234 わたしの理想は高いんですよ!

「え、本屋や魔道具屋ですか?不定期の露店でたまに出てるようですけど、他の街では普通にお店があるんです?それで採算が取れるんですか?」


 アシュレーはそんなことを訊かれるとは思わなかったらしい。


「さぁ?魔道具屋は貴族や金持ち商人の紐付きばかりらしいけど、採算までは知らない」


 エアが行ったことがある魔道具屋は、売れなさそうな魔道具しか置いてなかったので。

 ……あ、そういえば、ラーヤナ国王都フォボスの魔道具屋は除外か。ポケット型のマジック収納「ガルーポケット」は値崩れしているぐらい、取り揃えていた。フォボスダンジョンの定番ドロップなこともあって。


「そうなんですか。縁がなさ過ぎて知りませんでした。エアさん、露店の方に行ってみます?ごちゃごちゃしていて、見難いですが」


 それは思わぬ発見がありそうだ。

 露店に行こうとした時、ガタイのいい男が人波をすり抜けて近寄って来た。現役ではなさそうだが、体幹がしっかりした身体の動かし方だ。


「やっと見つけた!アシュレー!俺との約束はどうなったんだ。店まで迎えに行ったのに、もういなかったし!」


「約束なんかしてないでしょ!何度も断ってるんだから、いい加減、諦めてよ!……って、ちょっとっ!」


 男はアシュレーの手を取ると、強引に引っ張って行く。

 なるほど。

 厄介な男をさけたいのでアシュレーがエアたちの案内を買って出た、ということもあったのか。精霊獣たちが目当て、というのも嘘とは思えないので、色々メリットがあっただけで。


「エアさん!見てないで助けて下さい!」


 エアもアテにしていたらしい。

 男はアシュレーの手は離さないまま、立ち止まり面白そうに笑う。


「斬り捨てればいい?」


 エアがそう答えると、男はおかしそうに笑った。軽口だと承知してるからこそ、笑い飛ばせるのだろう。


「違います!二度とわたしに近寄らないよう追い払って下さい!迷惑してるんですよ!」


「報酬は?」


「……え?えーと……結婚してもいいです!エアさんとなら!」


「他当たって。おれにメリットがないことは報酬にならん」


「…ひゃっはっははははははっ!まったく相手にされてねーぞ!アシュレー。どー見てもモテまくってる奴だしなぁ」


「可愛い猫付き『金ヅル』扱いもちょっと」


「当然だな!しっかし、いい装備だなぁ。猫っぽいのは精霊か?おお~マジで?初めて見た。超強そう」


 エアが頷くと、男は感心して改めて精霊獣たちを見やる。


「そう。見る目があるな。…アシュレー、この人、結構、いい人っぽいのに何で嫌?」


 現役ではなさそうなので元冒険者だろう。商人に転向した感じだ。資金を貯めて商人になる冒険者は割と多い。商人護衛でルートを学び、商人たちと交流を深めて繋がりを作るワケだ。


「分かってますけど、わたしの理想は高いんですよ!」


 アシュレーは手を繋いだままだった男の手を外した。しつこくしても嫌がられるだけか、と男が引き下がっただけだろう。


「高望みしてると行き遅れるぞ。基準が低くても、世間知らずだと結婚に失敗するけどな。おれの妹のように」


「…マジな話です?」


「ああ。三ヶ月ちょっと前に離婚した。妹はアシュレーと同い年で十七歳。十五歳で結婚。元旦那は三十近くの中堅商人」


 アイリスの元旦那、ヘンリーの年齢なんてもう覚えてない。エアは嫌なことはさっさと忘れる主義である。


「……え、何でそんなに年の差が?政略結婚なんです?」


「いや、恋愛結婚。早くに親を亡くしてる。食うだけで精一杯の生活をしていた当時、妹は食堂の看板娘をやっててな。一応、選んだ形だが、だった、と」


「あらま。だんだん本性が、な感じ?」


 質問したのはアシュレーに言い寄ってる男である。興味があるらしい。


「いや、結婚前から入れ込んでる商売女が近くの街にいて、ずーっと続いてた。それだけじゃなく、ほぼ放置で生活費もなし。妹は旦那の親の店の手伝いをしてたけど、安い給料でこき使われ、持ち出しも多かったらしい。おれが近くにいたなら、もっと早く離婚させたけど、あいにくと、で」


「冒険者だとどうしてもなぁ」


「ちょっとすみません。いいですか?」


 色々と思う所があったようなアシュレーだが、何かが気になったらしい。


「何?」


「妹さん、エアさんと似た容姿ですか?」


「ああ。誰がどう見ても兄妹だと分かるぐらい」


「看板娘をやってたぐらいなら、性格も明るい感じですよね?」


「そう。料理上手で働き者。鑑定スキル持ち」


「優秀じゃないですか!ええっ?若くて美人な女の子と結婚したのに、浮気する旦那の神経が分からないんですけど~」


「俺も分からんなぁ。人気がある女の子だから欲しかった、とか?」


「さぁ?親が気に入る嫁だったのは確かだから、それはあっただろうけど」


 商売女を身請けして結婚しよう、とヘンリーが思わなかったのは分かるが。


 そこに、遠くから騒いでる声が聞こえて来た。砂煙も上がり、魔力も動いたので、誰かが魔法を使ったようだが……。


「何でしょう?」


「見て来る。案内はここまででいい。ありがとう、アシュレー」


 エアは軽く指で弾き、アシュレーの手の中に金貨を入れた。




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