091 帰れっ!商売敵めっ!

 何やら温かい?

 季節も温度も環境もバラバラなダンジョンに二ヶ月も潜っていたし、直前は極寒地獄(装備のおかげで実感が薄く多分)だったので、エアはうっかり失念していたが、季節はすっかり初夏だった。

 通常装備では暑いので、【チェンジ】でもう少し涼しい装備に着替えた。


 まずは腹ごしらえ、とエアは市場へ行って食べ歩く。季節の野菜も出ていて自分以外の料理も久々で新鮮だった。

 そして、消耗品と足りない食材を買い足し、武器のメンテに鍛冶工房へ。この街で行くのは初めてだが、どんな腕前だろうか。


「…はぁ?これのどこをメンテしろと?」


 使用頻度が高かった方天戟ほうてんげきとショートソードを見せた所、鍛冶師に不思議そうに返された。


「素人メンテだけど、合格ってこと?」


 マルチツールの【タブレット】に、錬金術での武器や装備のメンテナンス方法も載っていたので、やっていたが、欠けやひっかかりはなく切れ味はよくなってもこれでいいのか、耐久性を落としてないのか、がよく分からなかったのだ。

 ダンジョンにこもってる時にいつの間にか【鑑定】スキルまで生えたが、まだ熟練度が低いし、【鑑定モノクル】はそこまで分からないので。


「お前がやったのか?鍛冶スキルを持ってて?」


「錬金術で」


「帰れっ!商売敵めっ!」


 合格だったらしい。

 装備の破損も錬金術で直していたが、これで万全!という自信がない。

 この辺も詳しく勉強した方がいいのかもしれない。


 この後、エアは冒険者ギルドに行き、後納品でもいい依頼のいくつかを達成した。

 Cランクだとかなり余裕があって三ヶ月以内だが、一定期間、怪我や病気といったやむを得ない事情がない限り、依頼を受けない場合は降格になるのである。一番下のFランクは取り消しだ。



 さて、いい加減、アイリスに心配かけているようなので、エアは物陰からスールヤの街に影転移した。もう馬車で二日程度の距離は一回で行ける。そのぐらい中々のハードさだったのだ。


「あーもうっ!やっと来た!お兄ちゃん、超久しぶり!お疲れ!」


 カーデナル商会に顔を出すと、待ち構えていたアイリスにトゲトゲしい挨拶をされてしまった。とうに『兄さん』呼びはリセットされてるらしい。


「連絡はしてただろ」


「連絡だけしてればいいと思ってもらっても困ります~。…何か痩せた?また」


「中々のハードさだったんで。しっかり食ってたけどな」


 いつものように奥の応接に通された。

 エアはさっさとアイリスの収納に、日持ちしない物や料理、使えそうなアイテム、財産価値のある物を放り込んで行く。


「え、ゴールデンクイーンビーの蜂蜜って……超高級品じゃん…」


 【チェンジ】の魔法を覚えていると、脳内リストに表示されるので、取り出さなくても何が入っているか分かる。


「噂になってただけあり、かなーり美味いぞ。それだけしんどいフロアだったけどな。でかい魔法を連発して狩りまくった。花畑フロアでアロマオイル各種もたくさん」


 ドロップを拾っているうちに魔物がわらわらと集まって来るので、一旦、影収納に全部しまって移動していた。広範囲収納は影収納に限る。実体がある物の下には必ず影が出来るのだから。


「…何階まで行ったの?」


 そういった情報は心配かけるので言ってなかった。


「30階まで。後はダンジョンボスのみ」


「…お兄ちゃんってさ…本当に強いんだね…」


「前より更に強い。着々と強くなりながら降りて行くからな。Sランクの魔物じゃないのか、これ、と思いつつ、倒さないと進めないから何とかして。今回は下層のドロップ品ばかりだから、食材以外は渡せない」


 高額な値段が付くドロップ品を置いても、雑貨屋では売れないし、偽物だと思われるのがオチだ。本物だとバレても強盗が来るだけだろう。


「もちろん、お兄ちゃんの好きにしなよ。美味しい食材は欲しいけど、もうとっくに多過ぎだからね!」


「あって困るもんでもないだろ。…そうそう、錬金術がまぁまぁ使えるようになったから作ってみた。耐熱強化ガラスのマグカップ。六個セットで。熱い飲み物を入れても大丈夫」


 タブレットで調べてみた所、色を入れて模様を入れるやり方も載っており、素材もあったので作ってみた。

 最近、作った物なので現時点では一番出来がいいものだ。


「ありがとう。オシャレ。こんな色付きの模様が入ってるのって高いんじゃないの?」


「技術料が高い。錬金術だと何度もやり直せるけど、あまり薄いと割れるし、作り立ては温度変化に弱くて割れる」


「そうなんだ。そもそも錬金術を使える人自体がすごく少ないけどね。お兄ちゃん、副業で売るとか?」


「ないない。まったく割が合わないって。いい加減、保存瓶が手に入らなくて、いっそ作ってしまえば、だったり。カップはついで」


「…ついでなのね。何をそんなに保存してるの?食品だけじゃなくて?」


「素材も。細かい物もあるしな。一目で分かる方がいいだろ」


「まぁね」


 そこで、店員がノックをしてお茶とクッキーを持って来た。




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新作☆「番外編58 新しい風を運ぶさすらいの修理屋」

https://kakuyomu.jp/works/16817330656939142104/episodes/16818093082087156009

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