096 護衛はにゃーと鳴く使い魔 ―アイリスside―
「ああ、やっぱりね!お兄さんが来たから、もうダメだと思ったわよ!」
「アイリスちゃん、逃げ場がなかったから、何だか自分を誤魔化してたみたいだしね」
「ヘンリーボロボロ?」
「さぁ?帰ってるの?去勢されてても驚かないかも。絶対、ヘンリーって浮気か入れ込んでる商売女がいるわよ。行商やってる他の所だってこうも不在になんてしないし」
「やっとやっと、解放されたんだ!アイリスちゃん!」
「執着だけは一人前のクソ野郎が、なっかなか手放さなかったしなぁ」
「アホ野郎が不在勝ちだったのって、アイリスちゃんの純粋さが眩しくてって感じ?」
「少女趣味ってからかわれまくったのもあるんじゃないのか?年より更に若く見えるし」
「アイリスちゃん、会頭たちに気に入られてたから、これ幸い、だったんじゃないか」
「噂では、あのクズ、気に入りの商売女がいて貢いでたらしいぜ。結婚する前からの」
「…はぁっ?結婚したなら精算しろよ!いや、そんな状況で結婚すんなよ!」
「それにしても、アイリスちゃんのお兄さん、容赦ないって噂だけど、まさか、捕まるようなことはしない、よな?」
「案外、荒事素人なんざ相手にしないんじゃね?お兄さん、あの若さでCランクだろ。本気出したらとばっちりで街が壊滅するかも」
「…そこまですごいのか?Cランクって」
「人にもよるだろうけどな。ソロでCランクって相当の実力者じゃないとなれないって。『Cランク魔物をパーティで討伐出来る』がCランクの基準なんだぞ?」
「…っていうか、お兄さん、絡んで来たバカ三人、投げ飛ばして埋めた人だろ…女冒険者たちから『王子』呼ばわりされてて」
「あ、埋めたって言っても、どっかから出して、親切にも警備隊の詰め所の前に放り出してあった、ってヤツか」
「……既に実力者だと証明してるな」
誰かがバラしたのか、前から気になっていたのか、アッという間にアイリスとヘンリーが離婚したのは広まった。
役所で目撃されたのを最後に、アイリスを見かけなくなったことで、推測した情報も混じっているのかもしれない。
イルーオの街からスールヤの街までヘンリーが帰って来ると、仕事を放り出して従業員たちが詰め寄ったことも噂を増長させた。
責任感の強いアイリスが従業員たちに一言もなく辞め、家にもいないことから、ヘンリーの命令でアイリスが追い出されたのだと誤解していたのだが、身から出た錆である。事実も大差ない。
「アイリスちゃん、あんなに働いてたのに、従業員の中でも下から数えた方が早い程、安い給料でこき使われてた、だと?持ち出しも多くて?」
「その上、ロクに生活費をもらえてなかったって…」
「そりゃ逃げるわ」
「ちょっとおかしいと思ってたのよね。若い女の子が新しい服とか髪飾りとか全然買わないし、食べ物も値切ってたし」
「もっと早く助けてあげればよかった…」
「カーデナル商会の会頭、人の良さそうな顔してても、中身は鬼か…」
「従業員たちも見限って辞めてるってさ」
「ここまで悪評が広まったら、商売を続けて行けないだろうしなぁ」
「そういや、会頭の奥さんはアイリスちゃんの安い給料のことを全然知らなかったらしくて、商業ギルドで会頭に怒ってアイリスちゃんの口座にかなりの額を入れさせたって話だよ。奥さん、可愛がってたからな…」
「会頭夫婦も離婚するんじゃないのか、これ」
「酷い裏切りだしなぁ」
「酒飲んでそのジジイがボヤいてたそうだけど、あのバカじゃアイリスちゃんにいずれ捨てられるって思ってて、出て行けないようにしたかったらしいぞ。金がなければ家を出ることも出来ないからって」
「その通りになったってことは、先見の明はあったってことか」
「いや、普通はそこでバカ息子の教育をやり直すだろ」
「バカ過ぎて無理だったんじゃね?バカ息子が生活費をロクに渡さなかったから、アイリスちゃん、かなり生活が苦しかったワケだし。親子揃って最低だな!」
「バカが不在勝ちなのを知ってるのに、アイリスちゃんに『子供はまだ?』攻撃してたおばさん連中も最低だけどな」
「子供が出来れば、バカも寄り付くかも、とか思ってたのかもよ。そんなワケないのに」
「だいたい、お兄さんも来るの遅いって。しばらく、音沙汰なかったらしいけど、遠くまで行ってたのか?」
「大怪我して死にかけてたらしいぞ。冒険者だし」
「……そりゃ来たくても来れないな」
「え?あれ?アイリスちゃんのお兄さん、すごい強いって噂があるけど、それでも死にかけたってこと?」
「逆だろ。死にかけたから鍛えた、んじゃないかな?」
「お兄さんがソロなのは、その大怪我で仲間に捨てられたんじゃないのか?」
「…兄妹揃って、運がいいのか悪いのか」
「難しい所だよな」
そんな噂話をよそに噂の当事者たるアイリスとその兄のエアは、旅を楽しんで…いなかった。
キーラの街の温泉を楽しんだ後、ビアラークダンジョン攻略が後一歩だったエアが、ダンジョンに戻ったからである。
一緒に潜るワケにも行かないアイリスは、宿で留守番になると思っていたが、留守番ではなく出歩くのは自由で護衛を付けられた。
しかし、冒険者でも人間でもなかった。
猫である。
金茶色で金目のトラ猫。
日に当たると金色でキレイな猫なのだが……。
「ただの猫にしか見えないんだけどなぁ。人懐こいし」
頭を撫でると、その手にすりすりと頭をこすりつける。
触り心地といい、行動といい、にゃーと鳴くし、こんなに猫っぽくても使い魔、だそうだ。
『魔』と付いているが、魔物ではなく、召喚した精霊獣で、姿を消して護衛することも出来るのだとか。
風呂に猫を連れて行くのは不自然なので、その時は姿を消しての護衛になる。
こんな色んな状況に対応出来る護衛を用意している所からして、兄は用意周到過ぎる。
戦闘力もかなりすごいらしいが、発揮される機会がないことを祈るばかりだった。
可愛い猫に見える方が癒やされるので。
ロビンと兄に名付けられた使い魔は、この先もアイリスと一緒に行動することになるらしい。
「よろしくね!ロビン」
「にゃ」
言葉が分かる猫…いや、使い魔とは、いい関係でいられそうだった。
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