230 免罪符も期限切れ ―目撃した冒険者side―

「いやぁ、中々いない程の逸材だな。この子はアホ過ぎ方面で」


 エアが去った後、目撃していた冒険者の一人がそう感想を述べた。


「無茶苦茶いい装備だとは分からなくても、あの強者しか出来ない何があっても即時対応な感じのたたずまいで、超強いのが分からんもんかねぇ」


「あ、店主。いい感じのトカゲ、五匹分ね。明日まで」


「分かった。保証金が…って、ん?この子、友人の娘なんで放置しとけんのだが、口についてるのは何だ?」


 咄嗟に返事をした貸し騎獣屋店主のシャハトは、やっとユカーナの口元のテープに気が付いた。


「土魔法のテープみたいなもんだな。鼻まで塞がなかっただけ、超親切」


「気が短い人だと、どっかに連れ去って魔物のエサにぽいっ、だろうしなぁ」


 直接手を下さないのは、ステータスに『殺人』と載ってしまうと、大半の街へ入れなくなるからである。グレーなやり方だが、生き残る可能性がある所が違うのだろう。

 ダンジョンに放り込んで、置き去りにして、という方法もある。

 当然、正当防衛での殺人ならステータスには載らない。


「っつーか、あの人、ああも力があるのなら、ここから街の外へぽいっ、というのも可能かも。魔法プラスなら俺らでも出来るし」


「あー確かに。突然、突風が吹くこともあるよな~」


「突然の風だから突風」


「あはははは。そりゃそうだ」


「しっかし、あんなに強い人なら、とっくに噂になってそうなんだけどなぁ。二つ名とかありそう」


「え、そこまで強い人だったのか?……あ、高位の精霊獣を使い魔にしてたか。六体も」


「…ええっ?マジで?人間に協力的な精霊自体が少ないって聞くのに」


「召喚士?でも、有名なAランクパーティのリーダーの召喚士の見た目は、三十前後だって話だし…??」


「召喚士ではなく剣士だと言ってたぞ」


「んーっ!んーっ!」


「ソロで?」


「多分。そもそも、こんなトカゲ捕獲依頼を受ける辺りが、実力と似つかわしくない、というか」


「違う地域から来たのなら物珍しい依頼だったんだろ」


「トカゲを騎獣にすること自体、地域によってはかなり珍しいって。小さいトカゲの魔物しかいない地域もあるし」


「使い魔の精霊獣ってどんな形だった?ふわふわした綿みたいな?」


「それ、獣じゃないだろ。精霊獣は狼型や鳥型が多いそうだけど」


「猫型だった。子猫もいたけど、全部違う色で、よく見る猫サイズ」


「それで高位ならサイズ変更が出来るのかもなぁ」


「んーっ!んーっ!…ザッザッ…」


「その猫型の精霊獣たち、それぞれトカゲに乗って来てたぞ」


「……えーと、そんなことを頼むために呼び出したのか?わざわざ?」


「その辺はどうだか知らんが…」


「その話は後にして、先に借りる手続きしてくれよ」


「ああ、すまんすまん。じゃ、こっちに来てくれ」


 店主は冒険者たちを騎獣舎へと案内した。

 その前に、もがくユカーナが視界に入ったのだが、スルー。

 店主も何らかの被害を被っていたのだろう。

 友人の娘、という免罪符も期限切れのようだった。



 ******



 ユカーナの口を塞ぐ土魔法テープは、三十分程で崩れて粉々になった。

 しかし、誰もそんなことは気にしてなかった。

 放っておかれたユカーナは、這って移動していたからである。

 下級ポーションぐらいは自宅にあるハズだ。右足首は折れてるようだから治らないかもしれないが、この痛みが少しでもマシになるだろう。


 絶対、許さない!

 空に放り投げたあの男も、わらい者にした冒険者たちも、味方にならないおじさんも、冷たい両親も!

 許さない!絶対に許さない!


 ユカーナの恨みと憎しみが魔力を変質させ、黒いもやを生み出した。

 はどんどん大きくなり、その濃さを増す。

 やがて、靄は影になり、影は闇になり、闇は暗がりにひそみ、同じ闇を取り込み、どんどん大きくなる。


 イメージが魔法の威力や性質を左右する世界だけに、その闇は力を得た。

 

 そして、恨み憎しみに凝り固まったユカーナを悲鳴ごと取り込み、更に大きくなる。



 原始の呪術はこんな風にして始まったのかもしれない。





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