第12話 放課後、忍者バトル開幕

 放課後になり、俺と望月さんは再び校舎裏へと向かった。

 歩いている途中、忍者同士の戦いについて少し望月さんに話した。


「八島先輩も言ってたけど、昔は忍者同士が戦うときは、基本的に勝敗はどちらか死ぬまで続いたらしい」

「過酷な世界だ……」

「もちろん、今の時代そんなことすれば忍者界のお尋ね者になるけどね。だから、忍者同士、だけじゃなくて忍者から戦いを仕掛けるときは相手を社会的に抹殺することが勝利条件かな」

「そっちも怖くない!?」

「まぁ否定はしない。殺し殺されるようなものだからね。社会的に抹殺する方法は──八島先輩が教えてくれるか」


 話ながら校舎裏へとたどり着いた。

 八島先輩は自信満々そうな顔で、どこから持ってきたのか分からない椅子に腰かけていた。


「やぁ、よく逃げずに来た。それだけで褒めちぎりたいくらいだ」

「それはどうも。それで、勝負の場所は?」

「離れの旧校舎にしよう。あそこなら人も立ち入らないだろうし、何より存分に動ける。ちゃんと忍んで戦おうってことさ」

「いいですよ」


 先輩の後についていく。


「ねぇ、服部くん……」

「うん?」

「あの人、正々堂々戦うつもりかな」

「いや、どうだろう。相手のルール次第だと思ってるけど」

「さっきから私たちの周り、忍者がいっぱいいるけど……」

「げっ。マジか……」


 旧校舎内にトラップや武器を潜ませたりという類の小細工はしてくるかと予想していたが、まさか1対1も放棄してくるとは。


「こそこそと内緒話かい?」

「いや、何でもないですよ」


 いけないいけない。

 決めつけはよくない。

 まずは勝負のルールをきちんと聞こうじゃないか。

 それから先輩がクズかどうか判断しよう。



 旧校舎の中に入り、先輩の第一声はこうだった。


「ルールは一対一の真剣勝負といこうじゃないか!」


 こいつクズだなー。

 口元ニヤケてるしルール守る気ないだろ絶対。

 望月さんも顔が引きつってるよ。


「禁止事項は命を落とす行為の禁止。まぁこれは当たり前か。この旧校舎内から出ることもだめだ。そして勝敗の条件はこれだ」


 先輩はスマホを取り出した。


「スマホのカメラで撮られた方の負け。撮った写真をどうするかは勝者の自由、全政界に晒してくれても結構だ。ちなみに被写体がブレている写真は無効とさせてもらうよ。きっちり顔が分かる写真にしよう」


 なるほど。

 相手の不意をついたり、あるいは行動不能にして写真を撮ればいいだけか。


「ルールは以上だが、何か言い残すことはあるかい?」

「いえいえ。どうぞ格好よく撮ってください」

「は、服部くん! いいの!?」

「言いたいことは色々あるけど……勝ってからにするよ」

「可愛くないやつ。じゃあ、このコインが落ちた瞬間から勝負開始だ」


 先輩がコインを真上にはじいた。


「望月さん、これお願い」

「え、うん」


 かけていたメガネを外し、望月さんへと投げた。


 先輩の視線は一瞬メガネの方へ。

 おそらく、周りに潜んでいる先輩の手先である忍者も視線がそちらへほんの一瞬は向いただろう。


 俺は袖のボタンをはずし、指が折れんばかりの力でボタンを弾いた。

 狙いは──空中で浮いているコイン。


 キィン! コッ。チャリン。

 音が辺りに響いた。


「は?」


 カシャ。

 俺はスマホで先輩を撮影に成功した。ブレも無し。完璧だ。


「はい、俺の勝ちですね」


 辺りは静寂に包まれた。


 数秒世界がフリーズした後、事の事態に気付いた俺以外の全員が声をあげていた。


「はああああああああああああああああ!?」

「えええええええええええええええええ!?」

「えええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」


 八島先輩、望月さんのほかにも、物陰に潜んでいた忍者が何人か顔を出して驚いていた。

 やっぱり正々堂々やる気無かったじゃないか。


「ちょ、ちょっと待てお前!」

「え、なんですか?」

「なんですか、じゃねぇよ!? コイン落ちてから勝負って言ったじゃねぇか!」

「いや、落ちてますやん、コイン」


 俺は空中でコインを上にはじき、天井に一度ぶつかり高速で地面にたたきつけたコインを指さして言った。


「な、いつの間に……?」

「目を離したすきに重力が強くなったんじゃないですかね。いやぁラッキーだ」

「んなわけあるか! てめぇ、こんな小細工しやがって!」

「先輩だってしてるじゃないですか。あの人たちは何ですか」


 俺は隅っこに隠れていた忍者を指さした。


「あ、あいつらは、その……」

「……いいですよ。もし正々堂々戦うつもりなら、今の結果は無効で」

「は、は~!? こちとら正々堂々1対1で最初からやるつもりだったが!? まぁ、ここはお前の優しさに免じて受け入れてやるよ!」

「それじゃ、コインを途中ではじくのは無し、ということで。さ、先輩、どうぞ」


 俺は床に落ちたコインを拾い、先輩に投げた。


「……へ、凹んでやがる。どれだけの力で弾きやがったんだ……!」

「何か言いました?」

「な、なんでもねぇ! いくぞ!」


 再びコインが宙に舞う。


 今度は何もせず、コインが落ちるのを見守る。


 3……2……1……。


 チャリン。


 勝負開始だ。


「俺の俊足についてこれるか!?」


 先輩お得意の俊足は普通の人間ならばありえない速度で距離を詰めてきた。

 確かに早い。

 が、反応できない速度ではない。


「は、はやっ……!」


 望月さんには先輩がブレて、目で追いきれていないかもしれない。


「望月さん。せっかくだから修行も兼ねて教えるね」

「う、うん……!」

「速い相手には目だけで追うのは止めた方がいい。耳、鼻、肌からくる感覚、使えるもの全部を使って相手を見ることにまずは注力して──」

「余裕ぶってんじゃねぇ!」

「危ないっ!」


 先輩からの拳が飛んでくるが、俺には見えているので問題ない。

 しっかり手のひらで受け止めた。


「なっ……」

「すごい……見てないのに……」

「こんな風に、ある程度修行を積めば目で追わなくても捉えられるようになるよ」

「くそっ!」


 先輩はやけくそにカメラを構えた。


「あぶなっ」


 俺は瞬時に地面を蹴り、先輩の背後へと回った。


「は……?」

「何驚いてるんですか。先輩が言ったんですよ、俊足は忍者の基本中の基本だって」

「いや……は……嘘、だろ……?」


 どうやら、先輩には見えていなかったらしい。


 俺の俊足と先輩の俊足で圧倒的に違うのは、足音だろう。

 忍ぶことを日常茶飯事とした俺の足音は、俊足を使って駆けた時でも怠らない。

 そのため、気配を感じることも困難なのだろう。


「ふ、ふざけんなっ!」


 先輩からの連撃を難なく受け止める。

 飛んできた拳に対して、腕を当てて受け流す。

 骨で受けているため、殴っている先輩の方が痛そうだ。


「く、くそ……! 硬すぎる……!」

「もう終わりですか?」

「う、うるせぇ! お、おい! お前らも見てねぇで加勢しろ!」

「は、はいっ!」


 おいおい。

 正々堂々はどこに行ったんだよ。


 仕方がない。

 このまま続けても怪我人を増やしかねないので、先輩には犠牲になってもらおう。


 先輩の服をぶっきらぼうに掴んだ。


「お、おい! やめ──」

「ふんっ!!!」


 力任せに先輩の体を片手で持ち上げ、床にたたきつけた。

 服部流体術、一本投げ。

 本来は両手で投げるのだが、俺の体質上、片手で十分だ。

 爆発音のような音が響き渡り、辺りは静寂に包まれた。


 カシャ。


 先輩が白目を向いている写真を撮影。

 これで勝負は終わりだ。


「ば、化け物……」


 先輩の取り巻きの一人がそう言った。

 懐かしいな。

 今は忍んでいるから言われないが、昔は何度言われたことか。


「ご、ごめんなさいいいいいいいいい!!!」


 取り巻きたちは一目散に逃げていった。


「おいおい……先輩を置いていくなよ……」

「服部くん……!」


 望月さんが駆け寄ってきた。


「その、大丈夫?」

「あぁ、特にケガもしてないし平気だよ」

「そうじゃなくて、その……」


 望月さんは言いにくそうにしているが、さっき言われている言葉についてだろう。


「あー、うん。そっちも大丈夫。言われなれてるし」

「……そっか。それにしても服部君、めちゃくちゃ強かったね! あの素早く動く先輩をビターン! って叩きつけちゃうんだもん!」

「あ……先輩に聞きたいことがあったけど、これじゃ聞けないな……」


 先輩は完全に意識を失っている。

 起きるのを待っていたらまた先輩の取り巻きが増えてやってきても困る。


「何を聞きたかったの?」

「先輩、望月さんを狙ってた。それに、誰かから情報提供されているように思えたからさ」

「誰かって……」

「それが聞ければ対策が色々取れるかも、と思ったけど、仕方ないか」


 忍者同士の争いはなるべく避けたい。

 忍者協会に目をつけられれば、”同族狩り”なんて不名誉な称号をつけられかねない。


「帰ろうか。先輩は……まぁ自分で起き上がれるか、誰かが助けに来てくれるよきっと」

「分かった! 服部君、守ってくれてありがとねっ!」

「……うん」


 先ほど自分に浴びせられた罵倒が嘘のように消えていく。

 望月さんの言葉は、不思議と心に強く響いた。





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