030 超高性能義手のモニターに

 エアの意識が戻った時、前と同じ快適なソファーに座っていた。


 視界の端に左手が目に入る。

 よく見る一般的な木の義手だ。

 指や手首の関節が曲がるようになっている、少しいいモデルである。

 指を曲げるには生身の右手で曲げる必要があるが、それが普通で……。


「…ええっ?」


 指が動いた。

 触っていないのに勝手に。

 左手があった時のように、動かそうと考えるまでもなく、軽く曲げたり伸ばしたり、手を開いたり握ったり、まるで生身の手のようにスムーズに動く。動作音がする、ということもない。


 手を返して手のひら側を上にしても、生身のようにスムーズに動く。

 右手で左手の義手を触ってみると、木の感触ではなく、指のように柔らかい。

 左手に右手が触っている感覚まである……。


「どう?」


「…驚いた。見かけは木なのに生身みたい…あ、体温まである?」


「それは錯覚。柔らかくしてあるだけ。木のように硬い、とイメージしてみろ」


 シヴァに言われた通りに、「左手は木のように硬い」とエアはイメージしてみた。


「本当に硬くなった…」


「思念操作だ。見かけは木の義手が基本、柔らかくて感触まで分かるタイプ。生身の手のようにも見せかけられる。防具にする時は盾をイメージ」


 エアが左袖を肘までまくってみると、義手は手首と接続してあるのではなく、前腕を覆うように装着してあった。

 前腕部分は生身に見えるようにしてあるらしい。


 今まで小型盾を取り付けていたようにイメージすると、前腕に盾が現れた!

 使っている小型盾と色も形もデザインも同じで、合金の銀色に筋が入っている所も同じ。義手が変化したとは思えない。木製義手に見える左手はそのままあるのだ。


 この盾はイメージ次第でもっと大きくすることも出来、左手全体を盾に変化させることも出来た。

 しかし、どんな仕組みなのか重さは生身と変わらない。


 マジックアイテムの義手兼盾でも盾スキルのシールドバッシュは使えるハズだとシヴァに言われ、試してみた所、まったく問題なくスキルが発動した。

 これだけでもかなりすごかったが、武器への変化は更に驚く程、種類が豊富だった。

 剣、槍、鞭、ロープのようにも使え、その場合は切り離すことも出来た。切り離した方は時間限定なので一時拘束だそうだが、これはかなり使える。


 それに、シャドーバレット。

 影の弾が大きさも数も色々変えられて飛ばせる。

 頑丈で知られるダンジョンの壁に簡単に穴が空く程の威力で。



 更に、影収納まで付いていた。

 出し入れは義手を大きくして手の中に包んで入れてもいいが、エアは【チェンジ】の魔法を覚えているので、触るだけで収納に入れることが出来、出す時も脳内でリスト化されるのでそこから選ぶだけだ。

 【チェンジ】は荷物やマジックバッグだけじゃなく、影収納や収納系スキルにも対応している、とシヴァから教わった。


「盗難防止でおれしか取り外せねぇようになってるから、遠慮なく洗ってくれ。濡れてもまったく問題ねぇから」


「分かった」


「あ、そうそう、彼女が出来たら身体の関係になる前におれに教えて。力加減がマズイかもしれねぇから」


「そんなに危険なものなのか?」


 エアに彼女を作る予定はまったくないが、一応、訊いてみる。

 この義手のマジックアイテムはかなり優秀で、生身の手のように力加減も出来るのに。


「義手の握力が強い以前に、大半の男は性欲に支配されると、女への気遣いなんかどっか行っちまうんだよ。女の身体も肌も繊細なのに。…と既婚者からの忠告」


 ……色々あったらしい。実感こもりまくりだ。


「…あ、うん、分かった」


 その後、左袖が二の腕から外せるジャケットとイヤーカフ型の通信のマジックアイテムももらった。

 義手のモニターなので連絡が取れないことには、と言われては拒否権はなかった。

 エアはイヤーカフは左の外耳に着ける。4mm幅のフープ型、銀色の合金で、そう目立たない。

 マジックアイテムを着けている冒険者が多いので、装飾品過多の人も多い、というのは除いても。



 シヴァと一緒にセーフティルームから出て、実戦で義手を試してみた所、思った以上に、どころか、唖然とするぐらいの優秀な義手だった。

 武器としても防具としても。


「反応速度もちょうどよかったか。遅れるようになったら言ってくれ。調整するから」


「分かった。…って、あぶなっ!」


 素早いトンボのような魔物がシヴァを狙っていた。そういえば、この男、丸腰で武器も防具も何もないのだ!


「何か危なかった?」


「…えーと」


 トンボの羽が切れ味抜群で要注意なのだが…そのハズなのだが、見もせず、左手の人差し指と親指でトンボの羽を掴んでいた。

 50cmはありそうなでかいトンボで何枚も羽があるのに、それだけで行動不能にしていた……。


「ほら、トドメ刺せ」


「…おう」


 ショートソードでトンボの胴体を切ると、すぐドロップに変わった。


「…ものすごく強いんだな…」


「鍛えてるしな。じゃ、頑張って。不具合はすぐに、改善点や使用感の報告はまとめて一ヶ月後ぐらいに」


「了解。……って消えるのか」


 にゃーこやの人が転移系魔法が使えるのは本当だった、ということか。

 改めて考えてみた所、現れた時は認識阻害か隠蔽だったのかも、と思ったのだが、まったく痕跡がない所からして。

 隠蔽だけなら、エアのよく聞こえる耳なら呼吸音、心臓の音が聞こえるのに、まるでなかった。


 色々と驚き過ぎて、この程度ではそんなに驚かなくなって来ていた。



 何だか夢見てるような気がするが、現に左手にはとんでもなく高性能な義手がある。

 木の義手に見せかけているが、生身に見えるようにも出来、黒い影のような手にも出来て、伸縮拡大縮小、長さも自由自在。


 いつもより戦い易い。

 剣モードの抜群の切れ味には震えた程だ。


 影属性のマジックアイテムらしく、魔法耐性が高い相手でも刃物モードなら物理なので無視出来る、とか。


 意味がよく分からないが、ズバズバ切れるのは確かだ。

 盾モードも本当かどうかは分からないが、ドラゴンブレスも防ぐらしい……。

 ここまで高性能な武器防具、果たしてDランク冒険者の自分に必要なのだろうか……。


 まさか、いずれはドラゴンを倒せということか?

 ソロで倒せる冒険者なんて、それこそ伝説の勇者や英雄ぐらいじゃないだろうか…。


 そこまでの強さを望まれているかどうかは分からないが、より強くなれるのは確かだった。




 エアガイツがエレナーダダンジョンをソロ攻略し、Cランク冒険者になったのは、それから一ヶ月後のことである。


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