212 しっかりと賠償してもらう! ―商人side―

「…あー呼びされてる噂の当人だな、どう考えても。空が飛べるマジックアイテムか魔法持ちだし、迫力が段違い」


「エレナーダダンジョンのソロ攻略者を怒らせるってさ……」


「つい最近では、伝説級のハーピージェネラルを瞬殺だったらしいぜ。アリョーシャの街がハーピーの大群に襲われた時に」


「え、それ、なんだ?」


「他にいないだろ。六体も猫型精霊獣を連れてて、細身で鮮やかな緑の目で顔がいい冒険者って。精霊獣たちもかなり活躍したそうだし」


「そういえば、二ヶ月ぐらい前、王都の方で行方不明者が続出だったらしいぞ。たちに絡む貴族関係者たちが全員。二百人を越えてるとか」


「それってマジな話?全員、どうにかしたってこと?」


「さぁなぁ。スゲェ強いのは確からしい。あの見た目だから、どこの街でも舐められまくって、絡んで来る連中を片手でぽいぽい投げた、とか」


「なんて、見る目のない連中ばかりなことやら…」


 護衛の冒険者たちのそんな話に、番頭の顔色はどんどん悪くなって行く。怪我はポーションで治っているので、そのせいではない。


「あーあ」


 そう声には出さないだけ良識はあった冒険者たちだが、冷え切った視線の方が雄弁だった。

 番頭の日頃の行いが悪いせいでもある。

 この冒険者パーティは専属契約をしている護衛ではないものの、店にはお世話になっているだけに、護衛依頼を何度か受けたことがあった。


 冒険者たちは話していてもちゃんと手は動いており、荷車をひいていた馬の片方に馬具を装着し、もう片方の馬にはロープを結んでいた。

 そして、周囲に荷物が散らばっていないかどうか、改めて確認してから、顔色の悪い番頭を馬に乗せ、冒険者たちも自分の馬に乗り街へと戻る。

 当然ながら、登る方が馬に負担がかかるので速度はゆっくりめ。

 副会頭に叱責されるに決まっている番頭は、もっとゆっくりでもいいと、思っていたことだろう。



 ******



「クビ。お世話になってるシリンガ商会の顔を立てて大目に見て来たが、もう限界!今日のも今までの損害もしっかりと賠償してもらうからな」


 番頭を見るなり、副会頭は自分の首の前で左から右へと、立てた親指で首を切る仕草をした。

 実力で番頭になったワケではなかった。

 番頭の名前はイーゴン・シリンガ。大手のシリンガ商会の会頭の孫で三男。

 商人になるからには他の店で修行するべき、と修行に来ているのだが、読み書き計算はもちろん、鑑定スキル持ち、街の情報や商品知識も割とあるため、単なる店員ではもったいなく、かといって、期間限定では管理職には出来ず…と、苦肉の策で実権のない『番頭』という役職を作って据えた。


 しかし、イーゴンはちやほやされて育ったらしく、傲慢で上から目線で偉そう。コミュニケーションがちゃんと出来ないので、商人としても失敗ばかり。

 シリンガ商会との縁が深くなれば、メリットも多かったので我慢していたが、もうデメリットしかない!


「そんな!荷馬車が壊れたのはおれのせいでは…」


「そっちじゃない。荷物を回収に行った冒険者への悪い態度だ。居合わせたからと格安で引き受けてくれたのに、事情を書いてある手紙すら読まず、疑ったと聞いたぞ。だいたい、猫型精霊獣を連れた冒険者の噂、十何回も聞いてるだろうが!レアな高位精霊獣だぞ!他の誰が連れてるんだ。どこをどうしたら疑える?」


「その精霊獣たち、ちゃんと姿を見せてました!」


「荷馬車より大きくもなってたよ!」


「番頭さん…いや、元番頭さん、全然、謝罪も礼も言ってなかったよ~」


 冒険者たちが口を挟んで真実を教えた。

 すると、静かにキレていた副会頭も、少しは落ち着いて来た。


「…いきなり悪かったな。面倒をかけた。で、エアさん、怒ってたか?」


「そうでも?淡々としてて、どうでもいい感じだった」


「舐められるのに慣れてるんだろうなぁ。そうかといって、気分のいいものじゃないだろうけど」


「だろうな……。クソッ!エアさん、『貸しマジック収納屋』をやってるぐらいだから、仲良くなったらマジックバッグが安く手に入ったかもしれないのに!」


「え、あれってマジな話?面白い冗談~で流してたんだけど…」


「商業ギルド経由の情報だから本当の話。本当に格安でマジック収納を貸してる。魔法契約するのが条件でな。エアさん、あの最先端技術を持つ『にゃーこや』にツテもあるって話だ。……イーゴン、今更、状況を把握した所で遅いんだよ!謝罪不要、『大事な商機を逃しただけだ』とも言われたんだぞ!」


 やっと唖然としたイーゴンを見て、副会頭は再びキレる。

 今までまったく情報と結び付いておらず、どれだけのことをやらかしたのかの実感もなかったらしい。

 謝罪不要と言われたとはいえ、少しでも印象をよくしておく必要があった。


 精霊獣たちが姿を見せていなくても、エアだけでも鮮やかな緑の目で整った顔立ち、という目立つ容姿をしているので、さほど調べなくても宿泊宿はすぐ分かるだろう。



 そんなどうでもいい謝罪より、『王子』呼びの方がエアの気にさわる、ということは誰も想像していなかった…………。


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