旅の始まり
第1話
うつらうつらした、優しい
包み込むようなハンモックの麻の感触、掛け布団の真綿の柔らかさ、一筋差し込んでくる陽光の温かみ。その全てが、なんて優しいんだろう。
このまま、あと少しでいいから、眠って、いたい……
「セノーー!起きろーーー‼︎リョウが卵焼き全部食べちまうぞ!」
「っ………⁉︎」
ガァン、ガンガン。
あまりに最悪な言葉とフライパンを叩く凄まじい音。そのおかげで、セノの目はバッチリ覚めた。
ふと見た目覚まし時計の針は七時五十分。朝食の時間がもうすぐなことを示していた。いつも起きるのはこの針が半周と少し前の位置で、そして最悪なことに、彼女には寝ぼけた頭でアラームを止めた記憶があった。
「セノー?僕ほんとに食べちゃうよー?」
「やめろーー⁉︎」
下の階から聞こえてきた間延びした声。しかしその声の調子に騙されてはいけない。本当に早く行かなくては。冗談抜きに、リョウは全てを食い尽くすヤツだから。卵系料理は特に。
しかも今日の料理当番はミヅキだから、ただでさえ取り合いになるだろうし。
ハンモックから転がり落ち、半袖と長ズボンのパジャマのまま、セノは移動ポールをグッと掴んだ。
護りの巨木を中心として木の上に造られた集落では、各階、各場所に金属の移動ポールと梯子、登れるほど丈夫な蔦などがある。私の自室は八階で、全員分の寝室がある東の塔の最上階だ。
だから自室のある八階から食堂のある四階まで、一気に滑り降りていけば良い!
そう、思っていたのに……。
「おい、ちょっと待て。」
「うぐぅっ」
食堂一歩手前、五階の踊り場でセノの襟首は掴まれた。
「セノ、
「っ……、締まってる!締まってるっ‼︎まずいってアキト!」
普段ならポールに掴まりながらでも逃げられるというのに、今日は全てが上手くいかない。
「ほら、一回手を離す。」
引っ張られるまま、渋々手を離してタラップに降りれば、家族の一人が不機嫌さを隠しもせずセノの襟首を離した。
「……おはよ、アキト」
「はい、おはようセノ。」
すらっとした長身に日焼けした肌、それから首の右側に彫られた花の模様。
十数年前に滅びたとされるアテナ族___別名学者の民族と呼ばれ、知恵を深めることを何よりも尊んだとされる___の最後の生き残り。
そして、神はマジで二物を与えるんだなというレベルの整った顔。セノの二つ年上、次兄のアキトだった。
まぁ、……
「パジャマのまま、降りていく奴がいるか」
「ここにいまーす」
「いい加減にして、恥じらいを持って、馬鹿じゃないの?」
「最後のが一番の本音だ。」
小言ばかりが多くて、兄というよりお母さんのよう、というのが正直なところだ。
「分かってんならやめない?」
「すまん」
「やめる気ないのね、あっそう。」
懲りる様子もないセノに、アキトは深々とため息をついた。
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