3-2 『暁の団』の慢心
「先日はたいへんなご無礼を働きまして、誠に申し訳ございませんでした」
アルスラは深く深く
この日、『暁の団』の一行は、ヴラス・ツェルダール伯爵邸を訪問していた。ヴァンパイアだと誤解して、アルスラが伯爵に剣を向けてしまった件について、正式に謝罪をするためである。
アルスラはマリナが教えた通りに台詞を言って、教えた通りに頭を下げた。だから、彼に続いて、マリナたちパーティメンバーも頭を下げる。
そうして、しばらく礼をし続けたあとのことだった。
「顔を上げなさい」
ようやく伯爵から声が掛かったのだった。
「剣を向けられただけで、何も怪我をしたというわけではない。それに私が森に似つかわしくない格好をしていたのが一因でもある。ヴァンパイアの件で気が立っていたせいで、狭量なことを言ってしまったと私も反省しておったのだよ」
嫌味や皮肉ではないらしい。顔を上げるついでに、彼の表情を確認してみたが、苛立っているような様子はなかった。
こういう場合に何を言うべきかについても、アルスラにはあらかじめ指導してあった。
「滅相もございません。すべては我々の不徳の致すところです。それにもかかわらず、伯爵様からご厚情を賜れたことには、感謝の言葉を言い尽くしても足りません」
もう一度、一行は伯爵に頭を下げる。
さらにアルスラはこうも続けた。
「ヴァンパイアの討伐は、必ずや我々が果たしますので」
今回こそ下手を打ったものの、本来『暁の団』はBランクに区分される、実力のあるパーティである。この所信表明は口先だけのものとは言えない。その上、アルスラは顔がいいので、芝居がかった台詞もさまになっていた。
だから、これに伯爵が好印象を受けて、彼からの評価も回復する――はずだった。
「その件ならもう済んでおるよ。どうやら日光アレルギーを発症しただけだったようだ」
アルスラの熱演と反比例するように、伯爵は冷淡にそう答えた。
人体が日光に過敏に反応して、皮膚炎を起こすアレルギーが存在すること。アカザという野草を食べると、日光アレルギーを発症しやすくなること。被害者の弟が横恋慕から意図的にアカザを食事に出していたことなどを、伯爵は続けて説明した。
マリナの考えた台本に頼りきっていたようで、少し予定外のことが起こるとアルスラはもう対処できなくなってしまう。「そ、そうでしたか……」と相槌を打つのがせいいっぱいのようだった。
そんな彼に、伯爵は追い討ちをかけるように言う。
「ちなみに、解決したのはエディルという冒険者だったそうだよ」
「エッ」
予想外の名前を耳にして、アルスラは二の句が継げなくなってしまったようだった。
「聞けば、以前君たちのパーティにいたそうじゃないか」
「いや、ええと、まぁ」
現在所属していない理由を聞かれたら困るからだろう。アルスラはしどろもどろにそう答えるしかないようだった。
しかしすぐに、以前仲間だったという事実を利用することを思いついたらしい。
「『魔物使いのせいか組んでくれる人がいない』って言うもんだから、俺がパーティに入れてやりましてね。勉強用の本の代金も出してやったりして。だから、あいつは俺が育てたっていうか」
「ギルドマスターからは、追放したとも聞いているんだがね」
事件の真相や解決者の名前を正確に把握していたくらいである。案の定エディルと『暁の団』の関係性についても、伯爵は詳しく調べ上げていたようだ。
だというのに、アルスラはすぐにまた調子のいい言い訳を口にするのだった。
「い、いえ、あれは追放じゃないですよ。あれは……修行。そう、あいつを修行に出しただけなんです」
「サポート専門で、戦闘ではあまり役に立っていなかったという話も聞いているからね。君たちには君たちの言い分もあるだろう」
「そっ、そうなんですよ~。あいつは本当に無能でしてね~。我ながら今までよく追放しなかったな~って」
アルスラが何か
そう考えたのは、マリナだけではなかったようだ。見れば、他のメンバーたちも苛立ったような不安げなような表情を浮かべていた。
だが、結局アルスラを黙らせたのは、パーティメンバーの誰でもなかった。
「しかし、スフィンクスを山から追い払ったのも彼だったそうじゃないか。君たちが戦闘を避けるしかなかったスフィンクスを、だよ」
「…………」
嫌味の利いた伯爵からの批判に、アルスラはとうとう釈明を思いつかなくなってしまったようだった。
「リーダーならもう少し人を見る目を養った方がいいのではないかね」
◇◇◇
『暁の団』の一行は、伯爵邸をあとにする。
しかし、伯爵本人どころか、使用人すら見送りに出てこなかった。謝罪は完全に失敗に終わったと見ていいだろう。
「クソッ」
せめてもの腹いせとばかりに、アルスラは庭の敷石をぐりぐりと踏みつけにする。
「あのじじい、ネチネチネチネチと」
「よせ、聞こえるぞ」
屋敷を横目に見ながら、ミザロはそう制止した。
これ以上伯爵を怒らせたらまずいと思ったのか、それとも古参のメンバーの意見だからか。アルスラは渋々とこれを聞き入れる。
ただし、やめたのは伯爵への罵倒だけだった。
「エディルもエディルだ。俺が追放した途端に活躍しやがって。最初からやってれば、パーティに置いておいてやったっていうのに」
『暁の団』への嫌厭感情も手伝って、伯爵は反対にエディルのことを買っているようである。今の発言も聞かれてしまったら十分まずいのではないか。
けれど、そのことを指摘するパーティメンバーはいなかった。それどころか、ルロイに至っては、アルスラの肩を持つほどだった。
「なーに、単に運がよかったってだけの話でやすよ」
「……本当にそう思うか?」
「ええ、そうに決まってやす。どうせ続きやしやせんって」
「そうか。そうだよな。俺に見る目がないなんてありえないもんな」
だが、マリナが話を聞いたかぎりでは、エディルはダンジョン内の謎掛けを解いたり、モンスターの習性や弱点を説明したりと、以前から頭脳労働でパーティに貢献していたようだった。スフィンクスの件も、ヴァンパイアの件も、まったく予想外の活躍とまでは言えないはずである。
戦闘能力が低い点ばかりを取り上げて、アルスラがエディルを過小評価していただけではないだろうか。見る目があるとはとても――
「何だよ、その顔は」
「そんなつもりは」
アルスラに見咎められて、マリナはすぐに弁解した。考えていたことがうっかり表情に出てしまっていたらしい。
「大体、エディルの代わりに入ったお前が役割を果たせてないのが悪いんだろ。日光アレルギーを知らなかったのか? 賢者ってのは肩書だけか?」
「知識としては知っていましたよ。ただ気づく機会がなかっただけです。すぐに討伐に向かうことになったので、被害者の調査ができませんでしたからね」
「言い訳を思いつく頭はあるんだな」
アルスラはムキになったように言い返してきた。すぐに討伐に向かうことになった原因というのは、「ヴァンパイア討伐の名誉を奪われたくない」と出発を急かした彼のことに他ならなかったからだろう。
「やめろよ、アルスラ。ただでさえエディルが抜けてガタガタなのに、マリナにまで辞められたらパーティが崩壊するぞ」
見かねた様子で、ピエルトが諫めるように声を掛ける。
しかし、アルスラはこの諫言の、「エディルが抜けてガタガタなのに」という部分が気に入らなかったらしい。追放を決めた自分への批判だと受け取っていたのである。
「お前だって、コスパが悪いとか言って追放に賛成しただろうが」
「ああ、そうだな。だが今思えば、報酬の分配だけ見直して、残ってもらうべきだったんだろうな」
これまでは、モンスターの世話代を経費としてパーティ全体で負担していた。だが、これをエディルの自己負担に変えれば、自分たちパーティメンバーの取り分は増えるし、コスパの悪いモンスターの足切りをエディルに強要する必要もなくなる。ピエルトはそういうことが言いたいのだろう。
また、追放を反省していたのは彼だけではなかった。
「確かにそうね」
「ドロシア、お前まで」
「性格的に合わなかったから、あの時はちょうどいいと思ったわ。でも、あいつも居心地悪そうなのにパーティに残っててくれたんだから、こっちも我慢してあげればよかったのかもね」
はっきり物を言うドロシアにとっては、控えめな性格のエディルは陰気でうじうじしているように映ったのだろう。逆にエディルからすると、ドロシアは高圧的で気後れしてしまう相手だったのではないか。
これは相性の問題だから、一概にどちらが悪いとも言えない。だから、一方的に自分の意見だけ主張したことを、ドロシアは申し訳なく思っているようだ。
「アルスラがヴァンパイアの件でミスしたことも、私たちがエディルを追放したことも、もう終わった話だろう。今更蒸し返して何になる」
アルスラとピエルトたちを取りなすように、ミザロはそう口を挟んだ。
「それよりも、これからどうするかの方が重要だろう? もうヴァンパイアを討伐して名誉挽回するわけにはいかないぞ」
失敗の原因をあげつらっても、事態が好転するわけではない。そんなことをするよりも今後の身の振り方を考えるべきだ……というのは、確かに現実的かつ建設的な意見だろう。
しかし、自分たちの失敗について、きちんと反省する気がないとも言える。これではいずれまた同じ失敗を繰り返すだけではないだろうか。
だが、マリナの懸念に反して、その点が議論に上がることはなかった。
「……高難度の依頼を受けよう」
「また失敗したら、今度こそ悪評がついて回るようになりますよ。無理をしない方がいいのでは?」
焦って一発逆転を狙ったところで、いい結果が出るとは思えない。アルスラの意見に、マリナは難色を示す。
けれど、彼は譲らなかった。
「スフィンクスだの、ヴァンパイアだの、イレギュラーな依頼だったから失敗しただけだ。普通のモンスター退治なら問題ない。違うか?」
スフィンクスを倒すには謎掛けを解く必要があった。ヴァンパイアはそもそも実在していなかった。解決するのに単純な戦闘能力以外のものを要求されていたのは事実だろう。
「確かにそうだな」
「マリナが入ったから、パーティは確実に強くなってるしね」
追放を反省していたはずのピエルトやドロシアも、エディルの戦闘能力までは評価していないらしい。討伐依頼を受けることに賛同する。
「やりやしょう、やりやしょう」
ルロイが雰囲気を盛り上げるように囃し立てる。ミザロも納得したように頷いていた。
自分以外のメンバー全員が賛成しているのである。高難度の依頼を受けること自体は、マリナも了承するしかなさそうだった。
「……どのような依頼を受けるおつもりなんですか?」
「ヒドラの討伐だ」
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