225 なりゆきで宿が決まった
日がかなり陰って来たので、エアは宿を探すことにした。
影の中の別荘に行っても、影の中でマジックテントを出してもいいし、【ゲートリング】で『ホテルにゃーこや』に戻ってもいいのだが、せっかくオアシスの街に来ているので。
砂漠の中の街は色々と違っていた。
まず、粉塵、日中の暑さ夜の寒さ対策か、窓が小さい。
時々、砂嵐が起こるそうで、二階建ての建物までしかなく、その建物も他の街よりも天井が低い。長身の人たちなら、息が詰まるような気がするかもしれない。
井戸は掘ってもすぐ埋まってしまうそうで、オアシスから水を引いていた。その水を濾過、浄化して各家庭へ。豊富な水源なので街が発展した、とも言える。
もし、オアシスが汚染されても大丈夫なように対策もしてあり、魔石を使った水が湧き出る魔道具もたくさん使われていた。
さて、宿を探そう、とエアは大通り沿いを歩く。
この辺はどの街でも共通だ。大通りは場所がいいので商業ギルドや冒険者ギルドがあり、高級宿や大手の商会の店になる。
冒険者ギルドの場所は地域によって違い、獲物が多いと防壁門の側にあり、ダンジョンが側にある街だと、街中だけじゃなく冒険者ギルドの出張所がダンジョンの側にも設置されている。
大通りの店だと基本的に呼び込みはしない。そんなことをしなくても、客の方で来るからだ。
「お前が来るような低俗な店じゃないんだよ!帰りな!」
だから、こうやって門前払いをされるようなことは、実はあまりない。服装やガタイや見た目がどうだろうが、金を持っていればいいお客様だからだ。
それでも、追い出されるような人は客ではない。
「お願いします!雇って下さい!手持ちのお金、盗まれちゃって行く当てもなくて……」
やはり、客ではなく従業員希望だった。
「はいはい、裏通りに行きな。親切な人がたーくさん、いるから」
「そんなの、騙されるか、売り飛ばされるか、のどっちかじゃないですか!お願いします!雇って下さい!」
表通りの宿や店だから安心というのは早計だ。
まぁ、そもそも、この女は理由を付けて同情を誘い、雇ってもらいたがってるだけで、切羽詰まっているワケではない。見るからに健康そうで格好も身綺麗にしている。こういった女はしつこい。
お疲れ~とエアは足を止めないまま、視線だけで軽く
「ああっ!気が付かず、失礼しました!
従業員がエアを巻き込んで来た。押しかけ女に見えないようさり気なくウインク。「話しを合わせて」ということか。
恩を売っておくのもありか、と従業員に促されるがまま、エアは宿の中へと入った。
「話を合わせてくれて有難うございます!宿をお探しのようでしたので、お互い都合がいいかと思いました。もちろん、サービスさせて頂きます」
聞けば、この宿の宿泊料はそこまで高くなかった。一番いい部屋でも一泊一部屋金貨10枚。交易の街で堅実な商人が多いからこそ、いい部屋は少々持て余しているのかもしれない。
一番いい部屋は風呂付きだったので、お金の使い
ベッドは大きいサイズ。周囲を覆える天蓋付きで、薄いカーテンがかかっている。日中は日差しよけ、夜は防寒も兼ねているのだろう。虫よけは宿全体にされているが、小さな虫自体、森の側より圧倒的に少ない。
ベッドの脚やソファー、テーブルには、凝ったデザインの彫刻がされている。
エイブル国の割といい宿でも、こんなに凝ったデザインではなく、もっと単純なデザインだ。ベッドマットが少々硬いものの、小物の雰囲気もよくて本当にいい部屋だった。
ようやく、遠い国に来た実感が湧いた気がする。
エアが部屋の中を見て回っていると、宿に引き込んだ従業員がサービスでアイスと果実水を混ぜた飲み物を持って来てくれた。
柑橘系果汁が入ってるおかげで適度な甘さでさっぱりもしている。冷たくて美味しかった。
砂漠の夜は気温が下がり氷系魔物も出る。だから、この近辺では氷の魔石が容易に手に入るため、冷やす魔道具が安価で普通に普及していた。
他の地域では冷やす魔道具はかなり高価だ。しかし、氷の魔石が使えるのなら、複雑な魔道具はいらない。
こういった所も行商人が目を付けるのである。
「美味い飲み物だな。使い魔たちにもあげたいから、もう六杯くれ。こっちは金払うから」
「あ、はい。かしこまりました。容器はどういったものがいいでしょう?」
「同じで。猫型で器用だから」
最初はお椀で飲んでいた精霊獣たちだが、最近はカップで飲むようになった。まぁ、人間サイズのカップだと、精霊獣たちは顔を突っ込んでいるが、器用にこぼさない。
精霊獣たちが姿を見せると、店員は「おお!」と興奮した。
「可愛い系の使い魔も従魔も、この辺ではかなり珍しいんですよ!騎獣ばかりですから大きいですし!」
「それはそうだろうな」
騎獣は人間が乗るのだから、大きくないと話にならない。戦える従魔も同じく。情報収集系で多いのは鳥系魔物や使い魔だ。砂漠だとトカゲ騎獣が定番の移動の手段となっている。
従業員は撫でたそうに手をわきわきさせていたが、使い魔も従魔も契約者・マスター以外に触らせる方が稀だ。
エアも精霊獣たちもスルー。
後ろ髪を引かれてるようだったが、仕事仕事、と従業員はすぐにアイスと果実水のミックスを持って来てくれた。
精霊獣たちの口にも合ったようで、喜んで飲む。
そこに、何か楽器を弾く音が外から聴こえて来た。
食堂でのサービス、ではなく、宿の出入り口に楽器弾きが売り込みに来ていて、ちょっと弾いてみせたらしい。
時々、『にゃーこや』店長のシヴァが弾いている『ギター』のような音のいい楽器ではないが、同じ系統の弦を弾いて音を出す楽器のようだ。
エアは色々と本を読んで知識を得ているので、この近辺の国ではそういった楽器弾きがいるのを知っていたが、実際に聴くのは初めて。知らない人もいるらしく足を止めて興味深そうに見ている人もいた。
エイブル国・ラーヤナ国では、楽器を弾く人は貴族か金持ちしかいないが、小国郡や南国ではまったく違い、音楽は平民にももっと身近なものだった。楽器の作りがこちらは簡単な物なのも関係あるのだろう。
「にゃにゃ?」
何?この音?と言わんばかりに小首を
国によっても地域によっても、文化は色々違うということも。
「んにゃー?」
何で違うの?とばかりの鳴き声に、主語がなくてもエアには意味が分かった。
「ああ、シヴァが弾く音楽と違い過ぎるのは何でって?シヴァはもっと文化の進んだ国の出身で、その中でも上手いから。まぁ、あっちを聴き慣れた後だと物足りなさ過ぎなのはよーく分かるけどな」
エイブル国、ラーヤナ国で一般的な音楽だけじゃなく、シヴァや従業員たちが弾いた音楽は、音楽プレーヤーに入れて売ってくれたので、エアと精霊獣たちでたまに聴いている。
エアは興味も余裕もなかったので知らなかったが、音楽プレーヤーも音楽を録音したクリスタルも普通の雑貨屋でも売っていた。平民でも手の届く価格なので需要も高いのだろう。
エアが売ってもらったのは、シヴァが作った最新式のもので小型で音もいい。
流れの楽器弾きはさほど上手くなかったので、宿の従業員に断られたらしく、すぐに音楽は止まった。
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