102 こら、勝手に魔力を持って行こうとするな

 エアが報告書を書き上げて、一抱えもある窮奇きゅうきの大きい魔石をベッドの上に出してから連絡すると、


【はぁっ?】


とシヴァは珍しく驚いた声を上げた。

 すぐ扉からノックの音がする。

 気配を探るまでもなくシヴァだ。アイリスに気遣ったのだろう。

 いい?と一応、アイリスに訊いてから、エアは扉を開いてシヴァを中へと通す。


「初めまして。そこそこ話は聞いてるだろうから省略。シヴァだ。君のお兄さんはとんでもなさ過ぎだな…」


 シヴァはまずアイリスに挨拶する。


「そう、なんですか?やっぱり。そこまで簡単なことじゃないですよね?どれもこれも」


「その通り。魔石はもらっていいんだな?」


「もちろん。どうしようもないし」


 はい、とエアは書き上げたばかりの報告書も渡す。

 魔石を収納すると足りない椅子はシヴァが自分で出して座り、さっと報告書に目を通した。


「攻略させるつもりはなかった、という推測は正しいだろうな。ダンジョンコアの意志ではなく、かつてのダンジョンマスターが。…ってこら、勝手に魔力を持って行こうとするな」


 何か狙ってるな、と思ったらニキータとロビンがシヴァに跳び付いた。

 ぶわっと局所的な風で弾かれたが、シヴァがやったものだろう。


「…すごい懐かれてますね」


「精霊獣は魔力が主食だから魔力が多い人が好きって感じ?」


「多分。でも、おれの魔力を与え過ぎると、自動的に契約解除になっておれの使い魔になっちまうから。まぁ、また解除して契約を元通りに結び直すことは出来るけど、面倒だし」


「へぇ、そうなんだ。…え、そうなの?みたいな顔してるけど」


 ニキータとロビン、精霊獣たちは小首を傾げていた。


「精霊自身はよく分かってねぇんだよ。それにしても、精霊獣を召喚するドロップアイテムが出るのか」


 アイリスのペンダントとエアの右手のバングルを見ながら、シヴァがそう言った。鑑定したらしい。


「知らなかったんだ?いや、おれも限定したワケじゃなく、

 『若い女が連れていてもおかしくなくて、こっそり護衛もしてくれる戦闘力を持った何か。護衛対象の魔力で動くものじゃなく、魔石か何かで出来るもの』

 という曖昧な希望だったんだけど。

 で、そっちの金茶トラ猫の姿のロビンが召喚出来るペンダントがドロップした」


 見事、希望通りだった。


「それもやっぱり『三つ頭大雷魚みつあたまだいらいぎょ』?」


「いや、29階のイレギュラーボス。フロストドラゴンのエラードロップ。…あ、追加の報告書はまだ渡してなかったっけ」


 二ヶ月ダンジョンに潜っていたので忘れていた。

 フロストドラゴンはその名の通り、氷で出来たドラゴンですぐ再生するから倒し難かったのだが、根気よく色々やって倒してみたらエラーになった。


 何の対策もしてないのなら息まで凍るマイナス30℃の世界なのに、それより凍らせる温度がゆるいブレスはまったく意味がなく、熱湯を全身にぶっかけたらたちまち凍り付き、行動不能になった所を砕いた。

 人選、ならぬ、魔物選びミス過ぎだった。「え?倒せたの?」とエアまで呆然としたぐらいだ。


 そして、ロビンを召喚する【精霊獣のペンダント】を手に入れたのである。もう一つのドロップはフロストドラゴンの肉だ!


「…おいおい、どれだけ倒してるんだよ…」


「おかげで、シヴァに頼む物を思い付かないから保留で。…あ、おすそ分け。フロストドラゴン肉」


「そりゃどうも。って、肉のドロップも希望したんだな?」


「当然。ランクの高い魔物肉は美味しいって知ってるし。29階は当分、行きたくないけど。踏破するまで一ヶ月かかったし、過酷過ぎた」


「Sランクばっかりとか?」


「多分。よく分からないのもいたし、おれの鑑定じゃそこまで分からなかった」


 どこで手に入れた魔石なのか、までは必死だったので分からないが、Sランクの魔石も大量に手に入れてるので、多分、Sランクばかりだったのだろう。

 エアの錬金術のレベルもSランク魔石が使えるまで行ってないし、持て余してるので、シヴァにあげた。

 高性能多機能ツール【タブレット】に比べたら、かなりささやかだが。

 大きい魔石ばかりなので、出す端からシヴァが収納して行く。


「さっきも言ったけど、確実にダンジョン攻略させる気なかったという裏付けが取れた感じだな。エグいフロア過ぎ。マイナス30℃という極寒環境だけでも酷いのに、Sランク魔物ばっかり、とは」


「極寒対策装備とマジックテントがあっても、影の中に潜れなければ、踏破は無理だったと思う。結界の魔道具もないよりマシ程度で、何か食べ物を出した端から凍り付くぐらいだったし。ああ、時間停止収納も必要か」


 今後の参考に、と色々試してみたワケだ。極寒フロアで飲み食いが出来ないため、エアは影の中に一々潜って飲み食いしていた。


「…どれだけ厳しい環境なの…」


 そこまで、環境自体が厳しいフロアがあるとアイリスは思ってなかったらしい。


「他のダンジョンで後半雪で埋まってるフロアもあったぞ」


「…何それ。どうやって進むんだ?」


「収納した」


「全部?」


「通る分だけ。魔物の動きで探ろうにもいないし、方向感覚を狂わせる意味もあったんじゃないかな。何の目印もないと探知魔法も役立たずだし、結局、相当な量を収納した」


「地道が一番ってことか。その場合、【地図】スキルも役立たずになりそう?」


「だろ。全体でどこにいるかの位置は分かっても、階段が雪で埋まってると認識出来なかった」


「なんて厄介な。近くの国?」


 聞いたことがないので、他国だろう。


「ザイル国クラヴィスダンジョン。もう変わってるけど」


 ここエイブル国からかなり遠い北国だった。


「それはよかった。土で埋まってるフロアとかもあるのか?」


「さぁ?まだ遭遇したことがないだけかもしれねぇし。海中のダンジョンはあったぞ。山ダンジョンみたいに区切りがなくて、全部、海の中」


「…それって相当厳しいな」


 地上と同じように動けないというだけで、かなり厳しくなる上、武器や魔法も制限されることだろう。


「海を越えた大陸の側だけどな」


 そんなに遠くにもダンジョンがあるらしい。


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