024 結界内でも美味しい食事で和やかに

 結界を張って一時間程経つと、お昼時になった。

 バンディートヴェスパの大群はピークの時の半分ぐらいにはなったが、方々で魔物や人間と戦っているらしく、まだまだ狂乱状態で引き上げそうにない。


 そうなると、長期戦も覚悟してちゃんと腹ごしらえはしておきたいので、少しずつ結界の大きさを広げ、料理が出来るスペースを空けた。

 結果内でも空気は循環しているので、火を使う料理をしても問題ない。

 マズイ携帯食は全員が念のために持っているが、最終手段にしたいぐらいマズイので、出来る限り遠慮したいのだ。



 エアは料理作りを簡単にしようと、野菜をまとめて切ってあるが、自分の分だけなので、全然足りない。「閃光のイカヅチ」の五人分…いや、冒険者はよく食べるのでもう十人分は作った方がいい。

 日持ちする根菜を買い貯めているので食材は余裕で足りるが、鍋は小さ過ぎる。

 魔法使いのパルクに土魔法で大きな鍋と簡易かまどを作ってもらい、そこに水を入れて火にかけ、さっさと野菜を切って行く。

 土魔法は本当に便利で硬く固めれば、溶けて来ることもない。火にかけることで、より硬くなる。


 ちなみに、「閃光のイカヅチ」を始め、大半の冒険者に料理の腕前は期待してはいけない。食材も同じく。料理をしないので、携帯食以外はせいぜい干し肉と堅パンぐらいしか持っていないのだ。

 当然、エアのサービスではなく、食事代はもらう。


「おお~手際がいいなぁ。…片手で不便じゃない?」


 カイルスがちょっと気を遣った感じで、そう訊いて来た。


「もう慣れた」


「それはよかった。けどさぁ。正直、エアが怪我したの、おかしくない?超耳がいいし、カンもいいし、運動神経もかなりいいのに」


「多分、何か変なスキルか魔法を使われてた。左手を失う前の三ヶ月ぐらい、どんどん調子が悪くなって来てて。ロクに鍛錬してなかったのに、格段に腕が上がってたゲラーチのせいなのは確実。運の悪さも色々重なってたから、他にも何かのスキル持ちがいたのかもしれない」


「……は?呪われてたってこと?」


「さぁ?そんなに持続する呪いってあるんだ?」


 呪いの可能性も考えたことがあるエアだが、情報が少な過ぎた。


「対象を特定して、となると魔道具か特殊な加工した石か何かが必要だと思うが、おれも呪いは詳しくないし」


 魔法使いのパルクがそう答えた。


「ゲラーチって元パーティメンバーなのは分かるけど、どいつ?」


 面識はあってもその程度の認識だったらしく、デーヴがそう訊く。


「リーダーの長剣使い。メンバーと一緒にいる時だけか、おれ一人で動いてる時も調子が悪いのか、確かめようと思った時に怪我したワケで。証拠がないから問い詰めようがなく、逃げられてそのまま」


 エアは問答無用でゲラーチを殴るつもりだ。人前じゃなく、バレなければ問題ない。


「どう考えてもかなり怪しいだろ。鑑定スキル持ちに協力してもらったらどうだ?怪しいスキルか魔法がありそうだぞ」


「でも、人物鑑定出来るような上位の鑑定スキル持ちって中々…」


 デーヴとレイダルの言葉に、エアはその手があったか、と思った。

 持っている【鑑定モノクル】は人物鑑定も出来るのだ。鑑定アイテムとしても上位のものである。

 しかし……。


「鑑定して変なスキルや魔法があっても、それをおれに使った証拠はないし、そういったことを取り締まるルールもないだろ。かといって泣き寝入りなんかしないが」


 はっきりとは言わないが、「閃光のイカヅチ」も察したに違いない。

 エアは切った野菜を鍋に入れ、スープの素も入れた。量が多いのでスープの素も増やす。


「国によっては厄介な魔法やスキルを規制してるとは聞くけどな」


 やはり、完全に規制するのは難しいのだろう。


 野菜にもうすぐ火が通る、という所で、エアは乾燥パスタを出し、片手で半分に折って鍋に入れた。カサが増えたように見えるのと、食べ易くするためだ。

 そして、腸詰めを入れてから味見して、もう少し塩を入れて乾燥香草もパラリと入れて味を整えて出来上がり。


 各自フォークと皿ぐらいは持ってるので、出してもらってお玉でよそう。


「美味い!」


「普通に作ってるように見えたのに、全然、味が違う!」


「最後の何かの粉?みたいなのって調味料?」


「香草。香り付け。肉の臭み消しで使うこともあるけど、いい香りの方が美味しく感じるだろ?腸詰めは温める程度が一番美味いのに、グラグラ煮て味が抜けてパサパサになってから食べるからマズイ」


 食材はどれも入れるタイミングと量を間違うと、とんでもないものが出来上がるのだが、知らない人ばかりなのだ。国民性なのか、大ざっぱな人が多いのもあって。


「そうだったんだ…」


「他の調味料も何か入れてなかったか?」


「スープの素。携帯食が売ってる所の物じゃなく、肉屋のおやじが作ってるヤツ。肉屋の腸詰めは茹でてあって、その茹で汁はいい味が出てるんだけど、賄いや家庭でスープに使う程度じゃあまり減らず、捨てるのももったいないと保存出来るようスープにして水分抜いて粉にしててさ。今度は逆に料理屋に卸す程の量はないけど、早く行くと買える」


 エアは定期的に肉の納品をしているので、肉屋のおやじが作る時にスープの素も確保してもらっている。

 肉屋のおやじのおカミさんが水魔法が得意で、スープの素だけじゃなく、干し肉の作成も担当だった。肉屋のおやじは火魔法が得意で煮込み料理担当である。焦げ付かないよう絶妙な火加減が必要だ。


「よく見るスープの素とはまた違うんだ?」


「そう。こっちの方が美味くて安い。大量生産すると、それなりの場所も設備も必要になるだろうしな」


 その辺が値段の違いだろう。


「なぁ、エア、ウチの…」


「却下」


 何か言いかけたデーヴの言葉を、エアは聞かずにすぐに断った。


「まだ何にも言ってないぞ~」


「パーティの勧誘だろ。おれの素早さはソロじゃないと活かせないし、ドロップ率も同じくなんで」


「そうも違うのか?」


「格段に。パーシーさんと一緒に何度かダンジョンに潜ったけど、二人だけでもドロップ率はかなり落ちた。安全性は抜群だけどな」


「そう言われるとこれ以上誘えないだろ。残念だな。エアがいれば、フィールドフロアでも美味いもの食えると思ったのに」


「マズイ携帯食ばかりになるっていうのも、中々探索が進まない原因だよな~絶対」


「フィールドフロアで食材がドロップしても、ヘタクソな料理だと余計にガッカリするしな…」


 デーヴの言葉に、レイダル、カイルスがそんなことを言う。

 他のダンジョンでも色々あったらしい……。


「料理の腕を磨いてからダンジョンに潜ったら?基礎を知らずに適当にやってるからマズイモノしか出来ないんだと思うぞ。剣でも槍でも基礎が大事だろ」


 エアはそうすすめてみた。


「ごもっとも。じゃ、エア、ギルド経由で依頼を出したら受けてくれるか?食堂の料理人だと高レベル過ぎてまったくついて行けないだろうし、エアだと最低限揃える調理器具とかダンジョン向けの料理とかも教えてもらえるし」


「そのぐらいならいいぞ」


 ダンジョン内での実習もして欲しい、とのことで、報酬は結構高めにしてくれた。


 そんな風に和やかに過ごしているエアたちだが、結界の外は相変わらずバンディートヴェスパが我が物顔で飛び回り、獲物の悲鳴や最期の悪あがきで吠えたり、暴れたり、とうるさかった。

 防音機能は付いていない結界なのだが、遮断していることで多少はマシなこともある。


 そもそも、冒険者なので生死のはざまにいるのはいつものことだった。


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