131 さらっと殴れるようになると、一人前
エアは連れて行くリミトたち四人の持ち物やどれだけ戦えるかを軽く確認してから、影の中にマジックテントを出して、その中に入れて出発した。
影の中なら亜空間なので外部の影響は受けず、連続転移でも酔うことはない。
シャドーパンサーのバロンはまったく問題ないので、エアとニキータと一緒だ。転移距離がエアたちより短いので、いつもよりこまめに転移して行く。
それでも、二十分ぐらいでビアラークの街に到着。入街審査はスルーし、ビアラークの街の冒険者ギルドの側に影転移した。
冒険者登録をしてないマシューとリオンでも、ポーターや雑用としては働けるし、誰でも冒険者ギルドに入ってもいいのだが、朝の依頼争奪ラッシュは厳しいので、依頼掲示板から離れた所に待たせておき、依頼はエアが適当に選ぶことにした。
六年も冒険者をやっているので、適正依頼も分かるが、ビアラークの街の場合、ほとんどがダンジョンドロップ及び、採取出来る物の納品依頼だ。
浅層でドロップし易く、採取し易く、かさばらず持ち運びし易い、報酬がいいものが奪い合いになるのである。
リミトたちもマジックバッグを持っているので、運び易さは考えなくてもよかった。
依頼を達成し、ついでに魔物討伐して、戦いとダンジョンに慣れること、が目的なので、依頼選びは適当でいい。
『にゃーこや』従業員もイヤーカフ型通信マジックアイテムを着けているので、エアとも連絡出来るようにシヴァがしてくれた。Dランクのリミトとサーシェは、念のため、バロンをつけて別行動でいいだろう。
緩い山ダンジョンしかダンジョン経験がないマシューとリオンは、エアと精霊獣たちが付き添う。
安全確保だけなら精霊獣をつけて任せればいいが、わざわざエアに頼むぐらいなので、戦い方も教えろ、ということだろう。
基礎や鍛錬はしていても実戦経験の少なさは、どうしても隙を作る。魔物の知識も乏しい。
まぁ、そうは言っても、ビアラークダンジョン1階は補給フロアだと言われるぐらい、食材豊富で魔物が少ないので、食材採取優先にした。
いくら、元に戻ると言っても時間がかかるので、精霊獣たちは自分が食べる分だけにしてもらった。
「よっ、久しぶりだなぁ。…って、貴族の坊っちゃんたち?」
同じく食材補給に来ている冒険者の一人に声をかけられた。前に来た時、見た顔だ。
リオンもマシューも小奇麗にしているし、装備もよく姿勢もいいので、貴族の子息と誤解したのだろう。
「いや、別件。まだ冒険者登録は出来ない年だけど、経験は積ませたい、な感じで」
「ああ、なるほど。この1階なら、かなりの初心者向きだしな。そういや、最高到達階、更新されたらしいぞ。24階は鉱山フロアで大アリばっかだとさ」
「知ってる。広範囲魔法が使えないと探索すら難しいって話だろ。最高到達階を更新したパーティ、どこだか聞いたか?」
エアも少し前に聞いた話だが、どのパーティか、までは分からなかった。
「さぁ?話題になりそうなのに、パーティだったとしか噂になってないんだよな。結構、怪我したのかどうかも分からないし。ま、情報を持って帰って来てるんだから、生きてるのは確かだけど」
顔見知りの男もやはり知らなかったので、適当に世間話してから別れた。
「…何か意外ですね。エアさん、無口かと思ってたんですが」
マシューがそう言う。
ホテルじゃないので様付けはやめてもらったが、敬語は続行だった。
「アイリスがおしゃべりってだけだって」
「そうですか?女性なら普通の範囲じゃないかと」
リオンが微妙にフォローと言い難いフォローをする。
「まぁ、情報収集はしといた方がいいって話だな。これも相手を選ぶけど」
「ですよね」
マシューもリオンも採取しつつも、ちゃんと周囲の警戒は怠らない。
どんな魔物が出るのかは、最初に説明してあるが、ダンジョンなので油断は出来ない場所という認識が出来上がってるのだろう。
レベルも上げているが、気を張ってるので早めに休憩を入れる。
「魔道具で結界、ですか?」
「そう。持ってる奴も少ないけど、ないとダンジョンの下層までは到底行けないな」
大きめのテーブルと椅子を出すと、持たされているのでマシューとリオンも自分の椅子を出した。
「デュークが結界の魔道具を持ってますが、やっぱり高いものなんですね」
リオンが感心したように言うが……。
「シヴァが作った物ならケタが違うぞ。ボスドロップでさえ、シヴァが改良した物の方が質も性能もいい」
「え、そうなんですか。…ということは、Bさんの方が技術力が上ということになるんじゃ…」
「そう。知らない、詳しくない分野はあるにしてもな」
他に比較がおらず、世間知らずなので、シヴァがどれだけすごいのかの実感が従業員たちは薄いらしい。
エアがお茶菓子にカップケーキを出してやると、さすが食べ盛り。遠慮せず食べていた。ドライベリーを練り込んであり、酸味がいいアクセントのカップケーキは、まったり過ごしているアイリス作である。
キッチン付きの部屋で、オーブンも調理道具も完備している所もすごいホテルだった。
便利なかき混ぜる魔道具や便利な道具は買っているので、アイリスも使うのが楽しくて仕方ないらしい。もちろん、エアも買った。
食事は食堂で食べているが、お菓子やパンや作り置きは作ることが多い。
精霊獣たちは甘いものも大好きなので、喜んで食べていた。
「エアさん、彼女さんは?」
雑談していると、マシューからそんな質問をされた。
「なし」
「…何でいないのか不思議なんですけど…」
「ソロになる前はパーティ組んでたって聞きましたが、解散する時に揉めてそれで嫌になって?」
エアが抜けた時、元のパーティは解散していないが、もう解散してるか。
「いや、解散じゃなく、左手を失った時に用済みとばかりに追い出されただけだ。そもそも、生きるのに精一杯で色恋沙汰に興味がなかった。今もないだけ」
「えー?お年頃じゃないんですか?」
十一歳のリオンは、そろそろ色気のある話が聞きたいらしい。
「枯れてるとはよく言われる」
お年頃年代で彼女がいないのを嘆く心境は、エアにはまったく分からない。
「モテまくって嫌な思いばっかりしました?」
「そうモテないって」
「…本人は知らない気にしてないパターンですね」
「夢壊すけど、大半の女は利害で男を選ぶし、もっといい条件の男がいたら乗り換えるぞ」
そんな女連中に騒がれても嬉しくないし、モテるとも言わないと思うワケで。
「……ええ、はい。そこそこは知ってますんで」
「ぼくたち孤児院出身なんで、いろーんな人の裏側を見てるんですよ。それでも、夢ぐらい見たいというか」
「じゃ、頑張れ」
運が良ければ、いい相手と巡り会えるだろう。
休憩を終えると、2階へと進んだ。
浅層は食材が豊富なフロアが多いため、ベテラン冒険者も補給に来ることが多いが、当然、駆け出しも多い。
装備の違いで明白なのだが、駆け出しはそれが分からないので、外見だけで判断したりする。
そうなると、細身で実年齢より若く見えるエア、そのエアが連れているのは小綺麗な子供二人と五匹のキレイな色の猫。
ベテラン勢はその猫の正体を悟ってギョッとしているのだが、駆け出しにはやはり分からない。
……ということで、エアたちは絡まれることになったものの、丁寧に応対する義理はないので、適当にぶっ飛ばして食材や納品依頼品を集めた。
最初はマシューとリオンもエアと精霊獣たちの対応に引いていたが、キリがないことを早々に悟ってスルーするようになった。
さらっと殴れるようになると、一人前の冒険者になるのかもしれない。
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