120 精霊獣たちは外の方が楽しいらしい

 夏服では『甚平じんべい』と言う肘までの中袖で紐で結ぶ緩い上着と膝丈のズボン、『草履ぞうり』と言う足の親指と人差し指の間で挟む履物という、涼しい格好が一番気に入った。特殊な織り方なのか、肌に張り付かない。

 聞けば、シヴァたちの故郷で夏の定番服装らしい。


 風呂上がりにもいいだろう、と装備作りもほぼ終わったので、エアはシヴァも誘って大浴場に入りに行った。

 ここの大浴場もかなり贅沢な作りで、露天風呂から見える庭にまでしっかりと手入れがしてあった。


「入る場所によっても、印象が違って来て楽しめる庭って、やっぱり、計算してあるのか?」


 まったく詳しくないエアだが、見るたびに楽しめる庭なのは分かる。


「もちろん。造園はアカネの専門なんだよ、実は」


 アカネはシヴァの武闘派の妻である。


「へぇ、すごいな。じゃ、このホテルの庭全部、アカネさんが計画して作ったってこと?」


「こっちの植物は分からねぇ所が多いから、みんなで協力して、だな。ここの屋敷を買い取って好き放題に改造したの、アカネが一番楽しんでたかも。仕事としてやってると、どうしても一から庭造りする所には中々立ち会えねぇし」


「え、雇われだったってこと?」


 意外だった。

 造園は金がかかるし、広い庭は貴族の庭ぐらいしかないので、アカネもいい所の出で趣味かと。


「そう。それがあっちでは普通だったんだよ。…それにしても、ニキータ、自由過ぎねぇ?」


 ニキータも露天風呂に来ており、仰向けになってお湯にぷかぷか浮き、かけ流しなので水流に乗って流されたりもしている。


「風呂好きなんだよ。最初に入って以来、ずっと一緒に入ってる。精霊獣の個々の性格もかなり様々っぽい。…あ、ロッソも来たか」


 翼を生やした金目真紅の猫型のロッソが飛んで来て、エアの肩に着地した。火の精霊獣なので温泉も好きらしい。


「スゲェ鮮やかな赤だよな。フェニックスの神獣カーマインよりは落ち着いた色だけど」


「それってかなり眩しいんじゃ…」


「ああ、そんな感じ。神獣は魔力もかなり多いしな」


 ロッソは翼をしまうと前足を伸ばして湯の温度を確かめ、するりとお湯に入り、犬かき…ではなく、猫かきして泳いだ。浸からないのか。


 ゆっくりと温泉を楽しんだ後、エアは甚平を着て、大浴場を出てすぐのロビーに出ると、待っていた従業員に果実水を渡された。有り難く頂く。シヴァはまだ風呂だ。

 ニキータとロッソも一緒だったので、どうしたものかと迷う従業員に、エアは収納から木のお椀を出して渡した。


「こっちに入れてやって。新しく仲間になったロッソも普通に人間の食べ物を飲み食いするから」


「はい。かしこまりました!」


 すぐに果実水を入れて戻って来たので、エアは小さいテーブルを出して、そこにニキータとロッソを下ろし、お椀もそこに置いてもらった。

 他の客も飲み食いするテーブルに下ろすのは、いくら精霊獣とはいえ、何か嫌だったので。


 その後、部屋に戻ったエアだが、ソファーでゴロゴロしているニキータとロッソを見て、ふと、精霊獣たちはどこで寝るのか、疑問に思った。


「お前たちってどこで寝るんだ?今までニキータやロビンは一緒のベッドで寝てたけど、六体…いや、ロビンはアイリスと寝てるから五体か。一緒に寝るのはさすがに狭いだろ。こんなに広い部屋なんだし好きな所で寝ればいいぞ。それとも精霊石に入る?…え、嫌なんだ?」


 精霊石で休むと回復するそうだから、てっきり快適な環境なのかとエアは思っていた。


「別に疲れてないし、外にいる方が楽しいから?…そっか」


 ニキータとロッソはこくりと頷いた。楽しいらしい。

 契約しないと精霊は人間と関われないそうだから、何もかも新鮮なのか。

 ふと視線を感じで窓に目をやると、シエロ、ルーチェ、クラウンが覗いていた。


「もう、いいのか?…って入れない?」


 普通の部屋の窓や壁なら素通りする精霊獣だが、ここは部屋にも結界が張ってあるらしい。本当に万全のセキュリティだ。

 中からなら窓は開けることが出来るので、開けて入れてやった。


 窓は大きい窓で扉にもなっており、バルコニーに出れる。

 ガーデンチェアセットが置いてあり、ここでお茶することも出来るらしい。ここの景色は屋敷の裏側で、池と林が見える中々の景色だった。

 周辺の屋敷なんてまるでないように見えるが、この周辺の屋敷は建物は敷地の真ん中辺りなので、ここからは他家の建物が見えないだけだった。

 エアは空からも見たので貴族の屋敷ってどれだけ広いんだ…と最初は唖然としたものだが、今日で四日目ともなると、さすがに慣れて来た。



 シエロ、ルーチェ、クラウンに果実水を出してやる。

 何かと使えるのでたくさん買ってある木のお椀だが、中身が減って来ると軽いので少し飲み難いようだ。見た目的にも白い食器か強化ガラスの食器の方が中身が映える。


 ここはラーヤナ国王都フォボスなので、市場の品も大量に集まって来る。明日にでも買いに行こうか。まだ、ほんの少ししか覗いてなかった。本当に『遊べる楽しむホテル』なので。


【お兄ちゃん、今、いい?】


 そこに、アイリスから連絡が入った。すっかり『お兄ちゃん』呼びで中々直らない。


「ああ。戻ってるぞ、ホテルの部屋に」


【もう?じゃ、夜ご飯、一緒に食べよっか。こっちに来る?海にいるけど】


「分かった。もう少ししたら行く。精霊獣、四体増えたから地下だと尚更物珍しいだろうし」


【よ、四体も?どうするの、そんなに】


「もちろん、ダンジョンで手伝ってもらう。属性特化な精霊獣は何かとお役立ちだから。もうこれ以上はいいけどな。…あ、ロビンに作ってもらってロッソに焼いてもらえばいいのか。海ならちょうどいい」


 土の精霊獣のロビンだ。エアより余程、使える魔法が多いし、器用でもある。


【何を?】


「精霊獣たちの専用食器の話。木のお椀だと軽くて飲み食いし難いみたいだから。海にガラスや陶磁器の素材があるんだよ。それより、アイリス、用件はそれだけ?」


【うん。どうしてるかと思って。影転移の距離が伸びたって言ってたから早く戻って来るとは思ってたけど】


「ああ。もっと簡単に行き来出来るようになったぞ。ニキータと協力すると更に距離が伸びることが分かったし」


【へぇ!それはすごいね】


「だから、ここから地下の海へもダイレクトで行ける。いや、もうおれだけでも大丈夫か。まだ行ったことがない所は無理だけどな」


 じゃ、また後で、と通話を終了し、シエロたちが果実水を飲み終わると、エアは海へ行く前に食堂へ行って、にゃーこに小さめの木箱を渡した。差し入れようと詰め替えておいたのである。


「『三つ頭大雷魚みつあたまだいらいぎょ』の肉だ。従業員たちへの差し入れ。どうやって食っても美味いから」


「にゃー!」


 にゃーこは小柄な人間サイズの猫型もふもふゴーレムで知能も個性もあるが、言葉は話せずにゃーだった。頭を下げてのにゃーは意味が分かり易い。


「どういたしまして」


 またたくさん手に入れて来たので、この美味しさを知って欲しい、というのもあった。イレギュラーボスだし、聞いたこともない魔物なので、さぞ珍しいだろう。

 シヴァには装備を作ってもらった時に、とっくに渡してあった。ラウンドドラゴン肉も。


 では、と精霊獣たちを連れて海へと影転移した。

 転移魔法陣で繋いであるが、事故のないよう特定の場所限定で、転移魔法陣部屋の管理もしっかりしてあるので、影転移の方が遥かに速い。

 もちろん、シヴァの許可はもらっている。


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