第2話 桐生清輝
「どこにでもいる高校生、桐生清輝は下校中、秘密結社統魔によって拉致された」
「いや、君は普通の高校生じゃないからね」
「そもそもが拉致なんてしてねぇだろ? こちとら現職の警官だ。そんな犯罪しねぇ
わ!!」
少年の言葉に対面に座る大人たちが思わず、突込みをいれる。
場所は閑静な喫茶店。アンティーク調の落ち着いたデザイン。休日にもなろうものなら癒しを求め、多くの人々で賑わうここも、平日の夕方は静かなものだった。
「わかってますよ、まあ単純にジョークっすよ、ジョーク。まああながち嘘は言ってねえけど」
髪の毛がツンツンと逆立っている少年――桐生清輝はそう言って不機嫌なのを隠そうとしない含み笑いを浮かべる。
その言葉に、対面の大人二人は苦笑いと舌打ちを打つ。
「ハハハ、まあ確かに君の言う通りだね」
苦笑いを浮かべている男、土御門秋人は決まりが悪そうにコーヒーを口に含む。年の頃は二十代前半ほどの見た目に甘いマスク。そしてスラリとした長身。物腰の柔らかさが相俟って女性から熱い視線を送られることが多い。ただしこの秋人という男、実年齢は四十代。しかも妻子持ち。彼の親しい友人曰く「天然年齢詐称男」。
「チッ、おい秋人。本当にこいつがアテになるのかよ? どこにでもいる普通のガキにしか見えねえが…」
加賀義彦は思わず舌打ちをする。彼は秋人と違って年齢通りのオッサンだ。胡乱な目付きで対面に座る清輝を見つめる。
「まあこの流れから予想は出来ますけど…。仕事の依頼っすか?」
はあと溜息をつきながら清輝は秋人に尋ねる。
清輝が友人たちと下校中、唐突に彼のケータイが鳴り、秋人からこの喫茶店へと呼び出された。彼から唐突に連絡が来るという事はたった一つ。仕事の依頼が清輝に舞い込んできたということ。
「あはははは、まあそういうことだね。それに義彦、彼は本当に役に立つよ。少なくとも今回のことは僕よりも、ね」
不敵に笑う秋人。その言葉にほう、と驚愕の表情を浮かべる義彦。
この世の中には、科学とは別の真理が存在する。科学がこの物質世界の法則を解き明かす学問とするのであれば、その対極精神世界の法則を解き明かそうとするものがある。魔術魔法法術、オカルトと称されるものである。
黙され続けるオカルトは時に、科学では説明出来ない現象を引き起こす。科学でそれらに完全に対応できないわけではない。ただ目には目を歯には歯を。オカルト現象を対処するために、日本政府から唯一認められた秘密結社『統魔』。土御門秋人はそこのトップをはる人物である。
そんな人物が自分より役に立つと称した少年。ゴクリと生唾を飲み込み、義彦はもう一度桐生清輝を見つめる。やっぱりどこにでもいる高校生にしか見えない。
「ダメだ。どう見てもわからん…」
「義彦、君は一年前『黄泉』から二人の生還者が現れたのを知っているか?」
「まさかこいつが……」
今度こそ隠そうとしない義彦の驚愕の表情。義彦はオカルトを扱えるわけではない。ただ〝裏″を知るただの警察官だ。だが『黄泉』の伝説は知っている。あの難攻不落の冥府から蘇りを果たすのにどれだけのチカラがあればいいのだろうか…。
ズズッとわざと音を立ててコーラを飲む清輝。それで秋人と義彦はハッと我に返る。
「オレの過去話なんてどうでもいいからさっさと仕事の話をしてくれよ。こっちだって忙しいんだからさ」
その目は不機嫌そうに細められていた。思わず秋人は気まずそうに頬をかく。
「ああ、悪いね。ほら義彦…」
「お、おう」
思いだしたように、義彦は持っていたビジネス鞄からA4サイズの封筒を取り出す。そして中から数枚の写真を取り出した。
「えっと、清輝でよかったよな? ちょっとこの写真を見てみろ」
「ん? なんだこれ事故の写真か?」
写真に写っていたのは幾つもの大破した車だった。どれもこれもペシャンコに潰れ原型を留めているのは少ない。
「事故…にしちゃ変だな。何だコレ? まるで何かに突き刺されたようなのとか踏み潰されたようなもんまであるぞ」
「これらの事故は全部 N 県の O バイパスで起こったもんだ。しかも頻度がおかしい。一ヶ月の間に 13 件。普通に運転していたら、いや多少危険走行をしてもこんな風に車が壊れるなんてのはありえない。そしてこれを見ろ。地元の民間人が偶然撮った一枚だ」
そして義彦は封筒から一枚の写真を取り出し、清輝に渡す。
「なんだこりゃあ!?」
速度のせいか全体像が大分ぼやけているが、そこに映っているのは西洋の鎧騎士だった。しかもその大きさが尋常じゃない。
「そう鎧騎士だ。おそらくコイツが今回の一連の事故の元凶だ。こいつは警察の管轄じゃない」
「オカルト。つまり僕たち統魔の管轄だ」
優雅に珈琲を飲みながら、真剣な眼差しの秋人。コンとカップを置き秋人が続ける。
「義彦から連絡を受け、統魔で O バイパスについて調べてみた。地脈から霊力が溢れ出てる。おそらくこのバイパスを作った時に無意識に地脈を弄ってしまったんだろう。この鎧騎士の妖怪はその影響で生まれたものだ。清輝君にはこの妖怪を退治して貰いたい」
「オーケーわかったぜ秋人さん。それにしても西洋の鎧騎士なのに妖怪ってのもおかしな話だな。普通妖怪っていったら日本の化け物だろ?」
ニヤリと不敵に笑う桐生清輝。彼の素朴な疑問に秋人は答える。
「まあ幻想の中の住人のことを統魔ではそういう風に呼んでいるって思えばいいよ」
「幻想の中の住人ねえ…」
「清輝君、君は物質だけがこの世界に影響を与えていると思っているだろう。でも実際は違う。思いもセカイを形作る重要なファクターだ」
「まあそれはわかりますけど…。幻想の中の住人て例えばドラゴンているわけないでしょ?」
御伽話などによく出てくる妖怪妖精生き物たち。それらの中には実際にいる可能性があるもの達もいる。例えばヒマラヤのビックフット。幾つもの写真や映像が存在し、あるいはいる可能性があるのではとも言われる。
だがドラゴンなどありとあらゆる方面から見ても存在するはずがないものだ。しかし秋人は首をゆっくり横に振る。
「わからない。もしかしたら世界の裏側にはドラゴンだっているかもしれない。いいかい、最初は見間違いや人々の想像の中の幻想でしかないドラゴンも、幾つもの思いが重なり続ければ現実世界に僅かなりとも形を残す。思えば不思議なことだ。姿形は違えど、世界中ありとあらゆる地域にドラゴンの伝説は存在する。海に閉ざされ他の地域との交流がないはずのオーストラリアにもそれはある。おかしいと思わないかい? 存在するはずのないものが世界中で記録されているだなんて。もしかしたら本当にいるのかもしれない」
「じゃあドラゴンてどこにいるんすか? さっき世界の裏側って言ってましたけど、それってどういう意味で?」
「うーん。世界の裏側についてか…。そうだな、妖怪ってのは本来この世界に存在するはずのないものだ。科学が発展し僕たちの世界から幻想が薄れてしまった。そうなると妖怪たちはこの世界にはいられない。位相のズレた空間というか、この世界だけどこの世界じゃない所に彼らは行ってしまった。その位相のズレた空間のことを世界の裏側って僕たちは呼んでる。そして何かしらの歪みからその裏側の世界が、僕たちの世界に近づいた時、妖怪は怪異となって顕れる。今回の鎧騎士はこの地脈の乱れからだね」
「なるほど……」
清輝は若干こめかみを押さえている。彼の頭では若干理解しきれなかったようだ。そんな二人を尻目に義彦は眠そうにふわあと欠伸をし、近くの従業員に珈琲のおかわりを注文していた。
「統魔の霊視能力者に、さっき義彦に見せた鎧騎士の写真を見せた。『人々の速さに拘る思い』それが鎧騎士を生みだした幻想だ。今回の事件を君に依頼したことの要因でもある。この鎧騎士を倒すにはただ力で滅ぼすだけじゃダメだ。速さでこの鎧騎士を抜かなければならない」
「だからこそ超越者であるオレに頼んだと」
「そういうことだね」
ようやく納得がいったと清輝は背もたれに深く腰掛ける。
桐生清輝は超越者である。超越者とは人として越えてはいけないラインを越えてしまった人々のことを指す言葉である。清輝が越えたのは速さだった。ありとあらゆるものは桐生清輝に速度では勝てない。どんなに速くても彼はその速度より僅か一歩上回ることが出来る。相手が光速で動けるなら、物理法則を無視して光速を超える速度を叩きだす。鎧騎士がいかに早くても関係がない。桐生清輝はそれを超越する。
「さてお二人さん。長話は終わったみてぇだな。そろそろ具体的な作戦の話といこうか」
若干イライラした義彦の口調。無駄話ばかりさせられてストレスが溜まっていたんだろう。
「悪いね、義彦。無駄話ばかりしてしまって」
「まったく、時間がないってこと忘れんなよ秋人」
「ん? 時間がない? それってどういう意味だよ」
清輝のきょとんとした声。そういえばいつその鎧騎士を倒すのか具体的な日程をまるで聞いていなかった。
「作戦決行は今日の夜だ。そういうわけで今から O バイパスに向かって行くぞ清輝」
「ハアァ!? 流石に聞いてねぇって」
「大丈夫だよ、お母さんには許可を取った」
おいおいそういった問題じゃないだろ、とボソリと清輝は呟き頭を抱える。自分は今回の依頼を受けてしまった。根回しは完璧。つまり拒否権はないということ。
「具体的な作戦の中身は俺の車の中で話す。行くぞ、清輝」
「ハイハイわかりましたよっと。せめて夕飯くらいは出してくれるんすよね? 義彦さん」
「まかせな。夕飯くらいなら経費で落とせる。とびっきりウマいモン食おうぜ」
「やっべ。オレこの依頼超頑張れる気がしてきた!」
よっしゃとガッツポーズを決め込む清輝を、秋人は微笑ましいものを見るような目で見る。
「それじゃあ清輝君、義彦。頑張って。くれぐれも無事でね」
「ん? 秋人さんは行かないんすか?」
「まあ別件でね。少し外せない重要案件なんだ」
「そうっすか。秋人さんもいれば心強かったんすけど…」
「はははは。大丈夫だって清輝君なら。ほら急がないと義彦に置いてかれるよ」
会計は任せたぜ秋人と言いつつ、喫茶店から出る義彦。
「やっべ。それじゃあ秋人さん、また今度」
スッと手を上げ、手を振る清輝。秋人もそれに合わせるよう笑顔で送った
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