172 人は見た目に惑わされる

 悪者は淘汰される。

 考えてみれば当然だ。散々、至る所から恨みを買っているからこそ、悪者。逃げ続けた所でその結末は知れている。

 小悪党程、生き残る。生存本能に長けるので強者を見分け、空気を読み、なるべく恨みを買わず、時にはプライドも捨てるからこそ、だ。

 そんなことを考えたことがあったな、とある男を見かけてエアは思い出した。


 ふと思い付いて、エアはゴツイフレームの色付きゴーグルを着け、ちょっとその辺を走って砂埃をかぶり、髪も手でかき混ぜてぼさぼさにし、猫型精霊獣たちの姿もエア以外には見えないよう隠れてもらった。


 そして、心持ち背を丸めながら疲れたような足取りを装い、市場の店の前で立ち話をしていたある男と軽くぶつかった。ぽんっと肩を叩くような軽さで、だ。


「…何だ、お前?人にぶつかっておいて、何にもなしか?」


「…………」


 太ったなぁ、髪も薄くなって、とじっくり観察してみた。冒険者を引退して結構経つようだ。


「ああっ?聞こえてんのか?ひょろひょろしやが……って?…お前、まさか……」


 わざわざ、当時のような外見にしただけあり、すぐ分かったようだ。まぁ、身長は伸びてるし、筋肉も付いてるし、いい装備のままだが、雰囲気的には、だ。


「貸した金をいい加減、返してもらおうか。ライリー。おれが入院してる間にバックレやがって」


 人間関係を円満に、というのもあったが、前のパーティにいた斥候のバニオがライリーと親しかったので、ライリーが装備を新調する時に少し足りない、と色んな人から金を借りていて、エアも金を貸したのだ。

 飯を奢られたり、重複したドロップを安価で売ってもらったこともあるので、油断していた、とも言える。


「エア、か。てっきり死んだものと……えーと、いくらだったかな?」


「金貨5枚。返済期限は一年も過ぎてるし、一番金が必要な時にバックレた腹立たしさと、こんな王都から遠い所まで探させた旅費と手間賃と違約金で10倍だな。金貨50枚」


 色々と忙しかったので別にエアは探しておらず、まったくの偶然だが、そう言ってみる。

 エアのステータスの「幸運:A」がいい仕事をしているらしい。レベルが上がったことでこちらも上がったのだ。


「なっ!払えるワケがないだろ!お前に借金した証拠でもあるのか?」


「おうよ。証文書いたのも忘れたか。払えないのなら警備隊に突き出して借金奴隷だな。エレナーダの他の連中の借金も踏み倒してるだろうし」


 素直に払うワケがない。

 何度か低額で信用させてから大金を、というのは典型的詐欺の手口だと知ったのは、いつ頃だったか。

 ライリーのステータスの職業も『詐欺師』になっているので、相当稼いでいるのだろう。あいにくと詐欺程度では入街審査ではひっかからないが、指名手配されていれば別だ。

 逃げようとしたライリーの足をひっかけて転ばせて、背中を踏み付ける。


「手間かけさせんなよ?」


「ゲ、ゲラーチだ!返す金はゲラーチに預けてあったんだ!踏み倒したワケじゃない!」


 最初に言わなかった所からして嘘だ。

 ゲラーチは前のパーティのリーダーで、【寄生】スキルでエアのステータスを三割も奪っていた奴だ。エアが左手を失った元凶でもある。

 シヴァに引き取ってもらったが、めでたく第二の人生を歩んでるらしい。色んな実験体として。


「うそつき」


 エアは風魔法でライリーの薄くなった髪を更に剃ってやった。


「警備隊じゃなく、裏通りの胡散臭い店に証文を売った方がいいようだな」


 金貨5枚で利息違約金付け放題で、元冒険者の働き盛りの男を合法的に自由に出来るのなら格安だろう。

 エアには利息も違約金もなくなるが、回収は諦めていた金なので元金なら上々だ。


「ちょっと待ってくれ。その男、詐欺師なのか?」


 そこで、呆気にとられていたライリーと話していた男が我に返り、声をかけて来た。


「聞いての通りに。ギルドでステータス鑑定すればよりはっきりするぞ。職業『詐欺師』になってるから」


「…っっ!!マジかっ!人の良さそうな顔してるのに!危なかった…」


 何か取引を持ちかけられていたらしい。

 誰が見ても温厚そうな顔を悪用しているのがライリーだ。

 市場を巡回している警備兵が来たので、エアはライリーを引き渡した。巡回しているタイミングを狙ったのもエアの計算である。


 警備隊詰め所で事情聴取をした後、エアは予定通りに裏通りの店に証文を売った。

 警備隊に今捕まっている男、とは言ったが、ロクに事情も訊かず、金貨1枚手数料に付けて金貨6枚で快く買ってくれた。

 真偽を判定するスキルか魔道具でもあるらしい。まぁ、本物っぽい証文というだけで価値を見出したのかもしれないが。


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