第2話 お世話になります
庭から屋敷に戻り、客間へと二人を案内した。橘さんはささっと4人分のお茶とお茶請けを置いてそそくさと退散していった。
「結論から言うが、祐にはこの子と結婚──じゃなかった、この子に現代の忍者としての生き方を教えてほしいのじゃ」
「ちょっと待て。今すごいこと言わなかった?」
「言っとらん。つい本音が漏れただけじゃ」
「言ってる! それもう包み隠さず言ってるよね!? というか、忍者の生き方とってどういうこと!?」
「以蔵は相変わらずじゃな……。祐くんや、ワシから説明しよう。おっと、自己紹介がまだじゃったな、ワシは
いかつい顔をした家のじーちゃんとは違い、優しそうな見た目をした老人という印象を受けた。
「見て分かったと思うが、由愛はかなり、いや、滅茶苦茶目立つのじゃ。わが孫は可愛い。それはもう可愛い。その上この性格。目立たないわけがない」
「えへへぇ」
顔を赤らめ照れているが、俺は早くも事の難解さに頭を悩ませていた。
「そこで、昔からの付き合いである以蔵に聞いたところ、何やら天才的な忍びの才能を持つ者がおると聞いたのでな。まさかお主の孫だとは驚いたが」
「性根は腐っておるが才能は確かじゃ」
「おい」
「え!? 服部君が忍者なの!?」
「近いっ!?」
ぐいっと距離を詰められる。彼女の顔が目の前一杯に広がり、思わず顔をそむけた。
「に、忍者って言っても、多分望月さんが想像してるのとはだいぶ違うと思う」
「え、そうなの? でもでも、忍者だから、忍術とか使えるんでしょ!? ほら、口から火を吹いたりとか!」
「いきなりハードル爆高でキッツぅ……。いや、できる人はもしかしたらいるかもね……うん……」
「ホントに!? ますます気になってきた! ねぇねぇ、早く教えて!」
こいつ……距離感がバグりすぎてる。顔の距離をもう少し離して欲しい。
「服部祐君、ワシからも頼む」
ぐいっと望月のおじいちゃんからも距離を詰められる。
「ちょ、あんたも近いんかい!
「わはは、相変わらずじゃな友則。いいじゃないか祐。教えてやっても」
「だから、教えるも何を教えればいいんだよ」
「まぁ、忍者としての生き方からじゃろうな。その点でいえばお主は忍者の模範のような生き方をしとるじゃろ」
「え?」
「必要以上に誰かと関わらんし、趣味もインドア、学業の成績も平均的。見た目も平均的──より少し劣るかもじゃが」
「おい、煽ってるな? 煽ってるよな?」
思わず握りこぶしを作ってしまう。
「すまん、言い過ぎた」
「えっと、なんかごめんね……?」
「謝るのやめて。ガチになっちゃうじゃんそれはもう」
それにしても、この子に忍者としての生き方を教える、か。
忍者は文字通り忍ぶ者と書いて忍者。忍ぶことは基本中の基本。これができなければ話にならないのだが……。
「?」
あざとく小首をかしげている望月さん。しかし、忍者にとってはこの可愛さすら時には邪魔となってしまう。
うん、この子に忍者は無理だ。だって目立ちすぎるもの。何から何まで。
「由愛さん、忍者を知るにはまずわが孫、服部祐と行動を共にしてはどうかな?」
「ぜひ!」
「うむうむ、決まりじゃな」
「うぉい! 本人目の前にして何を勝手に決めてやがるんですか!?」
「文句の多い奴じゃな。何もすぐ彼女に修行をさせろとは言っとらんじゃろ。ただすこーし長く行動を共にするだけじゃ」
「そ、そうは言ってもだな……」
「はぁ……仕方ない、この手だけは使いたくなかったが」
ごそごそと着物の袂から一枚のカードを取り出した。見たところクレジットカードのようだ。
「それは?」
「お前が彼女の指導役になっている間は、このカードにお小遣いを毎月振り込んでやろう。好きに使うがよい」
「す、好きに……!?」
「あぁ。すぱちゃ? だとしても、めんし?だとしても、ワシは一向に構わん」
「ほ、ほーん。ま、まぁ? 俺も別に忙しいわけじゃないし? ちょっとぐらい、仮入会? みたいな感じでやってもいいかなーって:
「……嵐子から聞いた時は耳を疑ったが、まさか本当に効果があるとは……」
これ以上ないぐらい汚物を見るような目で見られたが、そんなのは関係ない。未成年故できなかった夢が今叶おうとしているのだから。
「えーっと、これはオッケーってことでいいのかな?」
「うむ。由愛や、祐君の元で存分に学ぶといい」
「うん! よろしくね、服部君!」
「あ、う、ウッス」
差し出された手に面食らってしまった。家族以外の人とこうして手を繋ぐのなんて何時ぶりだろうか。
なんて嬉しそうな顔をしてくれるのだろう。そんな顔をされたら、中途半端な事はできないじゃないか。
学生という身分もある。教えられる時間は今日のような放課後だったり休みの日だったりと限られているだろうが、なるだけ頑張ってみよう。そう思った。
「祐よ、ワシは友則と話があるから由愛ちゃんに家の中を案内してやってくれ」
「は? 家の? なんで」
「なんでってそりゃお前、今日からここに住むからじゃろがい」
「は???」
今このおじいちゃんはなんて言ったのだろう。住む? ここに? この子が? いやいやまさか。
ということはつまり、この子の面倒をずっと見るということか? 嫌な予感しかしない。
「え? え? 私、今日からここに住むの?」
「あ、もしかして今初めて聞いた感じ?」
「うん。びっくりしちゃった」
しめた。これはまたとないチャンスだ。大抵の高校生は急に住む場所が変わるとなれば困惑し、拒否反応を示すことだろう。
それを逆手に取り、この話は無かったことに──。
「でもいっか! 服部君の日常生活から教えてもらうんだし、一緒にいた方が効率的だよね! そう考えたらなんだかすっごく楽しくなってきちゃった!」
ええええええええええ!! あっさり受け入れとる! それどころか楽しくなっておられる!
思わず心の中で叫んでしまう。こうなってしまっては止められる人物は俺以外誰もおらず。
「……分かった、分かりましたよ。案内させていただきます」
「やったぁ☆」
これもクレカのためだ。多少の苦行は仕方ない。そう思い、俺は屋敷の方へと向かうのだった。
ひとまず屋敷のトイレの場所やお風呂場、食事するための和室など一通り案内した。部屋の場所だけはじーちゃんしか知らないので、後で聞いておくことにしよう。
「それにしても、やっぱり広いねぇ。さすが忍者屋敷!」
「そんな大層なものでもないけどね」
あらかた案内しておいた方がいい場所は案内できただろう。そのちょうどいいタイミングで橘さんが来てくれた。
「初めまして。私、この屋敷のメイド兼、服部祐様の専属メイドである
「すごい! メイドさんまでいるんだ……! それに、服部君の専属メイドって、つまり……」
「橘さん、初対面で嘘ついたら冗談になってないから。シャレにならないからねそれ」
時々橘さんは澄ました顔でとんでもないことを言うので油断ならない。
「なんだ冗談かぁ。てっきり服部君のありとあらゆるお世話をしてるのかと」
「はい……いずれはそうなる予定です」
「はい……?」
「それより若、もうすぐお夕食の時間ですので呼びに参りました」
「あ、あぁ分かった」
橘さんのぶっとびっぷりに驚くばかりだが、ひとまずは空腹を解消することを優先した。
「ん~! 橘さん、美味しいです!」
「勿体ないお言葉、恐悦至極に存じます。おかわりもございますので、どんどん召し上がってくださいね」
夕食に望月さんが加わったことにより、食卓はより一層華やかになる。無駄に広いと思っていた食事を取るための和室だったが、2人増えれば広さもありがたみを感じてきた。
食卓には俺、じーちゃん、橘さん、望月のおじいさん、そして望月さん。
そういえばあいつらも今日来るのかな、そう思っていたら本当に来た。
「社長、若、お疲れ様です!」
「お、お疲れ様です……!」
「おう、お勤めご苦労さん」
やってきたのは筋骨隆々で見た目からインパクト強めな短髪男と、華奢で小柄な中性的な顔立ちをした女の子、ではなく男の娘がやってきた。
「今日もがっつり運ばせてもらいましたぁ! お陰でほら、上腕二頭筋が喜んでるでしょ!?」
「……動かしすぎて痙攣してるだけじゃね?」
絶えず筋肉自慢を繰り広げてくるこの男は
「す、すいません。気が付いたら力也さんが瞬く間に荷物を運んじゃってて……ボクは1回の配達で一つ二つ運ぶのが精一杯で……」
「いや、まぁ普通じゃないかな、うん」
自信なさげな口調で話すのは
「服部君、この人たちは……」
しまった。望月さんが状況についていけず置いてけぼりだ。
「えっと、この人たちは──」
「同業者──ってヤツだね」
「なぜドヤ顔……まぁ遠からずなんだけども」
絶対忍者の仕事を手伝ってる人たち、なんて思っていそうな顔だが、実際は違う。
「二人は会社の従業員なんだ」
「会社?」
「ごめん、そういえば言ってなかった。ウチ、運送業やっててさ。この2人は会社の従業員なんだ。で、時々こうしてご飯食べたりしてるんだ」
「へぇ~、そうなんだ!」
「本郷力也っす! よろしくっす!」
挨拶するときまで筋肉をピクピクさせんでも……。
「い、因幡蓮です。よろしくお願いしますっ」
因幡くんは今日もかわいいなぁ!
「説明がまだじゃったな。彼女は望月由愛、祐の結婚相手候補──みたいなものじゃな」
「全然違くね?」
「「おめでとうございます、若!」」
「もう出ようかなこの家……」
「すまんすまん、ワシも悪ノリが過ぎたな」
「……ふっ、あははははは!」
突然望月さんが笑い出した。こんなアホみたいなやり取りを見せられて嘲笑されたのかと思ったが、そうではないようだ。
「ご、ごめんなさい。こんなに賑やかな食事は久しぶりで、思わず笑っちゃった!」
彼女の目からは一筋の涙がほろりと零れていた。
俺はその涙が、嬉しいのか悲しいのか、どちらかまだ分からなかった。
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