036 朝食には焼き立てパン

「実家に帰ろうとは思わないの?」


 レティがそう訊く。やはり、性格的に無神経らしい。

 素性や家族についての質問は嫌がる冒険者も多いのに、知らないのだろうか。

 まぁ、エアはこのぐらいで怒らないが。


「もうない」


「…ごめん」


「よくある話だ」


 雇われ商人だった父は行商に行って亡くなり、母は色々仕事のかけ持ちをしつつ、三人の子供を養っていたが、無理がたたって病気にかかり亡くなった。

 その時、兄は十二歳、エアは十歳、妹は九歳。


 住んでいた小さな村で家財を売って近くの街へ行き、兄は冒険者になったが、弟妹たちを食べさせる程には稼げず、やがて、行方不明。

 エアと妹も住み込みで働いたが、役立たずな子供だとののしられながらこき使われた。

 一年ぐらい我慢したが、妹が売られそうになったのを機にエアが連れ出して出奔。


 そこそこ大きいスールヤの街まで行って、兄妹二人で雑用しながら食いつなぎ、エアが十二歳で冒険者になった時に妹は食堂のおばさんに気に入られ、小さな看板娘として働いていた。

 その時にエアも妹と一緒に住み込みさせてくれただけじゃなく、雑用仕事までくれた。今でも感謝している。


 二年前、妹は十五歳で成人してすぐに嫁に行った。

 相手は食堂の常連客で割と裕福な商家の跡取り息子。敵も多いし、エアのせいで妹の立場がなくなるのも嫌だと街を離れ、少々疎遠になっている。


 結婚のお祝いが出来ただけでもよかったと思う。

 妹は優しい子だったので心配しているかもしれない。

 手紙を送ればよかったが、中々金銭面での余裕がなかった。近いうちに生存報告を兼ねて送ってみるか。

 距離があればある程、届くかどうかは運次第になってしまうが、エアがスールヤの街に行くまで、まだまだ時間はかかるだろうから。


 兄はもう多分、亡くなっている。

 今ならよく分かるが、あんな貧弱な装備で、ロクに戦い方も知らないガリガリな子供が生き残れる程、冒険者は甘くはない。


 エアは運がよかった。

 積極的に雑用仕事をしていたおかげで、戦い方を教えてくれる冒険者とも知り合い、剣術の基礎を教えてもらったし、その時のエアに合うパーティも紹介してくれた。程なく違う街へ行ったが、元気だろうか。

 色々と助けてもらった人達も多く、どの人も気のいい人たちだった。


「あの…えっと…」


 エアが少し思い返しているうちも、レティは何を言おうか迷っていたらしい。


「妹は生きてるよ。二年前に結婚したんで疎遠になってるけど」


「…十八歳のエアの妹で二年前ってことは、十六歳以下で結婚?」


「十五歳で結婚した。ちょっとした食堂の評判の看板娘だったんで、兄の欲目を抜いても中々可愛いんじゃないかと。普通よりはちょっと早いかな」


 平民の女の結婚適齢期は二十歳前後。

 辺鄙な村程、早い傾向があるのは働き手を増やしたいからだろう。


「エアの妹なら可愛いと思う。お母さん似なの?」


「そう。苦しい時もあったけど、明るくて元気で。妹の方が料理は上手い。忙しくて痩せてた旦那さんを太らせるって言ってたけど、どうなったかな」


 エアは懐かしく思い出す。

 死にそうになった時は思い出さなかったのに、今、思い出すのは心に余裕が出来たからだろう。



 いい感じの所までパン生地をこねた所で、お湯を体温より少し低いぐらいにしてその鍋の上に網を置き、大きな葉で包んだパン生地を置いて温めて発酵させる。

 「乾燥したパンの種」で生のパンの種から作るより早く発酵するものの、まだ少し寒い時期なので手助けしてやらないと発酵が悪いのだ。


 その間にうどんの麺も打った。

 小麦粉と水と少しの塩、これだけのシンプル材料なのだが、美味しく作るにはコツがいる。コシを出すにはしっかりとこねないとならない。

 うどんだけじゃなく、パスタも乾燥させておけば、日持ちもするので時間がある時によく作る。



 パンのいい香りが漂う頃には、みんな起きて来た。

 朝食予定時間より早いのだが、匂いにあらがえなかったらしい。

 こうなるだろう、とかなり多目に作っていたので、焼き立てパンは半分ぐらい売った。

 街のパン屋の1.5倍の値段なのは良心的だろう。

 しばらく、周囲に街も村もないのだ。


「パン屋になってもやって行けるんじゃね?その時は毎日、買いに行くぞ」


「毎日はやめてやれって」


「エアがこうも料理上手だとはなぁ」


「普通の家庭料理だって。ブランクがあったけど、ダンジョンにこもってる時に、義手の訓練も兼ねてパンや料理を作ってたし」


 おかげで、料理を作る時はまったく自然に使えるが、動きが滑らか過ぎるので人前では気を付けないと、だ。


「ダンジョンで料理はヤバくない?魔物が集まって来て」


「そうならないような便利な魔道具がドロップしたんで。特にフィールドフロアは安全な場所と温かい料理がなかったら、全然進めないって。

 エレナーダは鉱物ダンジョンって言われるけど、フィールドではさすがに食材も出るし。調味料切れはどうしようもないし、食べ切れないのももったいないしで、適当な所でギルドに行ってたけど」


 だから、たびたび冒険者ギルドとダンジョンを往復したワケだ。保存食も作ったが。


「…そんなに深く潜ってたんだ?」


「ああ。ちょくちょく依頼を受けつつ、攻略したんでCランクなワケで」


「ソロで攻略ってものすごい快挙だろ。え、でも、聞いたことなかったんだけど」


「噂が色々出回ってて本当か嘘か分からなくなってるからだろ。手のひら返しもすごかったし」


 エアはあっさり答え、木いちごジャムを付けてパンを食べる。

 これは朝食だ。そういえば、この木いちごもダンジョンの森林フロアで採取したものだった。


「そっか」


「ソロの方が向いてたって言ってたけど、予想以上に超向いてたよな、それ」


「かつてのメンバーに足引っ張られてたんじゃないのか?」


「ああ。それは確実」


 冗談だと思ったらしく、スカヤたちは笑った。

 ゲラーチたちの悪い噂はいまだに流れているのだが、エアがその当事者とはまったく思っていないらしい。

 まぁ、教えた所でエアが思い返してムカつくだけなので、スルーしておいた。



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新作☆「番外編50 おっかめ~!はっ!ちっ!もーく!」

https://kakuyomu.jp/works/16817330656939142104/episodes/16818093078720484638

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