3-8 二人の推理
動機に関する議論は、途中からただの人格批判や不満の言い合いの様相を呈し始めていた。
おかげで答えが出ないまま、ただ無為に時間だけが過ぎて、その内にとうとう夜が来てしまった。それで今日のところはもう解散することにして、一同はそれぞれ自分の部屋に戻ることになったのだった。
また、いちいち移動するのは手間だから、ボクも宿屋を替えて、『暁の団』のメンバーたちと同じところに泊まることにした。
期限内に解決しなければ逮捕する、という話を忘れていなかったらしい。解散する直前、アルスラさんは「あと二日だからな」と念を押してきた。
だから、自室に帰ってきてからも、ボクはすぐには就寝せず、推理を続けていたのだった。
「死体の状態から言って、マフラーで絞殺したのはほぼ確定でいいですよね?」
「…………」
「スフィアさん?」
「自分の命がかかっているというのに、よく敵と相談しようと思えるのう」
「それは……」
リーンだけでも助かればいいから……と献身的なことを考えていたわけではなかった。ただ単に、ヴァンパイア騒ぎの時もスフィアさんと相談しながら解決したので、それが癖になってしまっていたのである。
「でも、スフィアさんだって、いろいろ教えてくれたじゃないですか」
「お主がベラベラ推理を話すから、
ボクのように抜けていたわけではなく、勝負にこだわっていただけらしい。スフィアさんは呆れたようにそう答えた。
それで結局、今回も相談に乗ってくれたのだった。
「まぁ、お主の言うように、マフラーが凶器というのは十中八九間違いないじゃろうな」
「となると、問題は密室ですか……」
出入口はドアか窓の二つしかない。加えて、窓は細工のしにくそうなキャビンフックである。となると、消去法的にドアが怪しいと思うのだが……
「それも案ならあるぞ」
「えっ」
「やつらの関係を見ている内に思いついたことがあってのう」
驚くボクをよそに、スフィアさんは淡々とそう答えた。
「ただ証拠は何もないからの。明日推理を話して、揺さぶってみるつもりじゃ」
「へ、へー」
あと二日で逮捕どころの話ではない。最短で明朝までの命になってしまった。
こうなったら、ボクにできることは二つだけ。スフィアさんの推理がはずれているのを祈ることと――
朝までに真相を推理することである。
「ボクも! ボクも案ならありますよ!」
「ほう。では、聞かせてもらおうか」
スフィアさんはすぐにそう命じてきた。おそらく、後出しで「ボクもスフィアさんと同じ推理でした。引き分けですね」などと言わせないためだろう。
もっとも、案があると言ったのは、はったりというわけではなかった。
「鍵が部屋の中にあったことは全員が証言しています。しかし、全員がグルになって嘘をついているとはさすがに考えにくいと思います。事情聴取ではお互いが不利になるような証言をしていましたからね」
「確かにそうじゃな」
もちろん、仲間を疑ったり、ボクを
しかし、ピエルトさんのように金目当てで『暁の団』に加入した人もいれば、マリナさんのようにまだ加入したばかりで『暁の団』に肩入れする理由が薄い人もいる。全員が共犯者になるような理由があるとは思えなかった。
「なので、部屋の鍵がかかっていたというのが嘘なんじゃないかと。つまり、犯人はあたかも鍵がかかっているように見せかけたんじゃないでしょうか」
「一体どうやって?」
「接着剤ですよ」
正答なのか誤答なのか。ボクの答えに、スフィアさんは目を
「部屋のドアを樹脂か何かでできた接着剤で固定したんです。ドアが動かなければ、鍵がかかっていると勘違いしてもおかしくないですからね」
接着剤の中には、それこそ建材に使われるようなかなり強力なものもあるそうである。ドアを固定することも十分可能だろう。
「だが、それではドアは閉まったままじゃろう。開ける時はどうするのじゃ?」
「ドアを開けたのはアルスラさんです。被害者のミザロさんを除けば、パーティで一番力があります。ですから、力ずくで無理矢理こじ開けたんです」
「なるほどのう……」
アルスラさんの他にドアに触れたのは、最初にミザロさんを呼び行ったルロイさんだけだった。鍵開けができることから分かるように、彼は威力よりも精度に長けたタイプの弓使いである。魔法使いや僧侶よりは力はあるだろうが、前衛の勇者に及ぶほどではない。結果、接着剤でドアが閉まっていると誤認させられてしまった。
そのあとアルスラさんは、ルロイさんに持ってこさせた合鍵を使うようなふりをして、魔法で強化した腕力でドアを開けたのだ。
「しかし、それだとドアに接着剤を使った跡が残るじゃろう。ちと杜撰ではあるまいか?」
「そ、そうですかね」
「少なくとも、儂の推理とは違うな」
思い起こしてみれば、スフィアさんは「証拠がない」と言っていたではないか。早く解決しようと焦るあまりに、そのことを失念してしまっていた。
「儂の推理は――」
話を聞いてしまったら終わりである。あとはもう推理がはずれていることを祈るしかなくなってしまう。
そのギリギリの状況が、そしてスフィアさんの言葉が、ボクに閃きを与えた。
『やつらの関係を見ている内に思いついたことがあってのう』
「あっ」
先程、ボクは動機の面から全員共犯はないと推理した。
しかし、メンバーの一部が共犯関係を結ぶということはありえるのではないだろうか。
「ドアに触れたのは、アルスラさんとルロイさんだけです。ですから、二人で開かないふりをしていただけだったんです」
最初にミザロさんを呼びに行ったのはルロイさん。合鍵を取りに行ったのもルロイさん。
全員で呼びに行った時、ドアに触れたのはアルスラさん。合鍵を受け取ったのもアルスラさん。
接着剤説を考える時にも少しだけ頭をよぎったが、ドアや鍵に直接関わったのは、この二人しかいなかったのだ。
また、アルスラさんとルロイさんの組み合わせという点が、このトリックが使われたことに信憑性を与えていた。
「二人は古くからの仲みたいですから、何か理由があれば共犯関係になっても不思議はないでしょう。……どうですか?」
「ちっ、儂も同意見じゃ」
「舌打ちしないでくださいよ」
と言いつつ、ボクは安堵から笑みを漏らしていた。もちろん、この推理が間違っていることもありえるが、少なくとも引き分けに持ち込んで、スフィアさんに食べられることは回避できたのた。
「でも、動機は何なんでしょう? 古参メンバーの中で揉め事でもあったんでしょうか?」
「そう考えるのが一番自然じゃろうな」
アルスラさんがまずルロイさんと組んで『暁の団』を立ち上げ、ほどなくしてミザロさんも加入したそうである。その後、何度かメンバーの加入や脱退(追放)があったものの、この初期の三人だけは結成当初から変わらないままだという。
だから、あとから加わったボクやピエルトさんたちが知らないような事情があったとしても不思議はないだろう。
「もっとも、最初に言った通り、この説は証拠がないのがネックじゃがの」
「でも、スライムで殺す以外に方法があることは示せますからね。処刑は避けられるはずです」
ボクは再び安堵から笑みを漏らす。
頭の上では、リーンも嬉しそうに声を上げていた。
◇◇◇
翌朝――
ボクの話を聞いて、アルスラさんは険しい顔をする。
「謎が解けた?」
「かもしれません」
自分が犯人だと指摘されることを予感したからだろうか。アルスラさんの表情はますます険しいものになった。
「一体どうやってやったっていうんだよ」
「それは全員揃ってからお話しします」
昨日に引き続き、今日も被害者のミザロさんの部屋に集合して、捜査を行う予定になっていた。だから、ボクはその時に、スフィアさんと相談した共犯説について話すつもりだったのである。
しかし、肝心の人物の到着が遅れていた。
「ルロイのやつ、まだなのか」
予定の時刻には少し早い。けれど、ルロイさんは気を遣って、いつもは誰よりも先に集合場所に来ているような人だった。
だから、一瞬苛立ちを滲ませたアルスラさんも、すぐにその可能性に思い至ったようだった。
「まさか」
アルスラさんは部屋を飛び出して、ルロイさんの下へと向かう。ボクたちも遅れまいとあとに続いた。
だが、アルスラさんがドアを叩いても返事はなかった。また、ノブを回してもドアは開かなかった。
「クソ! ダメだ!」
その可能性がますます高まって、アルスラさんは憔悴した顔をする。
「何やってるんだ! 早く合鍵を持ってこい!」
理不尽な怒号だが、誰からも文句は出なかった。ドロシアさんに至っては、自分の失敗にはっとしたように走り出していた。
一方、アルスラさんはアルスラさんで命令を受けることになった。
「
突然だったこともあって、「あ?」と言い返したものの、スフィアさんの顔つきの方が凄味があったようだ。アルスラさんはすごすごとドアの前からどいていた。
スフィアさんがドアを開こうとノブに触れる。だが、次の瞬間には、ボクの方を見て首を振った。
代わってもらってボクも試してみたが、結果は同じことだった。
そうこうする内に、ドロシアさんが戻ってきたので、ボクは受け取った合鍵を使ってドアを開いた。
ミザロさんの時と同じような展開であることには薄々気づいていたが、部屋に入るとそれが確信に変わった。
一見眠っているような様子で、ルロイさんもベッドに横たわっていたのである。
そして、この点もまたミザロさんと同じように――
「もう死んでるな……」
ルロイさんの手首に触れたピエルトさんは、そう診断を下したのだった。
「アルスラさんとルロイさんが共犯で、二人で鍵がかかったふりをしていた」というのがボクとスフィアさんの推理だった。
しかし、今回確かめてみたところ、ドアには本当に鍵がかかっていた。
その上、犯人であるはずのルロイさんが被害者になっていた。
ボクたちの推理は完全に破綻してしまったことになる。
「これで勝負は仕切り直しじゃな」
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