第3話
四階の一本廊下を駆け抜けると、床板がギシギシ、キィキィと悲鳴をあげた。
踏み抜けることはないだろうけど、古びてきているのは間違い無かった。
「__姉さん、勝手に直したら怒るかな?」
魔王討伐へと最強の聖女__セノの姉であり、守りの巨木集落の大黒柱__が行ってしまってから、もう三年が経とうとしていた。残されたのは兄弟三人、姉妹三人の計六人だけ。戸板や網戸の修理はしても、誰一人、床板や壁は直していなかった。雨もりしかけた屋根は二、三度直したけれど、家本体を直したのはそれっきりだ。
だが、勝手にやって壊しても困る。床板がぶっ壊れるのは流石に問題だろう。
だけど、気になるし……。
そんな考え事をしつつ、セノは食堂の扉___白木に青の花模様が描かれた、背の高い両開き___をバァンッと叩き開けた。
瞬間、「セノ!」と大きな声に叱られる。
「わぁ。」と少し驚き、セノは目を見開いた。声の方を振り返れば、腕組みしたミヅキがちょっと怖い顔をしていた。
「扉が壊れちゃうでしょ!毎回、静かに開けてって言ってるじゃん!」
声が高くなったり大きくなったりはしないけど、きちんと怒りを感じる声だった。
ほとんど黒に近い濃紺の髪で、毛先には紫の差し色がチラチラ見えている。白い上衣に黒の袴姿で、腰に吊り下げた細筆と、西洋のパレットがいつも通り不思議な馴染み方をしていた。
いつもと、変わりない姿だった。
そんな長女に不思議な安心感を感じ、セノは『ははっ』と軽く笑った。
「ごめんごめん、忘れてたよミヅキ。」
「いっつも忘れて。まったくもー!」
そんなことを言いつつ、ミヅキは真っさらに洗われた皿を片手で掴み、フライパンをグッと跳ね上げた。
ポーンッとお日様色のオムレツが空を舞った。
「ハルオミがいたら、もっと面倒なこと言われてたよ?『朝食の時間にうるさいねー、あ、もう時間過ぎてるじゃん。おっそ。』とかさ」
セノは「あははっ!」と吹き出してしまった。嫌味っぽい口調も、抑揚も、それは長兄であるハルオミそっくりだった。
「ハルそっくりじゃん!」
「さっきまでそこにいたからね。」
ぽふん。皿の真ん中に行儀よく乗ったオムレツ。ミヅキはそれを取り囲むようにサラダやパンを置いていく。
「うるさかったんだよ?リョウが修練場に引きずってってくれたけど。」
「面倒だって顔に出してでしょ?」
ミヅキはニヤッと笑った。
「そのとおり。」
三男に引きずられていく長兄。その姿がありありと浮かんで、二人は堪えきれず吹き出した。
聖女の行進 夏 雪花 @Natsu_Setsuna
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