232 スパイス加減も絶妙なクスクスの料理

 昨日の夕食が美味しく、部屋もよかったので、今日も同じ宿に泊まったエアたち。

 夕食前のくつろぎタイム。

 いきなり、真っ黒な煙のようなものが宿の部屋に現れた。

 この嫌な感じはアンデッドだ。

 アンデッドは腐りかけてるものから、外見は生きてる人間と変わらないもの、二体がくっついたようなもの、レイスのような実体がないもの、それらが色々と合体したようなもの、と実に様々。

 煙のようなものは割とメジャーだった。


「どこにでもいるな、アンデッドは」


 アンデッドにはホーリーブレード。

 聖属性が付与された剣だが、これも聖剣になる。

 効果は抜群で、エアが一度斬っただけで黒い煙の大半が消滅した。

 もう一度斬っておしまいかと思ったのに、黒い煙はまだまだ消えず、大きくなろうとする。


「しつこい」


 そこで、光の精霊獣、ルーチェが光った。

 さぁああああ…と黒い煙が消えて行く。

 浄化したらしい。


「さすが、光の精霊獣。エライ、エライ」


 エアは金目銀色子猫型のルーチェの小さな頭を撫でつつ、魔力を渡した。

 それにしても、いきなり何だろう?


「他の部屋にも出てる?…ないよな?」


 エアは精霊獣たちに確認を入れたが、首を横に振られた。

 アンデッドには天敵たるルーチェを狙ったのか、たまたま、なのか。

 かなり、離れているし、一ヶ月半も経っているので違うとは思うが、エイブル国アリョーシャの街でハーピーの大群の襲撃関係だろうか。

 結局、どこから来たのか何が目的だったのか分かっていないが、エアたちが一番討伐しまくっているので恨まれてもおかしくない。


「でも、あの倒せなかったスカージハーピーとはまた違ってたよな?…だよな」


 今のは明らかにアンデッドだった。

 まぁ、ともかく、原因は分からないが、今後も油断しないようにしよう。



 ******



「へぇ、この細かいの、パスタの一種なのか」


 クスクスと言うらしい。

 米のような細かいパスタで、肉や野菜を上に載せ、タレやスープをかけて食べるのが一般的で、今日はスープをかけて食べる料理だった。


「はい。砂漠では水が貴重になりますから、パスタを細かくして少しの水で短時間で食べられるよう考案された料理だそうです。二段になった蒸し器を使い、下段には肉や野菜を、上段にはこのクスクスを広げることが多いですね。乾燥クスクスは蒸気やお湯だけでも戻るので。まぁ、このオアシスの街は水が豊富ですが、馴染んだ郷土料理ですし、スープやタレがよく絡みます」


「うん、美味い」


 数年前まで、スパイスにあまり馴染みがなかったエアでも「キツイ」「辛過ぎ」と感じず、旨味を感じるスパイス加減も絶妙だ。

 精霊獣たちも気に入ったようで、ガツガツ食べている。


「有難うございます!」


 エアに説明してくれたのは、食堂で給仕していた若い女店員だった。

 これ何?と戸惑っている人が多く、説明し慣れているらしい。


「ところで、猫ちゃんたち、スパイスは大丈夫なんですか?」


 それも気になったらしい。


「何でも大丈夫。精霊獣だから何でも食える」


「にゃ!」


 美味しいものだけね!という感じの鳴き方だと分かるのは、エアだけだろう。

 テイマーの冒険者は割と多くても、トカゲ騎獣や情報収集の鳥系魔物の従魔ばかりで、毛皮系は滅多にいないらしい。

 なので、猫型精霊獣は歓迎してもらえていた。

 二人前は食べ、契約主のエアもよく食べ、金払いもいい、となると普通に上客だった。


「よぉ、兄ちゃん、旅行者かい?いい食べっぷりだなぁ」


 そこで、エアたちの近くの席の商人に声をかけられた。

 エアはショートソードを側に立て掛けてあるが、商人も旅人も武装するのが普通だ。収納にしまわないのは牽制のためもある。


「冒険者。売るものはないぞ」


 精霊獣の希少さ、エアの装備のよさから、「何かいい物」を持っていると判定されたのだろう。


「まぁまぁ、そう言わず。装備も服もかなり上等な物だが、どこで手に入れたのか、教えてくれよ。もちろん、お礼はたっぷりする」


「ダンジョン」


「……おいおい、服もダンジョンドロップとは言わないだろ?」


「服がドロップするダンジョンもあるぞ。この辺じゃなくラーヤナ国のダンジョンだけど」


 エアの着ている服は『にゃーこや』製のものばかりで、商人が思うよりもっと高品質だが、面倒なことになりそうなので言わない。

 服や家具がドロップするダンジョンの話は本当で、『冒険の書』に載っていた。


「すると、君はラーヤナ国から来たのか?」


「色々回ってる。…ああ、そうだ。サンドビッグキャンサーがいる地域か習性を知らないか?美味しい、と聞いて探したんだが、全然、見付からなくて」


 商人なら高額で売れるものの情報を集めているだろう、とエアは訊いてみた。【直感】スキルが働いたのかもしれない。


「大物狙いだな……。でも、ビッグじゃないサンドキャンサーなら、夕方に小さいオアシスに集まるそうだ」


 ビッグじゃないのは残念だが、サンドキャンサー情報は有り難い。


「どのぐらいのサイズで?食えるヤツだよな?」


「もちろん。だが、サイズは1mぐらいで、そんなに大きい魔物が集まって来るから、近寄るな、という注意喚起情報だな」


 サンドキャンサーは肉食魔物なので、側にいれば人間も襲う。


「…ということは、まとめて狩ってもまったく問題ない、ということか」


 よしよし、とエアは内心ほくそ笑む。いい情報が入った。

 部屋で食べることも出来るのに、食堂に来ているのは情報収集も理由だった。


「おいおい、狩る気満々かよ。マジで危ないんだぞ」


「情報料にいい保存食をやろう。海魚の油漬けだ。そのまま食ってもパンに挟んでもいい。瓶を開けず、日に当てなければ一ヶ月は保つ」


 エアは【チェンジ】で海魚の油漬け(小瓶)を一瓶出すと、風魔法で商人のテーブルにふんわりと着地させた。これを選んだのは行商人は特に美味しい保存食は大歓迎だから、である。

 保存期間はもっと長いと思うが、短めに言っといた方がいいだろう。


「…え、この程度の情報で海魚って…。売るものはないんじゃなかったのか?」


「おれの食料ストックであって売り物じゃない。ダンジョンドロップの加工品だ」


「超高級品じゃないか!君、そんなに稼いでるのか?」


「ああ。買った物じゃなく、ダンジョンでおれが狩りまくって日持ちするよう作った。まぁ、それを誰かに売ってもいいけど、後悔するなよ。海フロアには行けても、美味い料理が作れる冒険者は中々いない。魔法や魔道具で凍らせると味が落ちる。だから、同じ物を作るのはおれ以外はまず無理だからな」


 『にゃーこや』なら作って備蓄にしてそうだが、除外する。


「じゃあ、新鮮なうちに料理したということか?ダンジョンのフィールドフロアって周囲は魔物だらけだろうに」


「そう。でも、おれは結界を張る魔道具を持ってるんで。だから、サンドキャンサーがどれ程大群でいたとしても、身を潰さないよう倒す方が問題。地道に斬るにしても、ごちゃっとまとめていると近くの個体まで斬れそうだし」


 それでは可食部分が少なくなってしまう!

 かといって、魔法を使うと変に火が通ったり潰れてしまったり、美味しい汁が流れてしまったり、で味を損ねるだろう。

 をよく考える必要がある。


「……君にとってはそういった問題なのか」


「そう」


 声をかけて来た商人は、エアが思ったより高ランク冒険者だと思ったらしく、改めて油漬けの礼を丁寧に言い、「貰い過ぎだ」と更にこの周辺の情報も色々と教えてくれた。

 実体験の情報程、精度が高いものはない。

 お互いメリットのある時間だった。



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