3-6 密室の検証

「大体、仮に俺がマフラーで殺したんだとして、密室の方はどう説明するんだ?」


 アルスラさんの質問に、ボクはすぐには答えられなかった。


 自分に嫌疑を向けられて、苦し紛れにひねり出しただけかもしれない。しかし、もっともな反論ではあるだろう。


 ピエルトさんや憲兵の人たちなら、首に跡を残さずに窒息死させる方法も知っていたはずである。それでもボクがスライムを使って殺したという説を否定しきれなかったのは、現場が密室だったせいに違いなかった。


「そういうことなら、次は鍵の問題を検証しましょうか」


 ボクは死体発見時の状況を思い出す。つまり、聞いた話を思い出す。


「マリナさんは部屋に入った時に、テーブルの上に鍵があるのを見たんですよね?」


「ええ、間違いありません」


 ボクに事件の経緯を教えてくれた彼女は、改めてそう念を押した。


「他に見たという方は?」


「俺も覚えがあるな」


 ピエルトさんが挙手をする。


 さらに他のメンバーたちも、「あたしも」「あっしもです」「俺も見た」と口々に同意したのだった。


「全員ですか……」


「キーホルダーがついてますから、それなりに目立つと思いますよ」


 そう説明したあとで、実物を見せた方が早いと考え直したらしい。マリナさんはテーブルから鍵を持ってきてくれた。


 キーホルダーは木製で、細長い棒のような形状をしていた。また、表面には細かい模様が彫刻され、上からさらに塗装まで施されている。追放される前は同じ宿に泊まっていたから概ね分かっていたことだが、大きさといいデザインといい、これなら確かに目立つだろう。


「つまり、被害者を絞殺したあと、鍵を持って部屋を出て、普通に施錠をする。翌朝、部屋に合鍵で入った時に、死体発見のどさくさに紛れてテーブルに鍵を置く……というようなトリックは不可能だったわけじゃな?」


「そのはずです」


 スフィアさんが話を整理すると、マリナさんもそれに頷くのだった。


 しかし、鍵が施錠された部屋の中にあったからといって、それだけで部屋が密室だったとは言えないだろう。


「事前に鍵の複製を作ることはできなかったのでしょうか?」


「お前が泊ってるような安宿の鍵じゃないんだ。素人には無理に決まってる」


 アルスラさんは小馬鹿にしたようにそう反論してきた。


 改めて鍵を確かめてみたが、事実としてつくりは複雑なようだった。高級な宿は居住性や接客だけでなく、防犯対策にも力を入れているということだろう。


「かといって、鍛冶屋に頼んだらすぐバレちゃうでしょうしね」


 ドロシアさんがそう付け加える。


 彼女の言う通り、鍛冶屋に聞き込みをするだけで、最近鍵の複製を依頼した人間がいたかどうか、その人間はどんな風体だったかが判明して、簡単に犯人が割り出されてしまうことだろう。


「鍛冶屋の方は憲兵の連中が捜査をしてるみたいだ。だから、俺たちは別の方法を考えた方がいいだろう」


 最後にピエルトさんがそう助言してきた。


 聞き込みのような足を使った捜査は、人海戦術の使える憲兵隊の方が得意だろう。ピエルトさんが言ったように、複製説の検証は彼らに任せた方が効率的に違いない。


 だから、ボクは他の可能性を当たることにした。合鍵を取りに行ったというルロイさんに質問したのだ。


「入る時には合鍵を使ったという話でしたよね? 合鍵はどうやって管理を?」


「鍵つきの金庫に入っていやした。その金庫の鍵は、宿屋のご主人が肌身離さず持ってらっしゃるそうです」


「その一本だけですか?」


「そう伺っていやす」


 となると、「金庫から合鍵を盗み出して、部屋を施錠したあと、また金庫に戻した」という方法を使うのは困難だったということになるだろう。


「それじゃあ、窓から入ったっていうのはどうですか?」


 ボクは窓辺へ行って外を覗いてみる。ミザロさんの部屋は二階にあったから、地面からはそれなりに高さがあるが――


「強化魔法が得意な人なら、これくらいの壁は登れますよね?」


「それは無理だと思いやす。窓にも鍵がかかっていやしたから」


「騒ぎになっている時にこっそりかけたというのは?」


「窓に近づいたら怪しいでしょう」


 ルロイさんはそうボクの仮説を否定した。理屈としては正しいから、アルスラさんをかばうための言い訳とは言い切れないだろう。


 スフィアさんも、ルロイさんと同意見のようだった。


「それに、鍵がキャビンフック(アオリ止め)じゃからの。施錠されておるかどうかは、一目見れば簡単に分かるはずじゃろう」


「確かにそうですね」


 キャビンフックとは名前の通り、一方の窓枠についたフック状の金具を回転させ、もう一方の窓枠についたリングに引っかけて施錠を行う形式の錠のことである。


 つまりキャビンフックの場合、鍵が閉まっている時はフックが横向きに、鍵が開いている時はフックが縦向きになる。そのため、今鍵がどうなっているかは一目瞭然で、犯人が工作する前に誰かに少しでも窓を見られたら、その時点で密室でなかったことがバレてしまうのだ。


 そこでボクは次の調査に取りかかった。今度はノックの要領で壁を叩き始める。


「一体何を始めたわけ?」


「秘密の抜け道がないかと思いまして」


 怪訝がるドロシアさんに、ボクはノックを続けながら説明した。


 壁の裏に抜け道、つまり空間があれば、そこだけ叩いた時の反響音が変わるはずだろう。ボクはそれを確かめていたのだ。


「そんなもの宿屋にあるわけないだろ。ダンジョンじゃないんだぞ」


 すかさずアルスラさんが茶々を入れてきたが、ボクは無視して調査を続行する。


 しかし、四方の壁を叩き終えても、結局音の変わる場所は見つからないままだった。


「ほら、ないじゃないか」


「まだ分かりませんよ。床も確かめてみないと」


 ボクはしゃがみ込むと、同じように床も叩き始める。見落としがあるといけないので、家具をどかしたり、カーペットを剥がしたりして、その下の床も調べてみた。


 けれど、それでもやはり抜け道は見つからなかった。


「おい、もういいだろ」


「まだ天井が……」


「お前いい加減にしろよ」


 さすがに偏執的だと思われてしまったらしい。アルスラさん以外のメンバーも、困ったような呆れたような表情を浮かべていた。


 しかも、ボクの考えは実際偏執的な妄想でしかなかったようだ。


「ないみたいですね」


「だから、そう言ってるだろ。この部屋は間違いなく密室だったんだよ」


 アルスラさんはイラついたように改めてそう繰り返した。


 鍵が部屋の中にあり、それを入室直後に全員が確認していること。合鍵は厳重に管理されていて、持ち出すのは難しかったこと。窓にも鍵がかかっており、さらに壁や床には抜け道がないこと…… あらゆる要素が、スライム以外には部屋の出入りができなかったことを示している。


 しかし、スフィアさんには別の考えがあるようだった。


「鍵を使わずに鍵をかけたのではないか?」


「どういうことですか?」


「貴様ら冒険者は、金属の棒なんかを使って宝箱の鍵を開けとるじゃろう。それなら、逆に鍵をかけることもできるはずじゃ」


 そういえば、あえて家の鍵をかけ直すことで、家主が盗難被害に遭ったことに気づくのを遅らせて、逃亡する時間を稼ぐ泥棒がいるという話を聞いたことがある。界隈には不正解錠ならぬ、不正施錠の技術も存在しているのだ。


「『暁の団』だと、鍵開けはルロイさんの担当でしたね」


 ボクが追放される直前に行ったダンジョンでも、彼が宝箱の解錠をしていた。


 この指摘に、ルロイさんは脂汗を浮かべる。


「あっ、あっしが犯人だって言うんでやすか?」


「可能性で言えば、一番ありえるかと」


「あっしは本職の盗賊じゃないんだ。無理です、無理ですよ」


 ここで言う盗賊とは、一種の冒険者用語で、鍵の開錠や罠の解除の技術に長けた者のことを指す。だから、「自分はあくまで弓使いで、鍵開けはかじっただけだ」とルロイさんは主張しているのだ。


 しかし、かじっただけのルロイさんでも不正施錠はできるかもしれない。それどころか、かじってすらいない他のメンバーにもできるかもしれない。ボクはそれを確認しておきたかった。


「とりあえず試してみてもらえませんか」


「そんなこと言われても――」


「いいから、やってみろ」


 そう一喝したのはアルスラさんだった。


「できたからって、お前が犯人と確定するわけじゃないだろ。やれよ」


「わ、分かりやした」


 びくびくしながらルロイさんは頷く。もう赤の他人に過ぎないボクの依頼には逆らえても、今後も付き合いのあるリーダーの命令には逆らえなかったようだ。


 全員で廊下側に出ると、早速実験が始められた。


 いつもは解錠用に使っている道具を、ルロイさんはドアの鍵穴に突っ込む。先端が湾曲した金属の棒である。


 さらにその棒を持ち上げたりひねったり、あるいは別のものに交換したりと、がちゃがちゃ忙しなく動かしていく。


「どうだ?」


「いやー、やっぱり難しいですよ。時間をかければできるかもしれやせんが……」


「そんなことじゃあ、誰かに見られかねないだろうな」


 不正施錠が困難だと判明して、アルスラさんは満足げな顔をした。


「ええ、そうです。その通りです」


 試してみろと命令してきたのが、実は自分を擁護するためだったと分かったからだろう。アルスラさんの意見に、ルロイさんは嬉しそうに何度も頷く。


 しかし、スフィアさんはこの結果に疑問を呈していた。


「こやつが手を抜いているということはないのか?」


「それはないんじゃないかしら。普段宝箱を開ける時だって、すぐってわけじゃないから」


 ドロシアさんがそう答えた。『暁の団』に所属したことのないスフィアさんは知らなくても仕方がないが、本人の自己申告通りルロイさんの鍵開けの技量はそこまで高くないのだ。


「鍵を複製するのが難しいんだから、同じく鍵をかけるのも難しいと考えるべきだろうな」


 ピエルトさんも不正施錠はなかったと見ているようだった。


 かといって、ドアではなく窓を不正に施錠したというのも考えにくい。キャビンフックの「フックを回転させてリングに引っかける」という作業は、内側からではごく簡単なことかもしれないが、外側から行うのは難しいだろう。


「で、他に方法はあるのか?」


 さっさと俺が犯人だという説を撤回しろ、そして自分の罪を認めろ、とばかりにアルスラさんが急かしてくる。


 けれど、ボクはまだ捜査をやめるつもりはなかった。


「密室の件は一旦後回しにして、先に調べたいことがあるんですが……」


「今度は何をするって言うんだよ?」


「皆さんのお話を聞きたいと思いまして」


 そう答えた瞬間、メンバー全員の視線がボクに向けられることになった。


 一方、逆にボクは全員の表情を見回していた。


「動機がないか調べさせていただけないでしょうか」

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