4-5 スフィアの推理
マリナさんに呼び出されて、ボクの部屋に続々と『暁の団』のメンバーが集まってくる。
「謎が解けたって本当なの?」
当初は推理が始まるのを待っていたが、結局我慢しきれなかったらしい。スフィアさんの様子を窺いながら、ドロシアさんはボクにそう囁いてきた。
「そうみたいですね」
「そうみたいって、負けたら食べられちゃうんでしょ? それとも単にアンタを本気にさせるための脅しとか?」
「あの人はやると言ったらやる人ですからね……」
ボクが謎掛けを解いたら、スフィアさんは事前に交わした約束に従って、仲間に加わってくれた。やろうと思えば、力ずくで反故にすることができたにもかかわらず、である。
自分に不利な約束ですらこの通り遵守しているのだから、有利なものは当然そうするだろう。真相が判明した瞬間、彼女の中でボクは主人でも仲間でもなく食事へとなり下がるのだ。
「じゃあ、どうするのよ?」
「推理に間違いがあるのを期待するしかないですね」
「それって要はなかったら終わりってことでしょ?」
「…………」
思わずボクは黙り込む。明確に言葉にされたことで、押さえ込んでいた恐怖心が湧き上がってきてしまったのだ。
スフィアさんの推理が正しかった場合、ボクはほぼ確実に彼女に食べられることになる。一方、被害者が二人なら、犯人はまだ死刑を免れられる可能性がある。だから、この招集に怯えているのは、犯人よりもボクの方かもしれなかった。
最後にマリナさんがアルスラさんを連れてきて、部屋に関係者全員が揃った。
「では、始めるとしようかの」
緊張を滲ませる一同とは対照的に、スフィアさんはどこか
「推理の糸口はそこのマリナとやらじゃった」
「
「うむ。貴様の言っておった『魔法にこだわる必要はない。他のものを使って密室殺人ができないか』というやつじゃな」
犯人候補に、勇者・魔法使い・僧侶・賢者と、属性魔法や補助魔法の使い手ばかりが残ったが、特にそこに必然性はなかったということらしい。
これに対して、アルスラさんがすぐに異論を挟んだ。
「でも、俺たちには特殊な技能も、特殊なマジックアイテムもないぞ」
「そんなものは使っておらん」
「じゃあ、何を使ったって言うんだ?」
「ここに決まっておろう」
スフィアさんは頭を指差していた。
「まず殺人の方法じゃが、これはすでに説明したようにマフラーのようなものを使ったんじゃろう。そうすれば、首に跡は残らんからな。ここまでは二件とも同じじゃ」
凶器がマフラーではないかという話は、これまでに何度も話題に出ていた。だから、特に誰も異存はないようだった。
「マリナはもう一つ興味深いことを言っておった。『第一の殺人と第二の殺人が同じ方法で行われたとは限らない』とな。
これを聞いて、儂は考えた。もしかしたら、それぞれ別の方法で密室を作ったのではないか、と」
盲点だったのだろう。マリナさん以外の三人は驚いたような顔つきをする。
あるいは、自分が犯人だと指摘される恐怖から、表情を硬くしていたのかもしれない。
「第一の事件では、部屋のテーブルの上に鍵が置いてあったので、入室時に全員がそれを確認しておる。じゃから、部屋に入ってから、こっそりと鍵を置くのは無理だと判断された。
しかし、第二の事件はどうじゃった? 部屋に入ってすぐに鍵を見た者はおったか?」
「あっ」
誰からともなしに、そう声が上がった。
第二の事件では、テーブルの上ではなく、床の上に鍵が置かれていた。そのせいか、部屋の中に入った時に鍵を見た記憶はなかった。
だが、それは鍵を見落としていたわけではなく、そもそも最初は床に鍵が置かれていなかったせいではないか。スフィアさんはそう考えているようだった。
「第二の事件では、鍵は注意の向きにくいベッドの反対側――それも上から落としても音のせんようなカーペットの上にあった。つまり、部屋に入ってからでも置くことができたわけじゃ。
けれど、第一の事件の印象のせいで、第二の事件でも最初から部屋にあったように刷り込まれてしまったわけじゃな」
入室直後に鍵を見た記憶がないのは、ボクだけではなかったらしい。スフィアさんの話を聞いても、最初から部屋にあったと証言する人は誰も現れなかった。スフィアさんの推理が正しいと全員が認めたのだ。
だから、一同の関心は次へと移っていた。
「では、第一の事件はどのような方法で密室殺人を行ったのでしょうか?」
ボクが教えた共犯説を支持しているのだろう。マリナさんはアルスラさんをちらりと横目に見る。
第一の事件は、アルスラさんとルロイさんが協力して鍵がかかっているふりをした。第二の事件は、アルスラさんが部屋に入ったあとで鍵を置いた。これでも確かに辻褄は合っているだろう。
第一の事件については、スフィアさんが先に真相に気づいていたが、回答自体は一応ボクの方が先ということになっている。だから、上手く言いくるめられれば、第一の事件はボクが、第二の事件はスフィアさんが解決したということで、今回の勝負は一勝一敗の引き分けに持ち込めるかもしれない。
しかし、スフィアさんは、第一の事件に関して別の真相にたどり着いていたようだった。
「犯人は偽物の鍵を使ったのじゃ」
「ですが、複製は不可能だという話でしたよね?」
「何も完璧に複製する必要はない。見た目が少し似ておれば十分じゃ」
二人のやりとりを聞いて、鏡を見なくても自分の顔から血の気が引いていくのが分かった。スフィアさんの言わんとすることが理解できてしまったからである。
「犯人はミザロを絞殺したあと、テーブルに偽物の鍵を置いた。それから部屋を出ると、今度は本物の鍵で施錠をした。
すると、翌日合鍵で部屋に入った時、貴様らはテーブルの上の鍵を本物だと誤認することになる。細かい鍵の造形の違いなど分からんし、特徴的なキーホルダーがついておったからな。
そして、犯人は誰かに鍵が偽物だと気づかれる前に、こっそり本物とすり替えたというわけじゃ」
共犯説の場合、アルスラさんとルロイさん以外がドアに触れた時点で、部屋が密室でないことがすぐに発覚してしまう。それどころか、鍵がかかっている演技をした二人が犯人だと簡単に特定されてしまうのだ。
その点で、スフィアさんの新説の方が犯人にとってリスクが低く、それゆえ実行された可能性も高いと言える。だから、スフィアさんも新説の方を採用したのだろう。
「事後的にじゃが、このケースでは今度は第二の事件が効いてくる。というのも、第二の事件では、犯人はあえて床の鍵に一切触れなかったからの。じゃから、第一の事件でもすり替えはなかったと刷り込まれてしまったのじゃ」
第二の事件で最初に鍵を確かめたのは、他ならぬボク自身だった。それだけに、鍵のすり替えはないという先入観をより強く持ってしまったようだ。今更そんなことを言っても、ただの言い訳にしかならないが。
「こうして第一の事件と第二の事件が相互に補完し合うことによって、
こうしてまずトリックについて、スフィアさんは説明を終えた。
このトリックが実行された可能性はあると感じているのだろう。いや、それどころか、実際に実行されたとまで思っているのだろう。誰からも疑問や反論の声は上がらない。……もちろんボクからも。
一同から反対意見が出なかったのを見て、ピエルトさんは話の続きを促した。
「……それで、犯人は一体誰なんだ?」
「第二の事件は、鍵が床の上にあるだけでよい。だから、部屋に入ったあとベッドに向かう時に、全員の最後尾につけて鍵を投げ捨てでもすればそれで十分事足りる。
しかし、第一の事件はそういうわけにはいかぬ。いくら最後尾で見られないようにしたとしても、
ゆえに、ベッドに一旦集まったあとで、最初にテーブルに近づいた人物が犯人ということになるじゃろう」
あの時、その人物は一番にテーブルに駆け寄って、鍵が本物かどうか確かめようとしていたはずだった。
だが、実際には偽物の鍵を本物にすり替えていたのだ。
「つまり犯人は貴様じゃ、アルスラ」
スフィアさんはそう言って、彼のことを指差すのだった。
「ちっ、違う!」
アルスラさんは開口一番で否定した。
しかし、具体的な反論は浮かんでこなかったらしい。
「俺じゃないぞ。俺じゃ……」
うわごとのようにそう繰り返すばかりだったのである。
しかも、その態度が余計に周りに不信感を与えてしまったようだ。ドロシアさんは疑うような非難するような視線を向ける。
「死んだ二人とは付き合いが長いわよね? 動機は古参の間で揉め事があったってところ?」
「違うって言ってるだろ」
ピエルトさんも冷ややかな目つきをする。
「愛憎は紙一重と言うからな」
「だから、違うんだ」
アルスラさんは必死に無実を訴えるが、やはり具体的な証拠や裏付けがないからだろう。ドロシアさんもピエルトさんも、スフィアさんの推理の方に説得力を感じているようだった。
だが、そんな二人の様子を見ている内に、アルスラさんは相手も|同じことだと気づいたらしい。
「大体、俺がやったって証拠はあるのか? 証拠がなきゃただの言いがかりだろ」
「その点は確かにちと弱いの」
「だったら――」
「しかし、他の方法はすでに否定されておる。消去法的にこれが真相だと考えてよいじゃろう」
他に挙がった仮説といえば、特殊な魔法を使ったとか、特殊なマジックアイテムを使ったとか、非現実的なものばかりだった。まともに実行できた可能性のある説は、スフィアさんのものだけだと言っていいだろう。
「それとも、これ以外で犯行が可能な方法を挙げられるのか?」
「それは、でも、それは……」
今夜一度解散したのは、もう仮説が出尽くして、議論が煮詰まってしまったからである。新しい仮説など早々挙げられるはずがない。スフィアさんの圧もあって、アルスラさんはもごもごと呟くことしかできなくなっていた。
「エディル、貴様はどうじゃ?」
「……ありません」
スフィアさんの質問に、ボクはそう認めるしかなかった。
彼女の推理を受けて、それに対する反論やそれを基にした別解がないか、必死に知恵を絞ったつもりだった。
けれど、とうとう推理の穴は見つけられなかったのである。
「それはつまり、貴様を喰ってもよいということじゃな?」
「…………」
周囲からは、「ちょっと本気じゃないわよね?」「お二人の間には、それだけの関係しかなかったんですか?」「喰ったら今度こそ本当に討伐対象になるぞ」「諦めるなよ。俺まで逮捕されるんだぞ」などと、中止を訴える声が上がり始める。頭の上のリーンも騒ぎ出していた。
しかし、ボクの答えは決まっていた。
「ええ、そういう契約ですから」
メンバー全員の力を借りれば、スフィアさんを退けて、この窮地を脱することもできるかもしれない。
けれど、これまでスフィアさんは、破ろうと思えば簡単に破れるはずの約束を守り続けて、ボクの仲間でいてくれたのである。にもかかわらず、その約束をボクだけが一方的に破るというのは、彼女に対してあまりに不誠実ではないだろうか。
「ほう」
ボクの答えを聞いて、スフィアさんはそう声を漏らす。
「短い間だったが、少しは楽しめたぞ」
嫌味や皮肉ではないのだろう。彼女は本心からそう思っているようで、口元をほころばせていた。
だが、翻意するつもりは毛ほどもないらしい。
「では、いただくとしようか」
スフィアさんが口を大きく開く。そこから鋭い牙が覗く。
そして、生命の危機に瀕して、ボクの脳裏に過去の記憶がよぎるのだった。
『ミザロはもうお前の件は済んだこととしか思ってなかったみたいだからな。自殺してまで罪を着せるとは考えにくい』
『血液中の酸素が減るのが原因の一つだからな。だから、溺死でも溢血点が出ることがあるんだろう』
『ドアの隙間からじゃあ、そんな大きな炎を撃てないわよ。というか、普通レベルの魔法でも焦げ跡が残るわ。それとも、どこかに跡があるわけ?』
『第一の事件では二人が共犯でミザロさんを殺して、第二の事件ではアルスラさんが別の方法でルロイさんを殺したのではありませんか?』
「待ってください」
そうスフィアさんを制止したのは、もちろん命乞いをするためではなかった。
「この謎、ボクがいただきます」
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