101 何か越えちゃってる感じ?

 緑目夜色子猫型影の精霊獣のニキータは、手足の力をだらんと抜いて寝ており、しかし、それでもエアの肩から落ちなかった。

 金目金茶トラ猫型土の精霊獣のロビンは、アイリスの肩の上で少し警戒している感じでじーっと周囲を見ていた。

 同じ猫型精霊獣でも性格が違い過ぎるらしい。


 宿の部屋に到着してお茶してから、アイリスは思い出したかのように口を開いた。


「そういえば、お兄ちゃん、ダンジョンボスは倒せたんだよね?」


「何とかな。今までで一番強いボスだった。タフ過ぎるし、中々ダメージを与えられないし、再生するし、で」


「え、ドラゴンだったとか?」


窮奇きゅうきという角の生えた黒青いトラに翼が付いた遠い異国の魔物。…あ、そういや、報告書を書いてなかった」


「報告書?」


「シヴァの依頼。義手のモニターもだけど、ダンジョンで変わったことがあったら報告して欲しいって言われてるんだよ。この前、ちょっと話しただろ。想定外の攻撃して倒した場合のドロップ品の検証」


 ダンジョンエラーの説明が面倒なので、簡略にそう説明した。


「うん、覚えてる。シヴァさん、ダンジョンの研究をしてるの?」


「さぁ?人によってドロップが結構変わるみたいだから、その辺を知りたいみたいだけど、ダンジョン自体の研究とはまた違ってそう。…さて、忘れないうちに書こう」


 エアは筆記用具を出して書き始めた。


「そんなに細かく?」


「シヴァならやらないことを、おれはやってるようなんで。今回は狙ったワケじゃないけどな」


 エアの予想外にダメージを与えられず、再生する速度も速かったので、手数を増やしまくることになった。


「すっごい大変だった?」


「ああ。ドロップが出た後、二時間ぐらい眠った程。【回復リング】で常に回復し続けてても、精神的疲労はどうにもならなかったワケだ。影魔法のおかげで休憩出来たし、気持ちに余裕はあったつもりだったんだけどな。…ああ、【高速思考】【並列思考】の弊害もあるのかも」


 通常思考より、脳味噌を使うのだから、かなり疲労して当然か。


「何?スキル?」


「そう。いくら速く動けたとしても、脳味噌の認識や思考が追い付かないと意味ないだろ。【並列思考】はその派生で、同時に他事を考えられるから属性違いの魔法を同時に発動出来たり、手数を多く出来たり、だな。今も話しながらでも報告書が書けるのは、【高速思考】【並列思考】のおかげ」


「…何となくしか分からないけど、何か越えちゃってる感じ?」


「その認識で合ってると思う。窮奇きゅうきを倒すまで半日ぐらいかかったような感覚だったけど、実際は一時間程度だったしな。高速戦闘はそれ程、濃密ってことだ。ダンジョンのレベルとしては、あのダンジョンボスがいるだけで上級でいいんじゃないかと」


「……お兄ちゃんでもギリギリだったって感じ?」


「いや?無理なら影転移で撤退して仕切り直したけど、つけ込む隙はあったし。ちなみに、対価労働は終わったからシヴァから報酬が出るんだけど、もうとっくに欲しい物は手に入れてるから悩む所で。アイリス、何か欲しい物は?」


「希望の物をくれるってこと?」


「そう。アイリスの理想通りの旦那、とかだと無理だろうけど。…あ、ゴーレムなら可能なのか?」


 離婚して間もないアイリスだ。傷心を癒やすのは新しい恋だろう。


「…ゴーレムって。旦那自体、いらないよ。しばらくは。でも、すっごい破格だね。にゃーこやの店長に欲しい物を頼めるって。限度はあるの?」


「なし。それだけ難しいことなんだよ。何かあるのか?」


「そりゃあ…って、物欲は満たしまくってるし、美味しい物も便利な魔道具やマジックアイテムもお兄ちゃんがくれるから、思い付かない…あ、職場?安全に働けて給料もそこそこよくて、休みもちゃんとしてる所」


「アイリス。もう働かなくてもいいって分かってる?」


「分かってるけど、旅して回った後は落ち着きたいし、それなら仕事したいよ。それ言ったらお兄ちゃんだってそうじゃん」


「まぁな。でも、シヴァに職場紹介を頼むのは嫌な予感しかしない」


「そう?いくら何でも、無茶振りはしないと思うけど」


「それは信用し過ぎだろ。ロビンの護衛付きだから大丈夫、と女目線で観光スポットとかオススメの料理とか調べさせられそうだぞ?国をまたぐ程の長距離転移が使えるから、ものすごく離れた街…いや、国に一人で放り出される、とかありそう」


「…えーと、それのメリットは何?」


「シヴァ、愛妻家だから、奥さんが喜べばそれでいい。男が入れない所に付き添い、なんていらなさそうだしな。ドラゴンスレイヤーだし」


「……はい?」


「簡単に言えば、規格外のシヴァの奥さんもまた規格外」


「よく分かりました!…あ、じゃ、他の国に連れて行って欲しいって頼むのもありなんじゃない?」


「この国を回った後なら、それもありだろうけどな」


「それもそっか。…あ、そうだ。長距離の転移魔法を使えるようにして下さい、というのは?」


「影転移が使えるのに?似たような法則なら、相当訓練と熟練度が必要だし、転移ポイントがない所に転移出来ないって。シヴァに連れて行ってもらって、転移ポイントを置いたとしても、自分が使える範囲より長距離過ぎれば影転移は出来ないしな」


「よく分からないけど、難しいんだね。さすが、伝説の魔法。…あ、伝説で思い付いたけど、マジックバッグを作れるようにして下さい、っていうのは?冒険者を引退した後、かなり稼げるよ!」


「もう作れる」


「……へ?」


「容量は小さいけどな。前回、『一般常識』な知識が欲しいと頼んだら、シヴァが集めた知識や開発、改良した物、開発中の物の情報まで入ったアーティファクトも遥かにしのぎそうな、ものすごい物をもらったんだよ。『どこが一般常識?』とツッコミを入れることまで忘れたぐらいにすごくて、錬金術で上手く行かない所を質問すると、その対策方法がズラズラ出たりするんで、上達も早かったワケだ」


「…ということは、商売の種もわんさか詰まってるってこと?」


「そうだけど、面倒過ぎてやらないな。にゃーこやが今までの商売でどれだけ強盗がわんさか来たか、その対策とその後は…という情報まで入ってたし」


「噂だけじゃなかったんだね…でも、財産とも言えるそんな貴重な知識や情報が詰まった物をくれるって、お兄ちゃん、信用され過ぎじゃない?」


「悪用しようがないのもあるんだろ。大半は理解不能で作れない物ばかりだしな。それに、おれは『可能性の塊』で色々出来るようになればいい、とか言ってたから、おれが何を選んでどう学習して何をするのか、も見たいんだろ」


「期待されてるんだね。まぁ、お兄ちゃん、頭いいから当然か」


「いや、買いかぶり。全然、理解不能なことばっかりだって。物心付いた頃から勉強してる連中とも差が付いてる。ちゃんとした地図も見たことがなく、他の国なんてかなりおぼろげな位置しか知らなかったし、この国の歴史すら有名なものぐらいしか知らないだろ?裕福じゃない平民は圧倒的に情報量が足りないんだよ」


「それは確かにね。…って、話がそれてるし。希望報酬は保留しといたら?」


「やっぱ、そうなるか。前回も散々保留にした末だったんだけど」


 アイリスも思い付かないのなら仕方ない。


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