023 話には聞いてたけど…凄まじいな

 西の森は静かだった。

 ダンジョンのフロアボス待ちをしていた冒険者たち以外の冒険者も先行して、森の中に入っているのだが、探知魔法、気配察知、風魔法での集音となると、静かに進まないとならない。


 エアたちの担当地域はヴェスパの大群が一番いそうな場所、斥候ヴェスパがいた辺りだ。

 フォレストモスラの斥候もこの近くで討伐したのだが、群れの方は要領よくさっさと逃げたらしく、死骸も争った形跡もない。


 エアが先頭で進むと、担当地域の手前、血抜きしていた場所のすぐ側に白骨死体が二体、転がっていた。大きい男サイズの白骨と小さい…多分、女。

 残った装備や服からして、あの駆け出しの二人組だ。

 エアの忠告をまったく利かず、かつ、攻撃したのだろう。木肌に焦げ跡が残っており、数匹のヴェスパの残骸が残っていた。


 自業自得だ。

 今を何とか乗り越えても、放火したぐらい考えなしだったので、遅かれ早かれだった。

 生きながら食われる程の罪があったかどうか、なんてエアは考えない。死に方なんて誰も選べないのだから。自殺以外は。


 白骨死体に聖水をかけてアンデッドにならないよう、処理をしようとした時。


 ブゥゥウウウウウウン……。

 ブゥゥウウウウウウン……。ブゥゥウウウウウウン……。

 ブゥゥウブウウウブガッ!ブウウン……。ブゥゥウブウウガチャッ!ウブブウウン……。ブゥゥウブウウウブブウウン……。


 遠くにたくさんの羽音が聞こえた。

 おそらく、何かを襲っている最中だ。移動しているのなら、そこそこ規則正しい音になるし、途中で違う音も聞こえない。


「北西方向、300mいや、500mに近いかもしれない。ヴェスパの大群が何かを襲ってる模様」


 ステータスが上がって、可聴範囲が更に広くなったことをエアはつい忘れていたので言い直す。


「じゃ、もう少し手前の方で生き残ってる連中を探さないとな」


 「閃光のイカヅチ」のリーダー…デーヴがそう判断を下す。

 冷たいようだが、もう間に合わないので、この対応しかなかった。

 少しでも迷って判断を間違ったのが、この目の前の白骨死体だ。

 それはこの場の誰もが分かっているので、さっさと切り替える。


「…!!魔力っ!…バカがっ!後から来た誰かが広範囲の攻撃魔法を使ったぞ!逃げろ!」


 魔力に敏感な魔法使いのパルクの言葉に、エアたちは一斉に走り出した。

 これはどんな魔物にも言えるが、攻撃されると荒ぶって凶暴になる。

 ヴェスパの場合は、更に仲間を呼ぶので被害範囲が広まってしまうのだ!


 広範囲魔法と言っても、ヴェスパの大群全匹を殲滅出来るワケがなく、どうしても取りこぼしが出る。

 そして、更なる大群のヴェスパに襲われるのだ。

 結界の魔道具を持っていたからこそ、何とか生き残った人が残した貴重な体験談がギルドの資料室の本にあった。


 いくら、身体強化をかけた人間でも、高速で飛ぶ魔物から逃げ切るのは難しいが、認知されていない今ならまだ間に合う!


 結局、白骨死体を見つけて探知を多少しただけで逃げ帰ることになってしまうが、命あっての物種ものだねだ。元々織り込み済みなので依頼放棄にも失敗にもならない。


 グワッァアアアア…ブァアアアアアア……ヴオオオオオオオオオ…!!


 もう何の音か分からない程の音が追いかけて来た。

 いや、状況から推測は付く。

 バンディートヴェスパの大群だ!

 エアたちの音や魔力に反応して追って来ているワケじゃなく、仲間を大量に殺されて怒っているのか迷走しているのだ!


「ダメだ!追い付かれる!ここで結界を張るからおれを中心に集まってくれ」


 耳のいいエアだからこそ、時間の猶予がないのを悟り、少し先で立ち止まり、即座に結界を張った。

 Bランクパーティで面識があるだけあり、エアの判断にまったく躊躇なく即座に従ってくれたからこそ、だった。


「何とか間に合うかと思ってたん……うっわーよかった!」


 斥候のレイダルが感想を言いかけて結界の外を見、顔をこわばらせる。


「はっやっ!もう、こんなに…」


 補助魔法使いのカイルスも驚いていた。


「もう十秒ぐらい判断が遅かったら捕まってたな…」


 落ち着いている槍使いのタレスも、さすがに顔をこわばらせた。


 一息く間もなく、緑光色の粒がパラパラと飛んで来たのだ!

 粒ではなく、ヴェスパである。あまりに羽の羽ばたき速度が速過ぎて胴体しか見えないため、粒のように見えるのだ。


 ヴェスパはどんどん数を増やして行く。


「デーヴ、魔石を持ってるよな?Cランクの」


 エアは今のうちにリーダーのデーヴに確認しておいた。余裕はあればあった方がいいので。


「ああ、たっぷり。魔石を使うタイプの結界の魔道具か」


「そう。念のため。魔石一個で二日以上は余裕で保つハズだけど、この大きさでダメージを受けながらだと持続時間が短くなるだろうし」


 冒険者ギルドも犠牲を減らしたいので、救援に出向く冒険者たちにはパーティに一人、結界の魔道具持ちか結界魔法、土魔法で避難場所を作れる人を入れていた。足りなければ、ギルドが魔道具を貸し出しして。


 エアは呼びに行った最初に「閃光のイカヅチ」に教えているし、実際、どのぐらいの強度がある結界なのか、試させてもいる。

 安全が確保出来なければ、かなり危険な地域に踏み込もうとはしないし、咄嗟の場合、対応が遅れるので。


「話には聞いてたけど…凄まじいな…」


 レイダルは情報収集も得意な斥候なだけに、他のメンバーより情報を持っているのだろう。


「こんな大群、何で魔法でどうにかなると思うんだか…」


 攻撃魔法が得意な魔法使いだけにパルクは、不用意に広範囲魔法を使った奴にいきどおりを覚えたらしい。


「エアもこんな大群なんて初めて見るだろ?いつものように落ち着いてるけどさぁ」


 「閃光のイカヅチ」の中で一番年下だからか、カイルスが先輩ぶってそんな風に話を振った。


「そうだけど、もうどうしようもないだろ。ヴェスパが満足して引き上げるまで、動くに動けないし」


「それはそうだけどな。ゾッとするとか…エアはなさそうだな」


「虫がわらわらいるだけでも、鳥肌が立つ人、多いと思うんだが」


「いるいる。足が多い虫系はおれもちょっと、だなぁ」


 デーヴの言葉に、槍使いのタレスが苦笑混じりに大いに同意した。


「それにしても、エア、そこまで耳がいいとは思わなかった。やっぱり、エルフの血が入ってるから?」


 風魔法で音を集めることが出来る斥候のレイダルが、ちょっと悔しそうにそう訊いた。

 ヴェスパの位置をエアの方が早く気付いたからだろう。


「獣人の方だと思うぞ。エルフも耳がいいのか?」


 ハーフじゃないエルフなら長い耳なので、集音性能はよさそうだが、ハーフか血を引く程度だと耳は長くないし、エアも普通だ。


「そう聞くぞ。…え、獣人の血も引いてたのか?」


「多分な」


「エアの運動神経のよさを見てれば、普通にそう思うだろ」


「ガッチリ系の獣人ではなさそうだけどな」


「体力があってタフな所もいかにも獣人っぽいって」


 タレス、デーヴ、カイルスが口々にそう言い、パルクも同意見らしく頷いていた。


「でも、顔も体型もエルフ寄りだろ~。だから、てっきり」


 レイダルがそう弁解した。

 そう思っている人が大半なのだろう。だから、エアは舐められる。


「どうも先祖返りらしいけどな。この前、パーシーさんがおれの先祖だろう人を知ってるかもって言ってた。豹系獣人らしいぞ」


「あっ!なるほどな!だったら、どうやってもガッチリにはならないか」


「うんうん、猫っぽい、確かに」


「中々懐かない猫だよな~」


「表情が変わらない辺りもな」


 好き勝手なことを言ってくれる「閃光のイカヅチ」だが、はいはい、とエアは適当に流しておいた。

 猫っぽいとはよく言われることだったりもする。


 結界は透明。

 バンディートヴェスパの大群に囲まれているこの状況で、呑気に世間話をしているのはいい度胸だが、他にすることもないのも確かだった。


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