第11話 忍者バトル勃発
朝の登校は何事も無く、今こうして普通に授業を受けて、昼休みに突入した。
普通とはなんと素晴らしきことか。
奴らも人が多い時間帯はなるだけ避けているのかもしれない。
昨日の今日で、望月さんも少し学校を休んだ方がいいのでは、と個人的には思ったが、じいちゃんからのアドバイスがあった。
「お前がこそっと守ればええじゃろ。バレずに、無理のない範囲でな」
言ってることがめちゃくちゃである。
しかし、望月さんは今ああして友達と楽しそうに会話をしながら昼食を食べている。
それを見ると休ませずに良かったと思ってしまう自分がいた。
俺は誰とも会話することなく、さっさと昼食を済ませイヤホンをつけてアーカイブを視聴し始めた。
「ねぇ、ちょっと」
「やば、超かっこいい……」
何やら教室が騒がしい。ちらりと見ると、教室の入り口付近でイケメンが立っていた。
「かっこいいよね、八島先輩」
「うん、サッカー部のエースっていうのもすごいし、この前の試合もハットトリック決めたって」
「すごすぎ~!」
教室内の女子たちがきゃっきゃうふふとざわめきだす。男子たちは面白くなさそうだが。
そんなすごい人がウチのクラスに何の用だろう。そう思っていたら彼から教室内に聞こえるように声を上げていた。
「望月さんって、いるかな?」
「え、ふぁふぁふぃ? ふぁいふぁ~い」
食べ終わってからしゃべりなさい。はしたないですわよ。
しかし望月さんに用事だったとは。一体何の用だろう。
「ごくんっ……。えっと、私に何か用ですか?」
「ん~、ここじゃちょっと話しにくい、かな。場所、変えてもいい?」
きゃあああああああああああ!!
教室内は一瞬にしてライブ会場のような雰囲気になっていた。主に女子だけだが。ちなみに男子からは舌打ちのセッションが繰り広げられていた。
「あれ……先輩って……」
「ん? どうかした?」
「いえいえ! じゃあ、行きましょうか」
黄色い声援に見送られながら、二人はどこかへ消えていった。
「やっぱ望月、かわいいもんな」
「分かるわ。この前俺みたいなキモオタの名前覚えててくれたし。存在したんだな……オタクに優しいギャル……」
「陽キャなんだけど、陰キャにも優しいっていうか……うん、いいよな。でも八島先輩かぁ」
「はぁ……横になるわ……」
男子たちの怒りは次第に嘆きの声へと変わっていった。
さて、と。席を立ちあがり、二人の後を追う。
決して気になっているから後をつけるのではない。少し気になることがあるため、放っておけないからだ。他意は無いぞ、うん。
二人はド定番の校舎裏へと場所を移していた。
ここは滅多に人が通らない。
内緒話をするにはもってこいの場所という訳だ。
物陰から二人の会話に耳を傾ける。
「ここなら、誰にも聞かれないかな」
「えっと……お話があるんでしたっけ」
「そうそう。あのね──」
「その前に、私からいいですか?」
「ん? 何かな」
「八島先輩って、忍者ですよね」
「な──」
八島先輩は面食らっていた。
望月さんも気づいていたとは。
俺の気になったこと、というのは忍者と思われる八島先輩がどうして望月さんに声をかけたのか、だ。
体育の授業で何度か見かけたことはあるが、あの身のこなし、明らかに普通の人間よりも秀でていた。
「まいったな。俺、忍ぶのは結構得意だと思ったんだけどね」
どこがだよ。バレバレだったぞ。
「えっと、私の場合はちょっと特別というか──そう! 何となくビビッと来る時があるんですよ! あはは~」
く、苦しい……。なんて苦しい言い訳なんだ……。聞いているこっちが息苦しくなる。
「へぇ、それじゃ話は早いね」
「え?」
「いやね、今朝うちの親から言われたんだよね。学校で探して欲しい人物がいるって。直近で転校してきた生徒を探ってほしいってさ」
「へ、へぇ~」
「でも、それはどうでもよくなっちゃった」
「え──」
ドン。
望月さんが壁にドンされる。
くっそおおおお。画になるなぁ!
俺も不覚にも壁ドンしてしまったが、あんなラブコメ漫画のような雰囲気にはなっていなかっただろう。
「えっと……」
「忍者であることがバレているなら変に気を遣わなくてもいいし、何より望月さん可愛いしさ、俺マジでタイプなのよ」
「……?」
「ね、俺たち付き合わない?」
おぉ……すげぇ……陽キャすぎて同じ人間とは思えないな。
しかしあの塩顔イケメンで迫られたら、望月さんもコロッと好きになってしまうのではないだろうか。
それは……なんか嫌だな。
「あ、私告白されてる!?」
気づいてなかったのかよ!? 思わず突っこんでしまう。
「ははは、やっぱ面白いな望月さん」
そう言って八島先輩は望月さんに触れようとする。
ちょ、さすがにそれは──。
俺が身を乗り出すと同時に、望月さんはひょいっと八島先輩をかわすようにして後ろに回った。
「ごめんなさい先輩。私、よく知らない人とお付き合いはできません。それに──」
「そこの男が、関係あるのかな」
「あ」
しまったぁ……。思わず物陰から出てしまったため、非常に間抜けな態勢で二人に見られてしまった。
「ふふっ、やっぱりいた!」
「いや、これはその……」
「さっきから感じていた敵意、キミからだったのか。気配を悟られないようについてきたところを見ると、キミも忍者らしいね」
敵意を出していたつもりはないのだが、無自覚に出ていたかもしれない。
これは修行不足だとじいちゃんに怒られてしまう案件だ。
「じゃあ行こっか。服部くん」
「え、いいのか」
「いいの。もう話は済んだと思うし」
そう言って望月さんは俺の手を取り、この場を去ろうとする。
「待てよ」
ですよね。というか話済んでなさそうだったし。止められても文句は言えない。
「服部……服部ね」
「……何か」
「いや? ただ没落忍者一族がこんなところで何をしているのかと不思議でね」
「没落……?」
「望月さん、行こう」
今度は俺が望月さんの手を引っ張り、この場を去ろうとする。
「まぁ待てよ。望月さんも知りたがってるみたいだし、教えてあげなよ」
言いたくて仕方がないような顔をしている。
にんまりと笑った後、八島先輩は言った。
「数年前、忍者であれば誰しもが守る当然の掟を破って、忍者界から追放寸前まで追いやられた一族。それが服部一族、そうだろう?」
「……」
「本当なの、服部君」
「……あぁ」
そう、何一つ間違っていない。八島先輩の言う通り、服部家はもはや、忍者と名乗るのには苦しいほど、立場が無くなっていた。
「服部と聞いてまさかと思ったが、キミも災難だな。まぁ、没落家庭に生まれた運命を呪うといい。それはそうと──」
「……」
八島先輩は一瞬で俺たちの前に回り込んだ。
「はやっ……」
「当然。忍者なら誰もが持ち得ている”
「断る」
「おや? 状況が呑み込めていないのか? あぁ、そうか。没落忍者であるキミからすれば、どんなに小さな報酬でも見逃せないってところか。いいだろう、だったら俺と勝負しよう。優勝賞品は勿論、望月さんだ。大丈夫、ハンデはちゃんとつけてあげるよ。勝負のルールは──」
「失礼します」
「おいおい……ここまで言われて逃げるのか……どれだけ負け犬根性が染みついているんだ。いや、人の目についてない点では最優秀賞か、ははは──」
パァン!
乾いた音が辺りに響いた。
「っ……!」
「は……」
音を出したのは俺ではない。
望月さんが八島先輩にビンタしたのだ。
叩かれた頬に手を触れる八島先輩。
完全に無警戒だったのだろう。
自分が叩かれた事実を認識し始めると、八島先輩の表情はみるみる怒りに満ちていった。
「この……何しやがるてめぇっ!」
「服部君は、あなたの思ってるような人じゃないっ! 忍びながらでも、困ってる人を助けてくれる立派な忍者だよっ!!!」
こんなに大きな声を出した望月さんを初めて見た気がする。
心なしか、肌がピリピリと痺れるような感覚。
無意識に異能を使っているのかもしれない。
八島先輩もただならぬ気配に少し気おされていた。
「この……下手に出てりゃ調子に乗りやがって……!」
まずい。
手を出すつもりだ。
降りかかろうとする拳を、俺は見逃さず止めた。
「そこまでにしてください」
「なっ……てめぇ」
「望月さんも、深呼吸して落ち着いて。ほら、ひ、ひ、ふー」
「え……? ひ、ひ、ふー?」
「うんうん」
深呼吸のさせ方が合っていたのか全く分からないが、きょとんとした望月さんはいい感じにほぐれていた。
「先輩。そこまで言うなら自分が相手しますよ」
「なに……?」
「さっき先輩が言ってたじゃないですか。勝負しようって。別にハンデもいらないです。ただ一つ、俺が勝ったら望月さんには関わらないこと。これが条件です」
「へぇ……随分余裕そうじゃないか」
あぁ、完全にキレてるなこれは。
逃げないとは思うが、ダメ押しも入れておこう。
「逃げませんよね? 負け犬根性が染みついていない先輩なら」
「あぁ……上等だよ……。ルールもこっちで決めさせてもらうよ」
「えぇ。構いませんよ」
「服部くん……」
心配そうにする望月さん。
今にも泣きだしそうな顔をしている。
「大丈夫、忍者同士の戦いで命を落とすことはまずない」
「え?」
「その通り。真剣勝負で殺し合い、なんていうのは昔々の話さ。命を取り合うことは無い。ただし、社会的には死んでもらうけどね」
先輩はスマホを取り出した。
「おっと、もう昼休みが終わってしまう。続きは放課後といこう」
くるりと華麗にターンし、校舎へと歩いて行った。去り際に、こちらを睨みつけて言い放った。
「逃げるなよ? 負け犬くん」
殺意のこもった目だ。怖い怖い。
「服部くん……本当にやるの?」
「まぁ、あそこまで言われちゃね。それに、気になることもある」
「気になること?」
「それは後で話すよ。それより教室に戻ろう。授業が始まっちゃう」
俺たちは小走りで教室へと戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます