171 即席クーラーボックスを作ってまとめ買い

 凍らせる魔道具が高く、維持する魔石も高いので金持ち、貴族向けの高級アイスなだけに、種類も色々あった。

 珍しい所ではお茶の葉を粉末にした抹茶やマシュマロとスライスアーモンドが入ったチョコアイス。どれもこれも美味しそうだ。


「どのぐらい売ってもらえる?」


 選べないのならすべて買えばいい、とエアは収納持ち、金持ちならではの結論を出した。…まぁ、この程度しか金の使いみちがないこともある。


「どのぐらい、とはどういった意味でしょうか?」


「店の都合が悪くなければ、買えるだけ買いたい。氷魔法が使えるから保存が出来るし、金もある」


「そうなんですか!有難うございます!」


 今あるアイスの量の三分の一を残して、後はすべて売ってくれた。

 なので、金目金茶トラ柄猫型の土の精霊獣のロビンに、土魔法で大きい密閉容器を作ってもらい、その内側全体を氷板が沿うようにエアが凍らせた。

 そして、たくさん作ってあるガラス瓶に種類別にアイスを入れて、即席クーラーボックスの中に入れる。何が何かは【鑑定モノクル】で分かるが、店オリジナル名称もあるため、油性ペンで瓶に書いておいた。

 時間停止収納に入れるつもりだが、冷たければ尚いいのは当たり前である。


「…お客様、ウチで働きませんか」


「却下」


 エアもアイスは作れるし、【鑑定モノクル】もあるので材料も分かるし、見て食べるだけで同じ物を作れるだろう。冒険者の方が稼げるというのは棚上げしても、エアは愛想がないので客商売は向かない。


 ガラス瓶にアイスを詰めるのも手伝ってもらったので、店頭でアイスを一皿ずつ食べた後、チップに氷の塊を出してやった。削ればかき氷である。

 思った以上に喜ばれ、「新作を作ってお待ちしてます!」と次回の大量買いも期待されてしまった。

 もちろん、買うが、しばらくダンジョンに潜るので、もう少し後になるだろう。


 たっぷりと食材は持っているが、この街でしか見ない食材も屋台の料理も色々あったので楽しんで買い物した。

 シヴァがこのアリョーシャの街から中華麺を広めただけあり、焼きそばの種類が本当に豊富だった。

 ラーメン専門店まで数軒ある。

 最寄りのダンジョンに海フロアがあるから、というだけじゃなく、川魚出汁でも工夫しているらしい。


 いくら何でもラーメンまでは食べられないので、夜…は来れなさそうだから、今度の楽しみにしておき、エアたちは再びアリョーシャダンジョンへ戻った。



 ******



「ここは……?わたし、生きてます?」


 ダンジョン18階で死にかけた怪我人は意識が戻るなり、側にいた老治療師に問いかけた。


「生きてるよ。左腕と右足首は骨折してるがな。身体に無理のない程度にしか回復魔法をかけられないし、ポーションも同じくだから、完治するまでは少し時間がかかる。色々と打撲もあるから起き上がるのもしばらくは大変だろう。おれは治療師でつい今、診察した所」


「そうですか。ありがとうございました…って、ここ、どこですか?」


「アリョーシャの街の病院の病室だ。お前さん、運がよかったな。ダンジョンの18階からここまで、わざわざ連れて来てくれるような親切で強い冒険者に拾われて」


「っっ!!ですよねっ?最後にいたの、わたし、18階でしたよね?……治ってる。あちこち牙や爪で怪我したハズですが…」


「ポーションを使ったんだろ。着てた服はボロボロで血まみれだったそうだし。…ああ、ウチの女性看護人が着替えさせてたから安心しろ」


「あ、はい。…はい?18階から外に出る転移魔法陣がある10階まで、足手まといのわたしを守ってここまで連れて来たって……一体、どんな聖人パーティです?普通の親切な人は、せいぜい、ポーションを分けるぐらいですよね?」


「そうだな。だが、驚くことにお前さんの恩人はソロだとさ。おれは見てないから恩人については冒険者ギルドの職員から聞いてくれ。明日、事情聴取と治療費入院費の立て替えについて話をしに、こっちに来るから」


「立て替えてもらえるんですか。よかったです」


 怪我人…今はジルと名乗っているジルベータ・フォン・ヴァルシュタイン、元伯爵令嬢は、貧血のためロクに回らない頭で内心苦笑した。

 かつては大勢の使用人にかしずかれていた自分が、入院費も心配するような環境にいることに。


 しかし、そんな感傷も翌日、冒険者ギルドの職員から自分が救われた経緯を聞くまでだった。あり得ない!


「虹色光沢がある夜色の髪に、エメラルドグリーンの鮮やかな目の整った顔立ちの細身の若い男で、猫型の精霊獣を六体も連れてたって……怪我人のわたしをからかって楽しいですか?」


 精霊獣って伝説のあの?

 からかうにしても、もう少し現実味のある設定にして欲しい。


「いえいえ、本当ですって。そのエアさん、色んな意味で目立つのでギルドでも話題の的です。早々に絡んで殴られた人や投げられた人も多いですが、打撲程度に抑える手慣れ具合のようで、腕が立つのは間違いありません。

 エレナーダダンジョンソロ攻略者だと教えると尚更信じなさそうですから、言わなかったんですが」


「………ものすごく運がなかったわたしに、運が巡って来たということでしょうか?」


「今まで不幸だったのなら相殺そうさいかもしれませんね。18階から10階まで意識がない怪我人を守って、って大変な苦労ですよ、普通なら。エアさんの場合、精霊獣たちがいるから助けたようですが。

 ああ、伝言を預かってます。『自分が今まで何度も助けられたから、感謝するなら先輩冒険者たちにして欲しい』だそうです。あなたの治療に使ったポーション代も不要だと」


「…聖人ですか?」


「それは分かりませんが、色々と余裕があるんでしょうね。エアさん、本当にそんなキレイな容姿なので、これ以上の関わり合いを避けた面もあるんでしょう。ジルさんはまず、自分の身体を治すことが先決ですね」


「はい…」


 朦朧としていたので、恩人の姿も見れなかったのは何か惜しいことをしたような気がして来た。

 レアな精霊獣を連れ、エレナーダダンジョン攻略者でかなり腕も立つキレイな容姿のソロ冒険者。デメリットでしかない人命救助をしても恩に着せるでもなく、逆に関わり合いを避ける。

 鑑定スキル持ちじゃなくても、ジルが厄介な素性なのは見抜いていたのだろう。

 そうじゃなければ、恩を仇で返す自覚などなく、ジルは全力で縋り付いただろうから、エアのこの対応は正しかった、と言えよう。



 ジルは入院中に同じく入院している患者と友達になり、そのツテで数年後、幸せな結婚が出来た。

 ターニングポイントは本当にここだった、とこの時点のジルにはまったく想像出来なかった。


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