第四章 スライム殺人事件(解決篇)
4-1 エディル犯人説についての反論
ベッド上のルロイさんは、いつものようにお追従を言ったり、おべっかを使ったりしない。もう二度と口を利けなくなっていたからである。
長年パーティを組んできた相手をまた一人失ってしまった。
彼に追放されたボクでさえ、そのことに思うところがないわけではないのだ。彼と仲良くしていた他のメンバーたちは尚更だろう。
しかし、冒険者ゆえに人の死を受け入れるまでの時間が短いからか。あるいは、犯人を特定してやることが一番の弔いだと考えたのか。憲兵に先んじて、ピエルトさんは検死を始めていた。
だから、ボクも彼にならうことにしたのだった。
「死因が何か分かりますか?」
ボクの問いかけに、ピエルトさんはまぶたの裏を示す。
「今度も溢血点が出てるな」
「窒息死ということですか」
体内の酸素が減ると、毛細血管から血が滲みやすくなり、まぶたの裏に赤い斑点(溢血点)が現れることがある。そのため、窒息死した死体では、しばしこの溢血点が見られるという。前回のミザロさんの死体もそうだった。
「首の跡は?」
「ないな」
その点も、ミザロさんの死体と一致していた。
「今回もマフラーで首を絞めたわけですね?」
「そこまでは分からんが、同じ手口で殺したと見ていいんじゃないか」
弱い力による扼殺や胸部圧迫の可能性も考慮したのだろう。ピエルトさんは断定を避けるようにそう答えた。
「死亡推定時刻は?」
「昨日の午後八時から十時ってところだろう」
ピエルトさんはゼンマイ式の懐中時計を手にそう答えた。
前回は午後十一時から午前一時頃ということだった。少し早まったとはいえ、概ね同じような時間帯だと言っていいだろう。
「殺人事件があったのに、夜に他人を部屋に入れるというのは不用心過ぎますかね?」
「ルロイは人がいいというか、気が弱いところがあったからな。それは十分ありえると思うぞ」
リーダーのアルスラさんにつくことが多いというだけで、ルロイさんは他のメンバーにも――それこそサポート役で立場の低いボクにすら基本的には低姿勢だった。ピエルトさんの言う通り、多少無理のある理由だったとしても、ドアを開けてくれたのではないだろうか。
「となると、問題は鍵をどうしたかということですか……」
そこまで言ったところで、ボクははたと気づく。
「そういえば、部屋の鍵はどこに?」
前回の事件を思い出して、テーブルの上に目をやる。しかし、それらしいものは見当たらなかった。
「そこね」
ドロシアさんが指を差したのは床だった。
第一の事件を思い出して、真っ先にベッドに向かったせいで気づかなかったらしい。部屋の鍵はベッドとは反対方向の、カーペットの上に落ちていたのである。
鍵を拾い上げると、ボクはすぐにドアへと向かう。
「本物みたいですね」
鍵穴にはスムーズに刺さったし、鍵を回せば施錠・解錠もできた。
また、部屋に入る時に合鍵を使ったのはボク自身のため、間違いなくドアは施錠されていたと断言することもできる。
つまり、本物の鍵が、鍵のかかった部屋の中で見つかったことになるのだ。
「今回も密室殺人のようじゃな」
ボクより一足早く、スフィアさんはそう結論付けていた。
すると、その瞬間にも、アルスラさんはボクのことを指差してくる。
「やっぱり、お前がスライムで殺したんだろ」
半固形のスライムに命じて、ドアの隙間から侵入してもらう。被害者が眠って警戒が薄れたところで、鼻と口を塞いで窒息死させる。そのあとは、侵入時と同じようにドアの隙間から出ていった……
この説にアルスラさんは自信を持っているようだが――
「それはありえません」
マリナさんはそう明言した。
「なんで分かる?」
「スライムなら、
ボクに引き渡すために持ってきていたのだろう。マリナさんは
「解散したあと、マリナさんが部屋に来てくれたんですよ。それで第二の事件が起きた時にボクが疑われないように、リーンを預かることを申し出てくれたんです」
「エディルさんが犯人だった場合に、これ以上犠牲者を出さないようにするという意味もありましたけどね」
それでマリナさんは、リーンを瓶の中に閉じ込めておくことを提案してくれたのである。また、ボクの潔白を証明するためということで、狭苦しいはずだがリーンも瓶詰めにされるのを了解してくれたのだった。
しかし、アルスラさんはそれでも引き下がらない。
「お前らが共犯だってこともありえるだろ」
「ボクとマリナさんは、つい昨日知り合ったばかりなんですよ。それなのに、共犯者になれるほど相手を信頼できるでしょうか」
かといって、「実は以前からの知り合いだった」ということもありえないだろう。もし親しい仲だったとしたら、ボクを『暁の団』から追い出してまで、マリナさんが加入しようとしたというのは不自然だからである。
「じゃあ、新しくスライムを手なづけたんだ。そいつで殺したんだろ」
「モンスターを仲間にするのは、そんな簡単なことじゃないです」
「人間に対して敵対的な生物」というのが、大雑把なモンスターの定義なのである。仲間を増やそうとしたところで、すぐに増やせるわけではない。
また、『暁の団』に秘密でスライムを仲間にしていたということもない。追放されたくないのに実力を隠すというのは矛盾しているからである。
「そもそもこの手口では、スライムで殺したと言っているようなものでしょう。本当にエディルさんが犯人なら、もっと疑われにくい方法で殺すのではないでしょうか?」
マリナさんの言う通りである。
わざわざ密室で殺したことによって、ボクが犯人としか考えられないような状況になってしまっている。それならまだ非密室で殺して、誰が犯人か特定できない状況にした方が、よほど逮捕を免れやすかっただろう。
「真犯人が罪から逃れるために、エディルさんの犯行に見せかけて二人を殺した。しかし、第二の事件では
しかし、ここまで徹底的に反駁されても、アルスラさんはなお食い下がってきた。
「なら、具体的に誰がどうやってやったって言うんだ?」
「それは……」
「なんだ、結局分からないんじゃないか」
マリナさんが口ごもったのを見て、アルスラさんは勝ち誇る。
けれど、周囲の反応は違った。「ボクとマリナさんが組む理由がない」「新しくスライムを手なづけるのは難しい」という反論の方に説得力を感じているようだった。
「やっぱりスライムが犯人なんじゃないの?」
「ドロシアさんは共犯説に賛成ということですか」
「そうじゃなくて、野生のスライムが犯人なんじゃないかって。要するに、ただの事故だったってこと」
ボクは今までずっと、事件だとばかり思って捜査をしてきた。実は事故だったというのは盲点である。
しかし、事故の可能性が頭をよぎらなかったのには、それなりに理由があった。
「この街には検問がありますからね。スライムが侵入するのは難しいのではないでしょうか」
この街は周囲を壁に覆われた、いわゆる城塞都市である。モンスターの侵入は壁で阻まれてしまう。また、出入り口となる検問も、衛兵が見張りに立つため、やはり侵入経路にはなりえない。
「それにスライムは動きが鈍いですから。たとえ侵入できたとしても、すぐに発見されて討伐されてしまうはずです」
その上、この宿屋は壁から遠く離れた、街の中心部に位置していた。部屋にたどりつく前に、住人たちに発見される可能性はさらに高くなっていたことだろう。
「『暁の団』のメンバーばかりを殺している点も妙ですね。
新参者という点を考慮して、マリナさんは「それとも以前に何かありましたか?」とも続けた。しかし、途中加入のドロシアさんも、立ち上げ時からのリーダーであるアルスラさんも、思い当たる節はないようだった。
もちろん、『暁の団』のメンバーも、スライムを殺した経験自体はあるようだ。けれど、スライム討伐は新人でもこなせるような依頼のため、『暁の団』だけが恨まれて狙われるというのは不自然だと言わざるを得ないだろう。
そう反論されると、ドロシアさんはすぐに次の説を唱え始めた。
「じゃあ、他に魔物使いがいて、そいつがスライムで殺したっていうのは?」
「その場合も、殺し方がネックになりますね。珍しい職業なので、ボク以外の人間も容疑者候補に挙がることは十分想定できるでしょう」
ギルドや宿屋、検問で聞き込みをされたら、街にいる魔物使いが容易くリストアップされてしまうはずである。そんな状況下で、スライムで殺したと分かる殺し方をして、わざわざ自分が疑われる状況を作る理由はないだろう。
「そもそも珍し過ぎて、エディルさんの他にいるかどうかも怪しいですしね」
魔物使いになるにはモンスターを手なづけられる能力が必要であり、モンスターを手なづけるには彼らの言語が分かるという特殊な才能が必要である。そのため、マリナさんの言う通り、魔物使いがもう一人以上この街にいる可能性はかなり低い。
「じゃあ、窒息死っていうのが間違いってパターンは? 実は単なる病死だったりとか」
「二人も死人が出たので、その可能性は低いかと」
溢血点が出る死病として、主に心臓病が挙げられるそうである。感染症ならともかく、短期間の内に近しい二人が揃って心臓病で死ぬというのは、確率的にさすがに考えにくいだろう。
「なら、もう知らないわよ」
ドロシアさんは会話を打ち切るようにそっぽを向いた。
考えてみれば、ドロシアさんはボクが犯人とならないような説を挙げてくれていたのである。そのボクにさんざん反論されたのだから、頭に来てしまうのも無理ないだろう。だからといって、間違った意見を正しいと言うわけにもいかないが……
「……いや、ドロシアの意見はもっともかもしれない」
そう賛成するようなことを言ったのは、ピエルトさんだった。
「どういうことですか?」
「窒息死じゃなくて、溺死の可能性もあるってことだ」
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