忍ぶ忍者、異能な彼女
Ryu
第1話 現代忍者の日常
室町時代から存在していたと言われる忍者。暗殺や諜報活動を生業とする裏世界の住人と言ってもいいだろう。
昔の人は秘密の会談や任務を行う際は、必ず忍者の存在を警戒したとかなんとか。
しかし、それは昔の話。今この時代、忍者など存在するわけがない、と人々は口にする。
はっきりと言おう。忍者は絶滅などしていない。今この時代にも、存在している。日常にうまく溶け込み、自らの存在を忍ばせているのだ。
(あ、忍者)
現にこうして通学路を歩いている俺、
「やっべぇ! 朝練遅刻だー!」
俺の横をかなりのスピードで走っていく同じ学校の男子生徒だ。とにかく早い。陸上大会で優勝できるのではないかと思える速さだ。
「あ、あぶねぇ!」
「え──きゃぁっ!」
曲がり角、男子生徒と女子生徒がぶつかった。男子生徒は咄嗟に女の子に手を伸ばし、体を支えた。
「わ、わりぃ……。ちょっと急いでて……。怪我、してねぇか?」
「う、うん……。も、もう大丈夫だから……。その……」
「あ、ご、ごめんっ!」
男子生徒はかなり密着していたことに気づき、体を離した。
(堕ちたな)
遠目からでもわかる。女子生徒はちらちらと男の方を顔を赤らめながら見ているし、男は男でもじもじと何を言おうか迷っているような様子だ。
男は塩顔でイケメン。身長も高くスポーツをやっているであろうガタイの良さだった。対する女は流行りの髪形に小柄な小動物系の女。イマドキの女子って感じだ。
絵に描いたような美男美女。まるで物語の主人公とヒロインだ。
対して俺は眼鏡をかけて普通の髪形をしたチー牛スタイル。比べた自分がアホらしくなってきた。
(急いでたんじゃなかったのかよ……。阿呆が、死ねばいいのに)
決して妬んでいる訳ではない。決して。
「や、やべぇ! 朝練! わりぃ、俺もう行くわ!」
「あ、う、うん……」
こうして見たくもない朝の茶番劇は幕を閉じた。どうせこの後再会していい雰囲気になって付き合ってちゅっちゅするんだろうな、そんな事を考えたら唾に痰を絡めて吐き出さずにはいられなかった。
これが一般人同士だったらここまでイラつく事など無かっただろう。俺が真にイラついているのはそこではなかった。
(忍者同士でイチャイチャしとんちゃうぞゴラァ……!)
そう、男の方も女の方も忍者だ。特に女の方がヤリ手だ。男が猛スピードで突っこんだにも関わらず、自ら後ろに倒して衝撃を受け流し、自然に後ろに倒れこんでいた。
(忍者なら、もっと忍べ……!!!)
同じ忍者として恥ずかしくなる。世を忍ぶ忍者などほとんどいなくなってしまったのではないか。そんな気さえしてきた。
(はぁ、朝から最悪な気分だ)
のそのそと、帰宅部で朝練なんて縁もゆかりもない俺は学校へと向かうのだった。
(あいつも、あいつも、あいつも。よくもまぁそんな目立つようなことするよなホント)
授業中、外のグラウンドで体育の授業を受けている生徒を見ながらそんな事を考えていた。
朝の男子生徒のように驚異的な速さで走るもの。筋力自慢をするもの。身をうまく潜ませて授業をさぼっているもの。様々な日常の溶け込み方をしている。
(溶け込んで……ないな、うん)
ぼんやり教室の窓から外を眺めていたが、先生の体が黒板から前を向く気配を感じ取り、俺は視線を黒板へと戻した。
「それじゃこの問いを……服部、答えてみろ」
「えーと……x=1/√2です」
「正解だ。ここはテストに出すから覚えておくように」
先生に指名されて答えられず衆目を浴びる、なんてヘマはしない。当てられそうな問題に関しては予習済みだ。
目立って忍者が務まるか。俺は少し優越感を覚えながら席に座ろうとした。
「じゃあこの問題はどうだ? 続けて服部に聞いてしまおうかな」
「え──」
完全にノーマーク。頭の中を瞬時にフル回転させ、問題の解を導いていく。その間0.5秒。
「なんてな、すまんすまん。先生はそんな意地悪じゃ──」
「さっ……っ!」
「え?」
こ、こいつ……! 俺が答えようとした寸前で──!!!
クラスの雰囲気が変な感じになる。さっきまで何も興味を示さなかったクラスメートの有象無象が、いつもと違った様子が珍しかったのかこちらに視線を向けた。
「あっ……スゥー……。分かんない……です……」
「お、おぉそうだよな、はは、先生びっくりしたぞ。じゃあこの問題は──」
そして何事も無かったかのように日常の時間へと戻った。
(クソ……!! 夜道に気をつけろよクソ教師……!!!)
心の中で暗殺計画をたっぷりと目論むのだった。もちろん実行になど移すつもりはないが。
「はぁ」
授業が終わり一息つく。忍者が異様に目につくわ先生に指名されるわで最悪な一日だったことは言うまでもなかった。
「ねぇ、今日カラオケ行こー」
「今月きびしんだよねぇ」
「おい、先生が呼んでたぞ」
「まじ?帰ってエペしたかったのによー」
「おい、転校生くるって噂本当か?」
「あーそれ聞いたわ。どこのクラスなんだろうな」
教室の中は一気に騒がしくなる。遊びに出かける生徒、部活に行く生徒、友達と一緒に帰る生徒、様々だ。
俺も帰ろう、カバンを背負って一人、学校を後にした。
その少女は、人通りが多い場所でキョロキョロと辺りを見回しては、目を輝かせていた。
「おぉ、おぉ~!! すごい、この街、忍者がいっぱい!」
素性を隠している忍者も、彼女からすれば筒抜けらしい。的確に、間違えることなく忍者だけを見てはふむふむと一人で納得し、ニコニコしていた。
「これ
「いやいや、私たち立派な田舎者でしょおじいちゃん。5Gどころか4Gも届かないような所から来たんだしさ」
「ふぁ……ふぉ……? 難しい言葉を使うようになったの……おじいちゃん悲しい……」
「へっへっへ。勉強したからね!」
「いやそれよりも、目立つ行動は控えるのじゃ。お主はただでさえ顔が人間国宝級に良いのだから目立ってしょうがないわい」
「いやぁそんなに褒められると照れるなぁ」
手入れが行き届いた長い髪に整った顔立ち。明るい雰囲気に惹かれるように、道行く人が何度も彼女の顔を見直す。それほどまでに彼女は目立っていた。
スーツ姿の人が名刺を構え突撃体制に入っている。おそらくスカウトマンだろう。
「由愛、早くここを離れるぞ。ほれ早く」
「分かったってば。それで、お目当ての服部さんちはどこにあるの!?」
目の輝きを増しながら、少女は老人と歩みを進めるのだった。
「ただいま~」
無駄に馬鹿でかい和式の家の玄関を潜り抜ける。
「おかえりなさい、若」
出迎えてくれたのは和式の家にアンマッチすぎるメイドの格好をしたお姉さん。
長身のロングヘアー。落ち着いた雰囲気の彼女からは大人の女性の魅力が溢れ出ていた。
「橘さん、若はやめてくれ」
「若が京香と呼んでくれれば止めます」
「いや、年上に呼び捨てはちょっと」
「それでしたら私はご主人様と呼ばせていただきます」
「若でもなくなってるじゃん……やめてねほんと」
「それはそうと若、主様がお呼びでしたよ」
「……じいちゃんが?」
露骨に嫌そうな顔をしてみせる。主様、つまり俺の祖父である
「今日は若の推しであるVtuber様の配信予定も入っていないことですので、スケジュール的には余裕があるかと」
「……エーナンノコトカナー、ブイチューバートカシラナイナー」
「おや、さくたんがゲリラライブするみたいですよ」
「よし、じいちゃんの話は後だな。アーカイブが残らなかったら大変だ」
厄介なことになる前に自分の部屋へ全力ダッシュしようとしたが、一足遅かった。
「祐、帰っておったのか。ちと話がある」
「……」
着物に身を包み、いかにもこの屋敷の主人ですと言わんばかりの断るともっと面倒になりかねない。ここはひとまず従うことにした。
じいちゃんが待っていたのは道場だった。家は寝食をしている場所とは別に、離れに道場がある。
「よし、そこに座れ祐」
「あぁ」
座って早々頬杖をつく。当然、仕込みは忘れずに。
「お前ももう高校一年となったか、早いものじゃな」
「あぁ」
「ワシはお前が生まれた時からお前の面倒を見てきたから分かる。お前には天賦の才がある」
「あぁ」
「忍者としてもそうじゃが、その才はワシが経営する運送業にもきっと役立てることじゃろう。服部家が代々受け継いできた運送業は日本中、いや、近いうちにも世界中に飛躍していくことじゃろうな」
「あぁ」
「……お主、聞いてないな?」
「あぁ」
「話をきけえええええええええええええええええええええええええええええ!!!」
「うおぉ!?」
高齢者とは思えないほどの鋭い蹴り。当たっていたのなら、気絶、いや死んでいたかもしれない。
「こいつ……しっかり避けおって……」
「あ、危ないな! 何するんだよじいちゃん」
「お主が話を聞いてないからじゃろがい」
「聞いてるって」
「嘘つけい! その頬杖を辞めてみい!」
言われた通り、頬杖をやめた。
「ほれ見たことか! 何をイヤホンで聞いとるのか知らんが話を真面目に聞かんか!」
バレていたか。さくたんの生放送を音声だけでも聞こうと思ったのだが。
「いやいや、じいちゃん。ほら、線が出てないでしょ。これは耳に入れてるだけで話は聞いてるって」
「Bluetooth接続しとるんじゃろ。あまり年寄りを舐めるなよ?」
「何で知ってるんだよ……」
「
「あの引きこもりめ……」
嵐子、というのは俺の姉、
「さぁ、観念して話を聞いてもらうぞ」
「いや、流し聞きしてたけどさ。身の上話ならまた今度にしてくれないか」
「そう言うな。実はだな、お主に紹介したい子がおるのじゃ」
「紹介したい子?」
誰だろう。全く予想がつかない。仕事の紹介ならともかく、人の紹介をじいちゃんから貰うのは初めてかもしれない。
「泣いて喜べ。お前と同い年の女の子じゃぞ」
「へぇ」
「本当に思春期男子かお主……。まぁいい、そろそろ来ると思うが」
「そろそろ来るって、一体何をしに──」
「すっごーい!! ここが噂の忍者屋敷!!!」
「由愛や! 危ないから! 危ないから降りてきてくれえええええええええ!!!」
庭の外から聞こえてくる甲高い声と悲痛な叫び声。それを聞いて一瞬で悟った。とてつもなく面倒なことだと。
「どうやら来たようじゃな」
じいちゃんが外に出たので俺も続くように外に出る。
「おぉ以蔵! ゆっくり話したいところではあるが、孫を止めてくれ!」
「ほぉ、あの子がそうか」
じいちゃんが屋根の上を向いて顎髭をジョリジョリといじり出した。じいちゃんの視線の先を追うと、確かにそこにいた。
「あはは! 大きい! 忍者屋敷って暗いイメージあったけど、全然そんなことないんだね!」
響き渡る透き通るような声。目を引かれるサラサラと靡く綺麗な長髪。すれ違えば誰もが二度見してしまうような整った顔立ち。黄金比のようなスタイル。
彼女の全てが目立っているせいか、一目見ただけでも彼女のことが頭から離れなくなりそうだった。
「……おい、祐」
「……ん? あぁ、ごめん。何だっけ」
「彼女が紹介したい人物じゃ。
同い年。確かに容姿から察するに同年代だと何となく分かるが、同じ世界に住んでいる人間とは到底思えなかった。
「こら由愛! 早く降りてこんか!」
「あ、ごめんごめん! とうっ!」
勢いよく屋根から飛び降り、綺麗に着地してみせた。
「
……眩しっ。溢れ出んばかりの主人公オーラが眩しすぎて直視ができない。
「ほれ、お前も挨拶せんか」
「……服部祐です。よろしく」
「よろしくねっ!」
手を握られぶんぶんと上下に振られる。コミュ力お化けすぎて怖い。今すぐ逃げ出したい。というか逃げよう。
「それじゃ、俺はこれで──」
「逃げるでない。話はこれから本題じゃぞ」
「……」
あぁ、意識が遠のいていく。俺の密やかな日常が、バラバラと砕け散る音がした。
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