グッとこらえた。偉いぞ自分。

 大体、それが要件ならわざわざ対面で話さなくても良いだろう。

 忍者協会というのはよっぽど暇らしい。


「肝に銘じておきます」

「ふん」

「話は終わりですか?」

「待ちな。今のは忠告。これからは警告だ」

「警告?」

「お前、異能者の娘を探してはいないだろうね」

「異能者の娘? なぜそんな話が出るんですか?」


 危ない。思わず反応してしまう所だった。


 鬼ババアが言っているのは十中八九、望月さんの事だろう。忍者協会に話が来ているという事は、だれかが依頼をかけたということだ。


「知らないならいい。今聞いたことは忘れな。金輪際関わらないことだね」

「そうは言われても気になりますね。一体誰が異能者を探してるのか」

「聞こえなかったかい? 関わるな。落ちぶれた服部家が首を突っ込んでいい話じゃないよ。おめぇんとこの以蔵にも言っときな」


 ダメだこりゃ。絶対話す気は無いらしい。


「分かりました。それでは、自分はこれで」


 立ち上がり、背を向ける。こんなくっさい場所とはさっさとオサラバだ。


「待ちなよ」

「まだ何か?」

日比谷光牙ひびやこうが橘京香たちばな京香、この2人も今の話だけは良く言い聞かせておきな」

「……」


 さすがにイラっときた。自分で呼んで対面で言えばいいだろう。


「直接言えばいいじゃないですか? 百鬼さんが」

「……あ?」


 しまった。思わず口に出た。しかし、もう止まることは無い。


「一番年下の自分にだけ言って、後は任せた、なんて。おつかいですか? これ」

「てめぇ……」

「何か直接言わない訳がおありで? あぁ、これは失礼。言わない、のではなく、言えない、の間違い──」


 その時、両脇にいた4人が一斉に武器を構え、俺の喉元へと突き立てた。


「……」

「今日は随分と良く喋るね。その辺にしとかないとその首、落ちるよ」

「……肝に銘じておきます」


 さて、話はこれで本当に終わりだろう。

 というか、周りの4人はまだ俺に対して警戒を解いてないみたいだが。


「どいてもらえます?」


 パキン。


「っ!?」


 一人が握っていた小太刀のようなものを握り、折った。

 それに驚いたのか、他の3人も俺から距離を取った。


「それでは、失礼します」


 去り際に、鬼ババアの絞り出すような声が聞こえた。


「この化け物が」



「ふぅ」


 神社を出て、ようやく重たい空気から解放され、肩の荷が降りた気分だった。

 外の空気がこれほどおいしいとは。


「それにしても、相手は忍者協会にもコネがあるのか」


 ますます望月さんを追っているやつらの素性が謎だ。

 それ以上に、やつらはかなり大きな権力を持っている、そんな気がしてならなかった。


 もし、忍者協会までも操れる力を持っていたとするならば。

 あるいは、忍者協会そのものが望月さんを狙っているのかも。


 考えれば考えるほど、良くない考えが浮かび上がってくる。

 あまりネガティブになるのはよそう。


「姉さんの方にも何か進展がないか聞いてみるか」


 考えをやめ、家に帰ろうとした時だった。


「ん……?」


 前方に何やら見慣れないものがあった。

 あれは……人力車か? 

 なぜこんなところに。

 京都の観光地じゃあるまいし。


「変な人もいるもんだな……」


 ちょうど俺が帰る方角が同じという事もあったため、どれほど変人がいるのだろうと通りがかった時チラリと人力車の方を見た。


「お勤めご苦労様です、若」

「お、お疲れ~……」


「ぉ゛──」


 自分でもびっくりするような声が出た。

 どうやら人間って驚きすぎると『ぉ゛』という声が出てしまうらしい。


 車を引いているのはニッコニコの笑顔をしていた橘さん。

 そして乗っていたのは顔をこれでもかと赤らめている望月さんだった。


「何やってんのこんなところで!? というかなぜ人力車!?」

「若がクソ会合に出席してお疲れかと思いましたので、僭越ながら私が手配いたしました」


 クソ会合て。

 そうか。橘さんに尾行されていたのなら気づかなくても止む無しか……。


「気持ちは嬉しいけど……いや、ホントなんで人力車……」

「由愛様が助言してくださったのです。疲れ切った若を共に慰めましょうと」

「え」

「ち、違うの! いや、違わないけど……でも人力車まで用意するとは思ってなくってぇ!」


 なるほど。事情は大体察した。


「さ、若。どうぞ」

「いや、結構で──」

「……」


 望月さんがお願いだから乗って……! 私を一人にしないで……! と訴えかけている。


「……乗らしていただきます」

「あぁ、ありがたき幸せ……」


 クソ会合を終えたかと思えば次は辱めを受けるとは。

 どうやら今日は厄日だったらしい。



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