3-7 動機の検証

 動機の有無を確認させてほしい。


 このボクの提案に、アルスラさんが真っ先に噛みついてきた。


「動機だって?」


「犯人の目星がつけば、そこからトリックを思いつくかもしれないですから」


 たとえば、動機からルロイさんが犯人だと推定できたとする。その場合、(もう否定されたが)鍵開けの技術を応用して、鍵を使わずに密室を作ったのではないかという仮説を立てられるようになる。犯人候補が絞れれば、犯人の特徴を踏まえた推理ができるようになるのだ。


 しかし、アルスラさんはまったく納得してくれなかった。


「まだ俺たちを疑ってるのか」


 眉間にしわを寄せて、呆れたような怒ったような顔をする。


 ただ自然に宿屋に出入りしたり、中を移動したりできたという点で、まず宿泊客に嫌疑がかかる。また、部屋が荒らされていなかったことを考えると、動機は金品ではなく怨恨の線が強い。だから、『暁の団』のメンバーが疑わしいと思うのだけれど……


「あたしは別にいいわよ。犯人じゃないし」


 ドロシアさんはきっぱりとそう宣言した。


わたくしも構いません」


「まぁ、断っても怪しまれるだけだしな」


 彼女に続いて、マリナさん、さらにはピエルトさんまで提案に乗ってくれた。


「そういうことでしたら、あっしも……」


 多数派についておきたいのか、自分の身の安全が最優先なのか。今回ばかりは、ルロイさんもアルスラさんに従わない。


 捜査に非協力的な人間が一人しかいないとなると、必然的にその一人に疑惑の目が集中することになるだろう。そのせいか、アルスラさんも結局聴取に応じる気になったようだ。


 それどころか、前言を翻してアルスラさんは一番に証言を始めていた。


「言っとくが、俺に動機なんかないぞ。ミザロは『暁の団』の仲間なんだ。殺したりなんかするかよ」


 整った顔立ちに、凛とした声、それらしい台詞…… 一見すると、本当に仲間思いの優しいリーダーのようにしか見えないだろう。


 けれど、ボクはもう騙されない。


「ボクのこと普通に追放しましたよね?」


「あいつは古参だし、役にも立ってた。同じパーティメンバーといっても、お前とは格が違う」


 理由はひどいが、それが逆に証言の信憑性を高めていた。ボクを追放した時も、「上位互換の賢者が加入するから、イメージの悪い魔物使いは不要だ」と言ってのけたくらいである。アルスラさんなら、仲間に優劣や上下をつけるような考え方をしていても何も不思議ではない。


 それでも念には念を入れて、ボクは他のメンバーにも確認を取る。


「二人が揉めているのを見たという人はいませんか?」


「昨日アルスラがやつあたりしてたけど、それくらいじゃないかしら?」


 ヒドラ討伐失敗の責任の所在を巡って、二人は口論になったという。しかし、アルスラさんはミザロさんだけでなく、他のメンバーたちとも言い争いをしていたそうである。ドロシアさんが指摘したように、動機と考えるには少し弱いだろう。


「ミザロはわりとアルスラ寄りの意見が多かったし、殺すほど不仲だったとは思えんな。お前がいた時もそうだっただろ?」


「確かにそうですね……」


 ピエルトさんの言う通りだった。単に昔馴染みの仲というだけではない。どうもモンスター嫌いのミザロさんからすると、功名心が強く次々に依頼を受けようとするアルスラさんの方針は好ましいものだったようで、リーダーとして顔を立ててあげることがしばしあったのである。


 そうボクが納得すると、アルスラさんは「ほら見ろ」と安堵するような挑発するようなことを言ってくるのだった。


「古参だから動機がない」という主張が通ったからだろう。もう一人の古参であるルロイさんが続いて無実を訴え始める。


「自分もアルスラさんと同じでやす。ミザロさんとはずっと組んできた仲ですから」


 しかし、これに関しても、ボクは念のために確認を取っていた。


「何か知っているという方は?」


「特にないな」


 ピエルトさんは首を振った。


 一方、ドロシアさんには思い当たることがあったようだ。


「そういえば、いやらしい目で見てくるって愚痴ってたことがあったわね」


「へっ?」


 予想外の指摘だったようで、ルロイさんはすっとんきょうな声を上げる。


 もっとも、動きやすさを重視しているからか、傷のせいで顔を隠しているコンプレックスからか、ミザロさんの装備していた鎧は露出の多いものだった。ドロシアさんが証言したようなトラブルがあってもおかしくないだろう。


「と、とんでもない。あっしはそんな不埒な真似はしやせんよ」


「いや、見てるでしょ。バレバレだから」


 ドロシアさんは怒ったような呆れたような風に睨みつける。


「あたしでもそうなんだから、ミザロなんかもっとだったでしょうね。マリナも見られてたんじゃないの?」


「まぁ、その……」


 ミザロさんほどではないというだけで、マリナさんもスタイルはいい方だった。そのせいか、パーティに加入したばかりなのに、もう被害に遭っていたらしい。


 この証言を聞いて、ドロシアさんは自分の説に確信を持ったようだ。


「死んだのは深夜だったんでしょ? 誘ってみたけど断られて、カッとなって殺っちゃったんじゃないの?」


「それはない」


 へどもどするばかりのルロイさんに代わって、アルスラさんがそう断言した。古参のメンバーは特別大切だという先程の言葉に嘘はなかったようだ。


「アルスラさん……」


 感動したようにルロイさんは自然と声を漏らす。


 しかし、本当のところは、古参だからというよりも、腰巾着だから一応擁護しておいただけというのが実情だったようだ。


「こいつはヘタレだからな。コソコソ盗み見するのがせいいっぱいだろう」


「アルスラさん!?」


 盗み見していたこと自体は肯定されてしまって、ルロイさんは抗議するように叫ぶのだった。


 それからも、ルロイさんは「本当に見たりなんてしてやいませんよ」「仲間に対してそんなことするわけないでしょう」などと弁解を続ける。


 しかし、アルスラさんはまったく気にも留めない。ルロイさんだけでなくボクまで差し置いて、勝手に事情聴取を進めようとする。


「そういうドロシアはどうなんだ? 女同士、俺たちの知らないところで揉めたりしてたんじゃないのか?」


「そういう『女の人間関係はドロドロしてる』的な偏見やめてもらえないかしら」


「女は陰湿だからな」


 そう言ってアルスラさんが取り合おうとしないので、ドロシアさんはその『女同士』で確認を取っていた。


「マリナ、そんなことなかったわよね?」


「ええ、そうですね」


 まだ加入して日が浅いとはいえ、これで一応裏は取れたと考えていいだろう。


 にもかかわらず、やはりアルスラさんはまともに取り合おうとしない。


「それも言わせてるだけじゃないのか」


「アンタの考え方のほうがよっぽど陰湿じゃないの」


 ドロシアさんは怒りに目をつり上げるのだった。


 だが、アルスラさんはまるで反省していないらしい。相手を変えて、同じような口撃を始める。


「ピエルトはどうだ?」


「俺の性格は知ってるだろ? 金にならないことはしない」


「それは金になればやるってことか?」


「そうとも言えるが……」


 否定しないんですか…… ボクは思わず呆れ顔になる。


 けれど、ピエルトさんは結局否定しないまま話を続けた。


「ミザロ殺しをどう金に繋げるっていうんだ?」


「ミザロがいなくなれば前衛不足になる。そうなったら、スフィンクスと組んでるエディルを呼び戻そうって話になるだろ」


 事実かどうかはともかく、ボクが想像もしなかったような動機だった。


 しかし、マリナさんによれば、確かにボクを呼び戻さないかという話自体は出ていたらしかった。


「ミザロよりスフィンクスの方が強いとは限らんだろう」


「お前、前からエディルの索敵を評価してたじゃないか。仮に多少戦力が落ちたとしても、索敵能力が上がればおつりが来ると思ったんじゃないのか?」


 同じ前衛でもリーダーのアルスラさんを殺したら、パーティの足並みが崩れてしまうかもしれない。また、賢者のマリナさんは前衛もこなせるというだけで、基本的には後衛である。


 それに対して、モンスター嫌いのミザロさんを消せば、魔物使いのボクの復帰に反対する人間を減らせることになる。少なくとも、動機とターゲットの間に矛盾は生じていないのではないか。


 けれど、ピエルトさんは否認を貫くのだった。


「そのためだけに人を殺したっていうのか? さすがに割に合わないだろ」


「どうだかな」


 ボクとしては、アルスラさんよりもピエルトさんの意見の方に信憑性を感じていた。


 逮捕されるかもしれないというリスクに見合うほど、ボクをパーティに復帰させることにリターンがあるとは思えない。それに、仮に逮捕を免れられたとしても、ボクに復帰を断られたら、無意味にパーティメンバーを減らすことになってしまうだけだろう。


 だというのに、アルスラさんは自説に固執するのだった。


「そういう意味じゃあ、マリナも怪しいな。お前も戻せってうるさかったもんな」


「それはありえないですね」


 ボクを呼び戻すことを明確に提案したのはマリナさんのはずだが、それにもかかわらず彼女は言下にそう否定した。


「エディルさんを仲間にしたいのに、彼に疑いがかかるような殺し方をしたら本末転倒でしょう」


 言われてみればその通りだった。ボクをパーティに復帰させたいというのが動機なら、犯人は自殺や事故死に見せかけて殺したはずだろう。


「そう考えたら、アンタの方が怪しいんじゃないの? エディルのことが憎いから、罪を着せるためにやったんじゃない?」


「は?」


 自分が追及されるとは思っていなかったらしい。ドロシアさんの推理に、アルスラさんは唖然とする。


「エディルがお前を疑い始めたら、今度はなすりつけるみたいに俺たちを犯人扱いしだしたしな」


「はぁ?」


 ピエルトさんの推理には、驚き半分苛立ち半分という様子だった。


 もっとも、アルスラさんを疑うメンバーばかりというわけでもなかったようだ。すぐに擁護の声も上がった。


「それは考え過ぎでしょう。アルスラさんは単に保身しか頭にないだけでやすよ」


「おい、今のはどういう意味だ、ルロイ」


 事件に関しては擁護しているものの、人格に関しては明らかに批判的だった。先程アルスラさんに、「女性陣の胸を盗み見している」と決めつけられたことへの意趣返しだろうか。


 これがきっかけとなって、今までルロイさんのことだけは庇いがちだったアルスラさんも、とうとう特別扱いをやめたようだ。「自分の索敵に自信がなくなって、エディルを復帰させようとしたんだろ」などと言い出したのである。そのせいで、さらに議論は紛糾することになってしまった。


「この様子じゃと、また死人が出るかもしれんの」


『暁の団』が言い争う様子を見て、今まで黙って話を聞いていたスフィアさんが初めて口を開いた。悪趣味な冗談にボクは苦笑を漏らす。


 しかし、あることに気づいた瞬間、苦笑すらできなくなっていた。


 そういえば、スフィンクスは予言や暗示をするモンスターだったはずである。

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