213 筋肉信者の前で大岩を掴んで見せる

「あの、エア様、当ギルドマスターが話があるそうです。イルーオの街で冒険者ギルドと商業ギルドに委託している商売について」


 エアが冒険者ギルドを出ようとした所で受付嬢に呼び止められ、そんなことを言われてしまった。

 短時間の依頼達成に何も言わないと思ったら、こちらは噂ではなくちゃんとした情報が届いていたらしい。まぁ、当たり前か。誰もやれなかった商売だ。


 出来れば、手数料で稼ぎたいのだろうが、ここキーラの街まで来る商人なら大半がマジックバッグを持っている。護衛の冒険者も駆け出しは少ないだろう。

 そして、近くに他の街がないので短期貸し出しは出来ない、となると、持ち逃げ多発になるだけだ。


「無理。以上」


 エアは簡潔に返事する。


「話を聞くだけでもお願いします」


「おれにメリットがないだろ」


「ランクアップ査定で有利になりますよ」


 マジック収納をダンジョンで集めているのなら、それだけ魔物を倒しているということで確かに査定に影響するだろう。

 エアの場合は裏技的な方法で手に入れているものの、こちらの方が難易度は高い。

 イレギュラーボスのダンジョンエラードロップ、及び錬金術と魔道具作成を勉強し、自力で素材を集めて作った自作なので。


「そんなの別にどうでもいい。これ以上ランクアップしてもメリットがない」


「…えーと…あ、割のいい依頼があれば、優先的に回すことも…」


「この街にずっといるワケじゃない。温泉と料理が目当てで来てるだけだ」


 じゃ、とエアたちは呼び止める受付嬢の声をスルーして、冒険者ギルドを出た。


 宿に戻ると、早速、大浴場へ行き、その外の露天風呂を楽しむ。

 精霊獣たちは一応、他の客には見えないようにしてあったが、全員、お風呂も温泉も大好きだ。

 まだ午後の早い時間。

 真夏に温泉を楽しむのはつうだけかと思いきや、身体の不調を改善するべく、しばらく滞在している人たちもいた。いわゆる湯治客である。


「おー兄ちゃんも湯治か?ほっそいし」


「もっと食わんといかんぞ~」


「肉だ。肉を食え!」


「男は筋肉だー!」


「男の魅力は筋肉にあるんだぞ!」


 やたらと元気な湯治客が好き勝手なことを言いながら、室内の大浴場の扉から出て来た。

 筋肉信者なだけにもりもりムッキムキ。いらない筋肉まで鍛え過ぎていて見るからに重そうだ。敏捷性は低下しているに違いない。

 

 それは個人の勝手なのでどうでもいいが、エアにまで絡んで来るのがウザイ。好きで細身な体型にしているのではなく、これ以上筋肉が付かないだけなのだ。

 そもそも、人種の違いだってあるだろうに、度外視か。


 ふと思い付いて、エアは収納から横3m高さ2mの大きい岩を出し、右手だけで持ち上げて見せた。

 エアぐらいレベルが高いと、バランスなんて考えなくてよく、無造作に掴むだけでいい。もちろん、身体強化なんてしてない。


「筋肉が何だって?」


 エアがそう聞き返すと、筋肉信者の湯治客たちは目が落ちそうに見開き、アゴが外れんばかりに口を開けた。

 せっかく大きい岩なので、砕くのはもったいないし、宿にも迷惑なのでエアは大岩をさっさと収納し直した。

 興ざめなので、しっしっとエアが手を振ると、筋肉信者たちは大慌てで、またすぐ内風呂への扉へ入って行った。


 何とも平和ボケし過ぎた連中だった。

 ランクとしては中ぐらいの小奇麗な宿なので安全だと思っていたのかもしれないが、余程、今まで荒事とは無縁の恵まれた生活をしていたのだろう。エアの三倍前後も生きていて、人を見た目だけで判断するのだから。


 まったくねぇ、と言わんばかりに、精霊獣たちがすりすり寄って来たので、エアはすぐに癒やされた。何百年と生きてるだけに「あざとさ」がないのもいい。



 ******



 十分に温泉を楽しんだ後、エアたちは【ゲートリング】で『ホテルにゃーこや』に戻った。

 自分のステータスをチェックして魔力量を確認してみる。

 影転移を繰り返すよりは、かなり魔力の節約になっているが、モニターも兼ねてるので数字で把握しておいた方がいい。ちゃんとメモしておく。

 遠くに行く程、必要魔力量は増えるが、比例じゃないのは、ダンジョン自体が異空間だからだろう。


 色々と実験してみた所、精霊獣たちが何体一緒でも必要魔力量は同じだった。使い魔契約しているから、というのもあるかもしれない。

 非番のにゃーこや従業員を巻き込んで、【ゲートリング】で移動してみた所、二人以上は一人よりは魔力が必要になるが、エア×人数より少ない。

 妹のアイリスも巻き込んで【ゲートリング】を使った所、どうやら関係あるのは体重で子供は体重が軽いのも関係がありそうだ。


「そういえば、エアさん。髪、どこで切ってますか?」


 エアと精霊獣たちでロビーラウンジで日替わりのアフタヌーンティーセットを楽しんでると、お替りの紅茶を淹れてくれつつ、サーシェにそう質問された。

 冒険者活動もしているサーシェだが、今日はスカートでフリルとレースがいっぱいある可愛い制服姿である。


「その辺の外で」


「いえ、ステキなので行きつけのお店があるのかなと。自分で切ってる、ということですか?」


 ステキ?

 エアは普通だと思うが、本当にステキに見えるのなら、エアに髪の切り方を教えた母親が優秀だった、ということだろう。気を付けるポイントだけ押さえれば、大分、見栄えが違う。


「そう。腕が未熟な時は無傷の方が少なくて髪もザクザク切れたりしてたし、酸や粘液や蜘蛛の巣が取れなくて切ったりもしてるから、自分かパーティメンバーが髪を切ってるという人が多いぞ。専門の人に切ってもらう人もいなくはないけど、余程、こだわりがある奴ぐらい」


「そう、だったんですか。じゃあ、別に襟足を短くしているのはこだわってるワケでもないんですか?」


「こだわりというか、半端に伸びると鬱陶しいんで。髪のあるなしで生死を分けることは確かにあるけど、装備でいいし、あまり髪を長くすると風や雨や静電気で視界を奪われることもあるし、で結局、良し悪しなんだよ。…で、誰かが髪を切るかどうか迷ってるのか?」


 女冒険者は短くしている人も多いが、世間一般的に女は髪を伸ばすもの、と思っている人が多い。


「はい、わたしが。最近暑いんで、もっと短く切ろうかと思ってて。でも、変にぱっつんとなるのも嫌ですし、男の子に見えるぐらい短くするのもどうかなぁ、と思って」


「いくら短くしても骨格自体が男とは違うし、男には見えないだろ。余程の見る目のない奴ら以外には。オシャレで似合う髪型にしたい、ということならオーナーに言えば?無茶苦茶器用だし、切った地毛で付け毛も作ってくれるだろ」


 サーシェは十三歳。冒険者もやっているが、オシャレもしたい年頃だろう。


「付け毛!その発想はありませんでした!」


 うずうずし始めたサーシェに、エアはここはもういいから、と促してやると、一礼して退出して行った。


 ふくらんだ袖で膝丈のスカイブルーのフレアスカートワンピースに、フリルとレースがたくさんの白いエプロン、一本で三つ編みした髪にスカイブルーと白のヘッドドレスとリボン、レースの付いた白いハイソックス、スカイブルーより少し濃い色のバレエシューズという可愛い夏の制服で似合ってはいるが、布が重なってるだけに暑そうだ。髪型は関係なく。

 涼しい制服を作ってもらえば解決のような気がするが、そうなると露出が多くなるのでそれはそれでダメなのか。


 それに、本館も別館も従業員たちの寮にも、室内を涼しくする魔道具が働いているので、あまり涼しい服でも風邪をひきそうでもある。


 遊べるホテルというコンセプトなので、従業員たちは勤務中、外にいることが多いのも原因か。

 客のアクティビティに付き合う時や鍛錬の時は、ちゃんと運動服や水着に着替えているものの。


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