233 ご一緒させていただけたら、と

 翌日の朝食も絶品だった。

 「メネメン」というトマト、玉ねぎ、ピーマンを焼き、更に卵を混ぜて香辛料で味付けして焼いたスクランブルエッグのような料理。この料理も辛過ぎなかった。

 砂漠のオアシスでは鳥を育てるのが難しいため、卵農家は中々続かず、ほとんどの卵が行商人が運んで来るもので、常に卵が手に入るワケではない。今朝は運よく、行商人から届いたばかりで数量限定の卵料理らしい。

 エアは塩を振ってあるだけのシンプルな目玉焼きの方が好きだ。

 そして、中にチーズが入った小さめの総菜パン、「ポアチャ」。ゴマがまぶしてあり、軽い食感が珍しく美味しかった。


 日持ちするチーズやハムはよく運ばれて来るらしく、種類も豊富だった。

 更に、優しい味の豆を潰したポタージュスープ「メルジメッキ・チョルバス」。言い難いが、古い言葉で「この辺りで穫れる豆の名前のスープ」らしい。そのままか、とエアは笑ってしまった。

 メルジメッキ豆は炒めて味付けるだけでも美味しく、市場でたくさん売っているそうなので、後で買おう。


「あ、あの!よろしければ、市場をご案内します!わたし、この後、休憩時間なので」


 支払って食堂を出ようとするエアに、女店員がそう申し出て来た。


「…ん?仕事として市場案内もやってる、というワケではなく?」


 休憩時間に仕事?


「はい。この辺の料理に興味を持っていただけるのが嬉しいですし、わたしも買い物に行くので、ご一緒させていただけたら、と」


 そう言いつつ、女店員はちらり、とエアの肩や腕に乗ってる精霊獣たちを嬉しそうに見やる。

 なるほど。

 仕事中だとちらりとしか見れなかったので、可愛い精霊獣たちをもっとゆっくり見たいのだろう。


 案内があった方がエアとしても有り難いし、精霊獣たちも別にいいようなので了承すると、女店員はアシュレーと名乗ったので、エアも名乗った。

 アシュレーはエプロンを外すと、側に置いてあった薄い上着を羽織り、厨房に「休憩に入ります」と声をかけてから「お待たせしました」とエアの隣に来た。


 歩き出すと、エアは【チェンジ】でゴツイフレームの色付きゴーグルをかける。


「え、一瞬で?どうやりました?」


「そういった魔法がある。この辺では珍しいようだけどな」


「そうなんですか。エアさん、こちらの方の人ではなさそうですが、やはり、日差しが眩しいんですか?」


「いや、別に」


 エアは耐性があるので眩しくはなく、色々よけなのだが、説明するのも面倒だった。

 日差しだけじゃなく砂塵除けで、眼鏡やゴーグルをかけている人も多い。


「エアさんはテイマーなんですか?」


「剣士。猫系魔物じゃなく猫型精霊獣で使い魔」


「え、精霊なんですか?姿が見えますけど」


「よく言われる。食べ歩くのに姿を消していたら、不自然過ぎるだろ」


「それはそうですが……まだ食べ歩くんですか?朝食後ですよね?」


「余裕」


「……そうなんですか」


 そんなに細身なのに、と思っていそうなアシュレーの言い方だったが、よくある反応だった。


「よぉ、アシュレーちゃん、お客さんの案内かい?」


 他の宿屋の前を通りかかると、窓の砂を箒で払っていたおじさんが声をかけて来た。


「あ、はい。…って、どうして『彼氏』だと思わないんですか~」


「無理あり過ぎだろ」


 すかさず、おじさんが呆れてツッコミを入れる。

 エアの前を歩いていたのがアシュレー。どう見ても道案内。誰もカップルだとは思うまい。

 冒険者ではない一般人の歩くペースが分からないので、前を歩かせたのはエアだが。


「質のいい装備で可愛い猫をたくさん侍らせてる、というだけでも大金持ちだろうし、そうじゃなくても甘い雰囲気なんか一切なし。お客さん、何十年経っても若いままの種族とみた。そう?」


「十九歳」


「…えーそれは嘘だろ。その落ち着きで」


「それは色々苦労して来たから。他はだいたい合ってるけどな。ただの猫じゃなく、猫型精霊獣」


「え、精霊?そんなに簡単に姿を見せるんだ?」


「精霊はそれぞれでかなり違うみたいだぞ。……何?」


 アシュレーは口を開けたまま、エアを見上げていた。


「エアさん、もっと若いと思ってました…。二つも年上じゃないですか」


「それが何?」


 何故、年にこだわるのやら。


「ああ、いえ、勝手に思い込んでただけでして。失礼しました。…って、十九歳でそんなにツルツル肌ってどーゆーことですか!」


 エアが若いと思っていた根拠はそこか。


「体質」


「…でしょうね。うらやまし~」


 立ち止まってしまっていたので、「はいはい」とエアは適当に流して、先を促した。



 ******



 アシュレーに案内してもらったおかげで、地元の人間しか知らないような食材が色々と手に入った。アシュレーと一緒だからか、精霊獣たちが可愛いからか、店の人が料理方法も丁寧に教えてくれて親切だった。


 そのままで食べられる果物やドライフルーツやナッツや野菜の試食は、完全に精霊獣たちの功績である。

 今までの食べ歩きでかなり学習しており、「にゃーん」とお礼のように鳴くので、店の人たちも相好を崩していた。


 猫は太ってても痩せてても全部見目がいい、とエアは思うのだが、うちの精霊獣たちは特に美形猫型ばかりなのもあるのだろう。

 しっかりとエアが購入しており、つられて買う客もいるので、店側としてもまったく損はない。


 ちなみに、隠蔽をかけた飛行カメラでしっかり撮ってあるので、食材情報が特に欲しいシヴァたちに後で見せてあげよう。


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