032 周囲の方が「無神経な」とばかりにむっとした

「ところで、エア、何でがあるんだ?」


 隊商は順調に進み、街道脇にもうけてある空き地での休憩の時、Dランクソロ冒険者の男…シャロウがエアにそう訊いて来た。


「何?手って」


「手って何?」


「言葉通り、手」


「左手は義手なんだよ。前は何も着けてなかったから覚えてたんだろ。やっと手に入れたんで」


 ほら、とエアは革手袋を取って木の義手を見せてやった。


「動いてなかった?」


「少しだけな。一応マジックアイテム」


 実際は「ただのマジックアイテム」ではないが、優秀な性能は見せないので問題ない。


「そうだったんだ。例の『奇跡』が起きたのかとちょっと思ったんだけど」


 シャロウはそう思っていたらしい。

 「ダンジョン攻略宴会」にシャロウたちが参加していたとしても、人が多過ぎだったので何の騒ぎか分からないまま、参加していた、というのもありそうだ。タダ酒が飲めれば、何でもいいだろうし。


「滅多にないから『奇跡』って言うんだぜ」


 もっともらしくスカヤが言う。


「新しく生えた手なら最初は握力がないって聞いた。鍛えた筋肉や反射神経は早々戻らないらしい」


 エアは左手の指が普通に動かさないよう気を付けながら、革手袋をはめ直した。

 それから着替え魔法の【チェンジ】を使えばよかったと思ったのだが、まぁ、いいい。今度は使おう。


「あ、何?気にはしてたんだ?」


「ああ。おれが入院してた時に他の患者には『奇跡』が起きてたんだよ」


 それから、かなり遅れて『奇跡』以上の…まぁ、幸運なのかな?多分。

 エア自身もいまだによく分からない状況だった。


「…あらま。よく腐らなかったな」


「おれのように『ハズレた』人も多かったしな。変な仲間意識が芽生えたりもして」


「その辺は若さだよな~」


「おじさんの方が多かったって」


「…それは失礼」


「エア、Cランクになったの、手を失う前?」


 そこで、紅一点のDランクソロ冒険者…レティがそう訊いて来た。

 当事者より、周囲の方が「無神経な」とばかりにむっとしたのに、エアは内心、笑ってしまった。

 こういった時は男の方が繊細に気遣う。


「失ってから。自分でも気付かなかったけど、ソロの方が向いてたらしい。スキル覚えも早いし、一気にレベルも上がったし」


「あ、分かる。パーティだと経験値が中々入らなかったんだって、ソロになるとやっと気付くよな」


 シャロウも同じ経験があったらしい。


「そうは聞くけど、そんなに変わるんだ?」


「ああ。前は五人パーティだったからかもしれないけど」


「パーティだとより安全なのはいいんだけどな~って所だよな。レティはずっとソロ?」


「ううん。前はパーティに入ってた。いつの間にかカップルが出来てて結婚しまーす、で解散に」


「…ありがちな解散理由」


 ありがちでも不憫な話だ。


「まぁ、おれ、義手だけど、ほぼ何でも出来るようになったから、気にしなくていいぞ。料理も作れる」


「そりゃ助かる!」


 真っ先に喜んだのはリーダーのスカヤだった。


「おいおい、当てにするなよ。自分の分しかないって。食事は各自で、だろ。魔石コンロを使うから魔石代だってかかるし、そもそも、でかい鍋がない」


 食材は道中で狩ったり、採取したりすればいいが。


「村で買おう!」


「誰が持ち運ぶんだよ。料理するのなら材料も他の調理器具も必要だ。マジックバッグがあっても容量は限られてるんだぞ。武器や装備やポーション類が優先に決まってるだろ」


 スカヤのパーティメンバーの槍使いのマサムが、スカヤの額に軽く手刀を入れた。


「だから、ほとんどの護衛依頼の食事は各自でってなってるのに」


 呆れ口調でレティがそう言った。


「よくて水支給だよな」


「ぬぅ…」


「料理が出来なくて、野営でも美味しい物が食べたいのなら、頑張って時間停止のマジックバッグをゲットするしかないな」


「そんなレアドロップを狙うより、まだ料理人を連れ歩いた方がてっとり早いし、はるかに安いって」


「危険と隣り合わせだからまず料理人が見付からなさそうだけど。道中の料理なら解体も必要じゃないか?」


「あ、確かに。しかし、大物だと血抜きで結構な量の血が…結界の魔道具かマジックアイテムがいるか。色々と問題点が出て来るなぁ」


「本気で考えてる辺りがちょっと引く」


 そこそこの料理が作れるのは知識とやる気と慣れだとエアは思う。


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