4-7 真犯人の述懐
ヒドラの仕業に見せかけて、マリナさんはアルスラさんたちを溺死させようとした。
まったく予想だにしていなかったのだろう。この推理を聞いた一同は、衝撃のあまり完全に言葉を失ってしまう。
そんな彼らを納得させるため、そしてマリナさんに罪を認めさせるために、ボクは追及を始めていた。
「ヒドラ戦では、前衛の内でマリナさんだけが遠くに分断されてしまったと伺っています。あれは自分が犯人だと悟られないように水魔法を撃つために、わざと戦列から離されたふりをしたんですね?」
「ヒドラは首が多いですから、分断されるのはよくあることです。なにもおかしなことはないでしょう」
もちろん、この意見自体は正しい。ギルドの資料にも、そういうパーティの記録がいくつも残されていたはずである。しかし、ヒドラの特徴を理解していてなお、あっさり分断されてしまったというのだろうか。
「アルスラさんが怒るくらい、動きに精彩を欠いていたそうですね? それも分断されるためにわざとやったことだったんでしょう?」
「人間である以上、常に同じパフォーマンスを発揮できるわけではないのは当たり前だと思いますが」
この意見も正しいことは正しいだろう。疲労や怪我、精神状態などによって、人間の能力は大きく左右されるものである。
だが、マリナさんがアルスラさんを殺そうとする行動を取ったのは、ヒドラ戦に限ったことではなかった。
「『魔法を使ったとは限らない』『第一の事件と第二の事件で別のトリックを使った』…… スフィアさんの推理は、あなたの発言にヒントを得たものでした。スフィアさんやボクを誘導して、アルスラさんを冤罪にかけようとしたのではありませんか?」
「純粋に善意で言っただけですよ。犯人を捕まえたいのは
ミザロさんが二次溺水で死亡したのを見て、ほぼ即興で第二の殺人トリックを考え出したくらいである。ボクの追及をかわす程度のことはわけもないのだろう。マリナさんはまったく表情を崩さないままだった。
「エディルさんの推理は間違っていますが、ただ興味深いお話ではありました。おそらく第一の事件は二次溺水による事故だったのでしょう。そして、犯人はそれを見て、第二の事件を起こしたのです。
もっとも、秘密裡に鍵を置くという第二の事件のトリックは、この中の誰にでも実行可能なものです。ですから、
そうしてつらつらと反論を述べたあと、マリナさんは余裕たっぷりに尋ねてくる。
「それとも証拠がおありですか?」
「あるぞ」
そう答えたのは、ボクではなかった。
スフィアさんが代わりに答えていたのだ。
「確かにヒドラは水を吐くことがある。しかし、これは火への対策から身につけたもので、本来の生態ではない。湖などの水を飲んで体内に溜めたものを吐き出しておるだけで、水魔法を使っておるわけではないのじゃ。
湖の水には微生物や砂利、水草などが混じっておるから、純水に近い水魔法の水とは当然ながら成分がまったく違う。じゃから、肺の中に不純物があるかどうかを調べれば、ミザロを襲った水がヒドラのものかマリナのものか判別できるじゃろう」
検死の技術はまだ発展途上にあるものの、その程度のことを調べるくらいは十分可能なはずである。
「そういうことじゃな?」
「ええ、その通りです」
事前に「証拠を示せるかもしれない」と伝えてあったとはいえ、スフィアさんは早くもその所在を突き止めていたようだ。仲間としては頼りになるような、勝負の相手としては恐ろしいような、そんな複雑な気分になってしまう。
「ボクの推理をスフィアさんはどう思われますか?」
「この反応が答えじゃろう」
悔しさと嬉しさの入り混じった顔つきで、スフィアさんはマリナさんを示す。
無念や憤怒、悲嘆、そして敗北感…… そういった感情の濁流が湧き起こって、マリナさんの表情は歪んでいたのだった。
「……動機は何なの?」
ようやく事態を飲み込めてきたらしい。ドロシアさんがそう尋ねてきた。
「はっきりとしたことまでは分かりません。ただある程度推測することならできます。
先程も言いましたが、ヒドラ戦の水魔法はミザロさんだけでなく、アルスラさんも狙ったものでした。また第二の事件は、アルスラさんに冤罪がかかるようなやり方で、ルロイさんを殺しています。
ですから、アルスラさんたち『暁の団』の古参メンバーに、何か恨みがあるのではないでしょうか?」
ボクが視線をやると、アルスラさんは目を逸らした。心当たりがあるからというよりも、恨まれていると決めつけられたことにふてくされているようだった。
その様子を見て、横からピエルトさんが返答を促す。
「アルスラ、どうなんだ?」
「知るかよ。
その一言が決定的だったようだ。
それまで沈黙していたマリナさんが口を開いた。
「
マリナさんは自分の罪を認めてでも、アルスラさんを断罪しようとしたのだ。
「エメリ・アンブローズの妹です」
その瞬間、アルスラさんの顔がさっと青くなった。
◇◇◇
四年前――
まだ『暁の団』を結成して、間もない頃のことである。
討伐へと出発する直前、アルスラはパーティメンバーに確認を取っていた。
「ミザロ、用意はいいか?」
「ああ」
早くモンスターを殺したいようで、ミザロは食い気味にそう答えた。
「ルロイ、前みたいにポーションを忘れてないだろうな」
「だ、大丈夫でやす」
そう言いつつ、ルロイは不安げに自身のマジックバッグを覗いていた。
二人の準備は整っていると考えていいだろう。
しかし、確認はそれで終わらなかった。
「エメリは?」
「ええ、私も大丈夫」
エメリは小さく頷く。
だが、彼女の顔色は冴えなかった。
「ただ討伐対象がリンドヴルムというのは、やはり危険のような……」
「こっちは四人もいるんだ。十分いける相手だろ」
怒鳴りたくなるのをこらえて、アルスラは代わりに鼓舞するような台詞を口にした。一体、何度同じことを言わせるつもりなのだろうか。
エメリは最近『暁の団』に加入したばかりの新メンバーだった。前衛が二人なのに対して、後衛がルロイ一人だけではバランスが悪いと考えて、新しく魔法使いを探してきたのだ。
彼女は特に水魔法に関する才能があるようで、今までの『暁の団』にはなかった大規模な範囲攻撃を行うことによって、何度となくパーティに貢献してくれていた。非常に優秀な人材だと言えるだろう。
しかし、性格的には慎重過ぎるきらいがあった。ほとんど臆病と言ってもいいくらいである。その上、新参者のくせにリーダーの自分にあれこれ指図してきて気に入らない。今回も「ドラゴン系のモンスターと戦うのはまだ早い」だの、「ギルドが低ランクのパーティには任せない理由を考えた方がいい」だのと、いちいちうるさかった。
どうもエメリは亡くなった両親たちに代わって、妹を養うために冒険者になったらしい。やたらとリスクを避けたがるのも、「自分まで死んで、妹を一人にするわけにはいかない」という思いから来ているようである。
だが、そんなことはアルスラの知ったことではなかった。メンバーの事情に気を配るよりも、どんどん依頼をこなして、早く冒険者として名を上げたかったのだ。
だから、この日も結局エメリの忠告を聞くことはなかった。
結果から言えば、その判断は間違いだった。
「クソッ、撤退だ!」
リンドヴルムの厚く硬い鱗に阻まれてしまって、剣や矢がまるで通らない。それどころか、相手の爪や炎の
そのため、対峙してすぐに、一行は力の差を分からせられていた。それこそ名誉欲に取り憑かれたアルスラですら、即時撤退の判断を出すほどに。
しかし、本来なら対峙する前に気づかなければならないことだった。
「……このままだと追いつかれる」
逃走する
時間稼ぎのために放った煙玉は、むしろ逆効果だったらしい。見れば、目潰しに激昂したリンドヴルムが、怒涛の勢いで迫ってきていた。
だが、アルスラが絶望したのはほんの一瞬のことだった。
「俺にいい案がある」
「何?」
「お前が囮になるんだ」
アルスラは躊躇なく、エメリの脚に剣を突き立てたのだった。
痛みと驚きで、彼女の走りが鈍る。それでもしばらくは逃げてみたものの、ついには諦めたらしい。その場に足を止めて、リンドヴルムと戦うことを選んだようだ。
ミザロは嫌悪と軽蔑に眉を
「エメリを捨て駒にするつもりか?」
「捨て駒じゃない。俺たちを生かすための尊い犠牲だ」
ルロイも珍しく批判的だった。
「本気で言ってるでやすか?」
「文句があるなら、一緒に残って戦えばいいだろ」
本当はお前らだって自分の命の方が大切なくせに。今後も継続してパーティを組むことになるかもしれないので、さすがに口には出さなかったが、アルスラは内心そう毒づいていた。
事実、二人はエメリの身を案じるようなことは言っても、決して立ち止まる気配は見せなかった。
「……傷を治せるわけじゃないからな。やってしまったことを責めても仕方ないか」
アルスラを擁護するような口ぶりで、まずはミザロが見捨てることを正当化する。
「おっ、お二人がそうおっしゃるなら……」
あくまでもパーティとしての判断という
クズどもが。最初からそうしろよ。正直者なだけ俺の方がマシだな。そう悪態をつく代わりに、アルスラは指示を飛ばす。
「なら、さっさと行くぞ」
念のため、もう一度振り返って、リンドヴルムに足止めとして風魔法を放っておく。
エメリにも当たるかもしれないが、そんなことは自分には関係なかった。
◇◇◇
「他のパーティが偶然通りかかったおかげで、危ういところで姉の命は助かりましたけどね」
マリナさんはそう話を続けた。
彼女の悲痛な口ぶりから、てっきり姉は亡くなっているものだと思っていたのだろう。ドロシアさんは訝しげな顔をする。
「それなら、証言すればアルスラたちを有罪にできたんじゃないの?」
「しましたよ。ただ証拠がないせいで、信じてもらえなかったんです。アルスラさんは
これを聞いて、今度はピエルトさんが怪訝がっていた。
「脚の怪我は? 爪と剣じゃあ傷跡がまったく違うだろ?」
「リンドヴルムに食べられて残っていませんでしたから」
あまりに凄絶な理由である。そのせいで、ドロシアさんもピエルトさんも、何も言えなくなってしまったようだった。
しかも、マリナさんの話にはまだ続きがあった。
「ただでさえ重傷を負っていた上に、訴えを聞いてもらえないという心労も祟ったのでしょう。結局姉は最後には衰弱死してしまいました」
やはりすでに亡くなっていたらしい。これを聞いて、ドロシアさんたちはますます沈痛な面持ちをする。
「ですから、
リンドヴルムの事件を巡って、アルスラさんたちは被害者遺族と対面したこともあったはずである。それなのに、新メンバーのマリナさん=遺族のメルリさんだと気づかなかったのは、彼女が入念に工作をしていたのが理由のようだった。
あるいは、アルスラさんたちが、事件のことをまったく気にかけていなかったせいかもしれない。
「これは姉の魂に誓って言いますが、アルスラさんたちが過去の行いを反省しているようなら見逃すつもりだったんですよ。生死がかかった状況では、正常な判断ができなくなってしまっても仕方ないですからね。
けれど、相変わらずパーティメンバーを蔑ろにして追放したり、無謀な冒険を繰り返して危険を招いたり、あの三人は何も変わっていなかった…… だから、冒険中の事故に見せかけて殺すことを決意したんです」
ボクをパーティから追放したこと。また、それで索敵能力が落ちた点を軽視したこと。失敗を取り返すために無茶な依頼を受けたこと…… そういったアルスラさんたちの行動の一つ一つが、すべて動機に繋がっていたのだ。
「あとはエディルさんの推理された通りです。最初の溺死狙いは失敗しましたが、運よく二次溺水が起こってミザロさんを殺すことができました。またそれを見て、ルロイさんを殺し、アルスラさんに罪を着せる方法を思いつきました。
首謀者のアルスラさんはただ殺すだけでは惜しかったですからね。死刑という不名誉な死を与えたかったんです。結局、失敗に終わりましたが」
そこまで考えてアルスラさんを冤罪にしようとしていたとまでは、推理しきれていなかった。ボクは思わず絶句してしまう。
そして、マリナさんはさらに予想外なことを口にした。
「ですから、単に殺すだけで満足することにしましょう」
彼女が左手を向けると、水の槍がアルスラさんを襲ったのだった。
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