4-4 仮説3・ピエルト犯人説

「補助魔法ですか……」


 ピエルトが犯人の可能性はないのか。このアルスラさんの指摘を聞いて、ボクは考え込んでいた。


 補助魔法は、一般的な強化魔法や属性魔法のどちらにも分類できない特殊な魔法である。そのため、補助魔法を使える僧侶は、魔物使いほど希少だとは言えないが、魔法使いほどありふれた職業だとも言えない。


 また、補助魔法はその効果によって、およそ回復魔法と付与魔法の二種類に大別されている。


 まず前者についてだが――


「回復魔法は怪我を直したり、解毒をしたりするものでしょう? 窒息とは結びつかないと思いますが」


 回復魔法の機序について、ボクは詳しいというわけではない。しかし、殺人とは正反対の効果しかもたらさないのではないだろうか。


「逆に病気にすればいいんじゃないか? 心臓の病気で死ぬと溢血点?が出るんだろ?」


「そんなことができるなら、普段から敵に使ってるよ」


 個人的にはアルスラさんのアイディアは面白いと思うけれど、理屈としてはピエルトさんの言うことの方が正しいだろう。


 また、後者についてだが――


「付与魔法も身体能力の強化や弱体化で、やっぱり窒息とは結びつかないですし……」


 味方の攻撃力を上げたり、敵モンスターの素早さを下げたりするのが付与魔法である。こちらも殺人に使えるとは思えなかった。


「呼吸を弱くしたりできないのか?」


「だから、できるなら敵に使ってるって言ってるだろ」


 同じような疑惑に対して、ピエルトさんは同じような反論を返した。


 これを聞いたアルスラさんは、ようやく彼の言い分を認める。……「補助魔法では窒息死はさせられない」という点に関してだけは。


「じゃあ、凶器はやっぱりマフラーだったんだ。密室を作るのに補助魔法を使ったんだろ?」


「具体的にはどうやってやったんですか?」


「それはお前が考えろ」


 そんなめちゃくちゃな……


 そう思ったのは、ボクだけではなかったらしい。ピエルトさんもアルスラさんに釘を刺していた。


「推理の邪魔をするなよな」


「それはお前の方じゃないのか?」


「何?」


「推理を妨害しようと思って、わざと溺死もあるなんて妙なことを言い出したんじゃないのか?」


 アルスラさんの言う通り、成立しない溺死説を最初に唱えたのはピエルトさんだった。


 また、ピエルトさんが直接唱えたわけではないが、溺死説の流れから絞殺以外で窒息死することもあるという話になって、そこから成立しない火魔法説や風魔法説の考察が始まったのである。


 その事実に気づいた瞬間、一同の間に緊張が走った。


「……確かにそういう風にも取れてしまいますね」


「アンタにしてはまともなことを言うじゃない」


 マリナさんは表情を硬くし、ドロシアさんは感心深げな顔をするのだった。


「妨害したいなら最初から言ってるよ。絞殺の線だと行き詰ってるみたいだから、万が一もあるかと思って伝えただけだ」


「どうだかな」


 ピエルトさんの反論を、アルスラさんは聞き入れようとしない。


 しかし、かといって、具体的な再反論が頭の中にあるというわけではなかったらしい。


「エディル、思いついたか?」


「まぁ、一応は」


 仮説ならある。しかし、それが正解だという自信はまったくなかった。


「たとえば、弱体化の魔法をかけて、ドアをひらけないくらいアルスラさんたちの力を弱めて、密室だと勘違いさせるというのはどうですか?」


「俺の魔法にそこまでの効力はない」


 ピエルトさんの言う通り、それだけのことができるなら、普段のモンスター退治ももっと簡単に済んでいたはずだろう。もっともな意見である。


 また、これまでは実力を隠していたという可能性についてもピエルトさんは否定した。


「ドアを重く感じるくらいなら、装備品も重く感じるだろうしな」


「……確かにそんなことはなかったな」


 二度にわたる事件で二度ともドアを開けようとしたから、その時の感覚をよく覚えていたのだろう。アルスラさんは不承不承そう引き下がった。


「補助魔法でも無理なようじゃの」


 二件目の事件でドアに触れたスフィアさんもそう結論付けていた。


 また、ボク自身も二件目の事件でドアに触れている。しかし、その時に、特に服や所持品を重たく感じたことはない。弱体化魔法説ひいては補助魔法説は取り下げるしかないようだ。


「じゃあ、一体何だって言うんだよ? 二人とも偶然病気で死んだっていうのか?」


 ボクが犯人だという説も、『暁の団』のメンバーが犯人だという説もすべて否定されてしまったからだろう。アルスラさんは苛立ったように尋ねる。


 けれど、誰もこれに答えることはできなかった。


 そうして、しばしの沈黙が流れたあと、マリナさんが慎重げに口を開いた。


「……魔法を使えるメンバーが残ったからといって、魔法を使ったとは限らないのではないでしょうか?」


「どういうことだ?」


「前に、ルロイさんが鍵開けの技能を応用して密室を作ったと推理したことがありましたよね? 同じように何かの技能を応用したということはないのでしょうか?」


 予想外の仮説だった。ボクを含めて、この場に集まった一同はしばらく考え込む。


 しかし、マリナさんに賛同する人間は現れなかった。


「って言っても、俺は剣くらいしか使えないぞ」


「あたしだってそうよ」


 自分は戦闘職だと言うように、アルスラさんは剣を、ドロシアさんは杖を示した。ピエルトさんは料理上手で調理を担当することも多いが、まさかそれで密室を作ったということはないだろう。


「あとはマジックアイテムですとか……」


「ポーションだの、マジックバッグだので、どうやって密室殺人をするんだ?」


 言い方はともかくとして、言っていることはアルスラさんの方に理があるだろう。怪我を治したり、物を収納したりできるのは、冒険者の役には立っても殺人者には無価値ではないだろうか。


 中毒状態を治す解毒剤、煙幕を発生させる煙玉、魔法を自由に使えるようになる巻物スクロール…… 他のマジックアイテムも同様に密室殺人に利用できるとは思えなかった。


「ダンジョンで特殊なマジックアイテムを発見して、隠し持っていたということはありませんか?」


「パーティで行動してるのにそれは難しいんじゃないの」


 これもドロシアさんの主張の方が正論だろう。見つけた財宝をちょろまかすメンバーが出ないように、お互いに動向を見張ったり、荷物を見せ合ったりするのは、冒険者なら一般的なことである。『暁の団』でも日常的に行われていた。


 その点で言えば、『暁の団』に最近入ったばかりのマリナさんの方がよほど怪しい。加入前に、特殊なマジックアイテムを入手していた可能性がある。……もっとも、彼女が本当に犯人なら、自分から説を唱えるようなことはしないだろうが。


「大体、特殊なマジックアイテムなんて言い出したらキリがないだろう。特殊な魔法を使えるとか、特殊なモンスターを仲間にしてるとか、そういう可能性まで疑わなきゃいけなくなるぞ」


 最後にピエルトさんがそう言った。これもまた正論だろう。


 空間を転移できるマジックアイテムを使った。鍵を自由に開け閉めできる魔法を使った。壁をすり抜けられるモンスターを仲間にしていた…… 一般的とは言えないような特殊な要素を自由に持ち出していいなら、いくらでも仮説を唱えることができてしまう。無限にトリックや犯人を推理できてしまうのである。それはもう推理ではなく、ただの妄想と言うべきだろう。


 実際に特殊なマジックアイテムや特殊な魔法の存在を確認してもいないのに、そういった可能性の限りなく低い説を採用するべきではない。見つかった証拠にだけ基づいて、推理を進めるのが正しいやり方のはずである。


 もっとも、そのやり方では上手くいきそうになかったから、マリナさんも突飛な説を唱え出しただけだったのだろう。それきり彼女は沈黙してしまう。


 また、マリナさんの説に賛成できなかったというだけで、何か具体的な仮説があったわけではないらしい。他のメンバーたちも黙り込む。


 推理は完全に行き詰ってしまった。



          ◇◇◇



 その後も、事件に大した進展はなかった。


 一応、ボクたちとは別に捜査をしていた憲兵隊から、「溢血点からルロイさんの死因は窒息死の疑いが強い」「鍛冶屋に鍵の複製を依頼した人物は存在していない」「街には他に魔物使いは逗留していない」などといった報告は入っていた。


 しかし、それらの情報は、真相の解明に繋がるものだとは言えなかった。むしろ、合鍵を使ったという説や他のスライムが殺したという説が否定され、密室殺人の不可能性が高まって、ますます推理が難しくなってしまったくらいである。


 こうして、結局この日も答えが出ないまま夜を迎えたため、ボクたちは解散することになったのだった。


 幸か不幸か、勝負の相手であるスフィアさんにも、まだ真相は分かっていなかったらしい。自室に戻っても、昨夜のように推理を披露し合うような展開にはならなかった。ボクたちは事件について、それぞれ無言で考え込むだけだったのである。


 その沈黙をノックの音が破った。


「どうしました?」


 戸口にいたのはマリナさんだった。


「一応リーンちゃんを預かった方がよいかと思いまして」


「ああ、そうですね。お願いします」


 リーンを預かってもらっている最中に、第二の事件が発生したことによって、ボクの疑惑はほとんど晴れていた。けれど、まだ完全に容疑者候補からはずれたというわけではない。


 特にアルスラさんは、ボクとマリナさんが共犯だという説を唱えていた。それを完全に払拭するために、他のメンバーや憲兵の人にリーンを預けるというのもいいかもしれない。


 しかし、当のリーンの考えは違ったらしい。「もうエディルが犯人じゃないって分かったんじゃないの?」「また別々にならないといけないの?」とばかりに、なかなか空き瓶の中に入ろうとしなかったのだ。


「本当に仲がよろしいですね」


「いやぁ……」


 曖昧にボクはそう答えるだけだった。リーンは自慢げだったが、ボクは照れくさかったのだ。


 ボクが改めて指示をすると、リーンはやっと瓶の中に入る。けれど、それですぐにマリナさんが自室に戻ったわけではなかった。


 どうやら彼女の用件は、リーンのことだけではなかったらしい。


「聞きそびれていましたけれど、朝は謎が解けたとおっしゃっていましたよね? どのような推理だったのでしょうか?」


「アルスラさんとルロイさんが共犯だったんじゃないかと思いまして」


 ミザロさんを殺したあと、鍵をテーブルの上に置いて、施錠をせずに部屋を出る。翌朝、遅刻したミザロさんを呼びに行くというていで、まずルロイさんが部屋に鍵がかかっているという嘘の報告する。


 次に、アルスラさんがみんなの前で、ドアに鍵がかかっているような演技をする。さらにルロイさんが合鍵を持ってくると、それを使うようなふりをした。こうして二人がかりで芝居を打って、あたかも部屋が密室だったかのように見せかけた……


「ただ第二の事件でルロイさんが亡くなられたので、結局間違っていたみたいですけどね」


「……間違っているとは限らないのではないでしょうか」


 マリナさんがそう言ってくれたのは、気休めや慰めではなかったようだ。


「第一の事件では二人が共犯でミザロさんを殺して、第二の事件ではアルスラさんが別の方法でルロイさんを殺したのではありませんか?」


 自分の思考の穴に気づいて、ボクは思わずはっとする。


 死因が窒息死であることや部屋が密室だったことが共通している点から、どちらの事件にも同じトリックが使われているものだと思い込んでしまっていた。だが、言われてみれば、必ずしもそうとは限らないだろう。


 それどころか、捜査や推理を攪乱するために、犯人があえて別のトリックを使ったということもありえるのではないか。


「これならルロイさん殺しに関しては、口封じという動機もできますし」


「なるほど……」


 古参メンバーの間で揉め事が起こって、二人が結託してミザロさんを殺した。そのあと、アルスラさんが保身のために、ルロイさんも殺害した……といった風な筋書ということだろう。


 マリナさんの唱えた仮説には筋が通っている。少なくとも、明らかな矛盾や破綻はないだろう。


「ただ、それだと結局第二の事件のトリックは謎のままですからね」


 アルスラさんの得意な風魔法を使っても、部屋の酸素を吸い出したり、酸欠空気を生み出したりすることはできないのは既に検証済みである。


 一応マリナさんの説のおかげで、アルスラさんが犯人だと仮定して推理を進められるようにはなった。だから、その分だけ進展はあったと言えるが――


「難しいですね……」


 第二の事件のトリックを解明することは、結局マリナさんにもできなかったらしい。ただただ顔つきを険しくするばかりだった。


 しかし、そうして推理が煮詰まったものの、今回もマリナさんが自室に戻ることはなかった。


「待て」


 部屋から立ち去ろうとする瞬間に、スフィアさんが彼女のことを呼び止めたからである。


みなを呼んでこい」


 スフィアさんが人を集めるということがどういう意味を持つのか。それを瞬時に理解して、ボクの背中には悪寒が走った。


「スフィアさん、まさか……」


「ああ」


 あたかもボクをなぶるかのように、スフィアさんは威圧と愉悦の混じった笑みを浮かべる。


「この謎、儂がいただくとしよう」

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