第三章 スライム殺人事件

3-1 マリナの証言

「条件を確認するぞ」


 決着後に揉め事が起こらないようにするためだろう。スフィアさんは勝負を始める前に、今までの話し合いを総括した。


「勝負の内容は、密室殺人事件の謎を先に推理すること。貴様が勝った場合、今まで通りわしを手下として使役できる。逆に儂が勝った場合は、貴様を喰らわせてもらう。これでよいな?」


「ええ」


 真犯人を明らかにしなければ、容疑者であるボクとリーンは冤罪によって処刑されてしまう。たとえスフィアさんとの勝負を避けたとしても、結局事件を解決しなくてはならないのだ。それなら勝負を受けて、契約の延長まで狙った方が得策なのではないか。


 それに、もしボクに謎が解けなかったとしても、スフィアさんが解いてくれれば、少なくともリーンの命だけは助けることができる。だから、ボクは勝負を承諾することにしたのだ。


 しかし、これに待ったがかかった。


「おい、勝手に話を進めるなよ」


 アルスラさんが会話に割り込んできたのである。


「何が勝負だ。お前が犯人なのに、そんなことさせるわけないだろ」


 ドアの隙間からスライムを侵入させて、ミザロさんの呼吸を封じて窒息死させた。このエディル犯人説に、アルスラさんはよほど自信を持っているようだ。


 また、これに同意する声も上がった。


「まったく、とんでもない話でやすよね」


 パーティメンバーも一緒に来ていたらしい。『暁の団』の弓使い――ルロイさんがいつものお追従を口にしていたのだ。


「さあ憲兵さん、早くあいつを逮捕しちまってください」


「……ただエディルさんは、スフィンクスの件やヴァンパイアの件を解決されていますからね」


 意外なことに、憲兵の人はエディル犯人説に懐疑的なようだった。


 どうやらこれまでのモンスター絡みの事件を通じて、彼ら憲兵隊の信用を獲得することができていたらしい。……何年も一緒だった元パーティメンバーよりも、数回顔を会わせただけの憲兵の方が信頼してくれているというのは、何か間違っているような気もするが。


「俺の推理よりも、こいつの話を信じるっていうのか!」


「そうでやすよ!」


「明確な証拠があるというわけではないので……」


 憲兵の人はそう渋る。もしかしたら、彼らがこうして部屋まで来たのも、アルスラさんたちがうるさく急かしたのが原因なのではないだろうか。


「よろしいのではありませんか?」


 そう言って、また一人ボクの味方をしてくれる人が現れた。


 服装から鑑みるに、彼女は憲兵ではなく冒険者のようである。しかし、ボクの見知った顔というわけではなかった。


 おそらく彼女の正体は、ボクの後任として『暁の団』に加入することになっていた賢者なのではないだろうか。


 職業としての賢者は、「高度な魔法を使える魔法剣士」くらいの意味合いである。けれど、彼女は人格的な面でも賢者らしかった。


「彼らに推理をさせて、真相が分かればそれで事件は解決です。また、真相が提示できなかった場合は、アルスラさんの説が正しいことの間接的な証拠にできます。どう転んでも損はないのでは?」


「それはそうかもしれないが……」


 ボクとスフィアさんの勝負を認めるメリットを理詰めで説明されて、アルスラさんはまともに反論できなくなってしまったようだった。


 また、単にリーダーの意見に後乗りしていただけだったからだろう。ルロイさんも気まずそうに黙り込んでしまう。


「そうだぞ、アルスラ」


 賢者の人に続いて、僧侶のピエルトさんもボクたちの勝負を容認していた。


「大体、エディルが犯人じゃなかったら、まずいことになるかもしれないぞ」


「? 別にこいつが冤罪で死のうがどうでもいいだろ?」


「もし他に真犯人がいたら、またメンバーが殺される可能性があるってことだ」


 追放したボクと違って、現メンバーのことは大切なのか。もしくは、自分の命が大切なのか。ピエルトさんの話を聞いて、アルスラさんはとうとう折れたのだった。


「……分かったよ」


 けれど、やはりボクが犯人候補の第一位であることには変わりないようだ。


「じゃあ、三日だ! 三日以内に解決しろ! じゃなきゃ、処刑だ!」


 アルスラさんは勝手に条件を付け加えてきたのだった。


 しかし、満更横暴だとも言い切れないせいだろう。憲兵の人は申し訳なさそうな顔をする。


「状況的にエディルさんが疑わしいのは確かですから。処刑はともかく、逮捕をいつまでも引き延ばすのは難しいかと思われます」


「分かりました。その条件でいいです」


 この場で今すぐ逮捕されて牢屋に拘束されたら、現場検証や事情聴取ができなくなって、冤罪を晴らすのが余計に難しくなってしまうだろう。それに比べれば、たとえ三日でも猶予ができるのは大きいはずである。


 スフィアさんもこの追加条件には特に反対しなかった。


「時間制限なぞあってもなくても同じことじゃ。儂が先に謎を解いて、貴様を喰うんじゃからな」


 彼女はそう余裕たっぷりに笑みを浮かべる。ほとんど脅されたようなものなので、ボクは顔を引きつらせていた。


 また、スフィアさんの発言に青くなっていたのはボクだけではなかった。


「喰うとか喰わないとかって言ってるけど、もしかしてその子が例のスフィンクスなの?」


 ある程度は街の噂などで聞いていたようだが、ボクとスフィアさんの細かい契約内容までは知らなかったらしい。魔法使いのドロシアさんは、『喰う』発言に眉をひそめていた。


「大丈夫なんでしょうね?」


「約束は守ってくれる人ですから、勝負に勝てば問題ないですよ」


「アンタはどうでもいいわよ。あたしたちを襲わないのかって言ってるの」


「そういうことですか……」


 冤罪でも構わないようなことを口走っていたアルスラさんといい、みんなボクの命を何だと思っているんだろうか。


 それにスフィアさんに対しても失礼だろう。


「無関係な人を食べたりはしないですよね?」


「儂がしたいのは食事ではなく決闘じゃからの」


 初めて出会った時にも、スフィアさんは同じようなことを言っていた。あくまでも勝負に真剣になってもらうために、相手に命を賭けさせているだけだ、と。


 価値観は少し、いや大分ボクたちとは違うものの、それでも見境なく人間を襲うようなことをするつもりはないのだろう。スフィアさんはスフィアさんなりの誇りを持って、ボクたち人間と接しているのだ。


 これを聞いて、ドロシアさんも一応納得してくれたらしい。「ならいいけど……」と不承不承引き下がる。


 他にはもうボクたちの勝負に反対する人はいないようだった。だから、ようやく捜査に取りかかることにする。


「それじゃあ、現場まで案内していただけますか」


「来い!」


 そう命令だけして、アルスラさんはさっさと歩き出す。だから、ボクは慌てて彼のあとを追いかけるのだった。


「道すがら事件について聞かせてほしいんですが……」


「ああ? さっき話してやっただろ」


「もっと詳しくお願いします。できれば、僕が抜けたあとから全部」


「全部だぁ?」


 アルスラさんはあからさまに嫌そうな顔をした。


 もう追放から何日も経っていたから、内容は膨大になってしまうだろう。説明するのが面倒だというアルスラさんの気持ちも分からなくはない。しかし、捜査する側としては話してもらわないわけにはいかなかった。


「動機から犯人が分かるかもしれないですし、犯人が分かればトリックを逆算できるかもしれませんから」


「俺たちの中に真犯人がいるって言いたいのか?」


「そういうわけでは……」


 と言葉を濁したものの、ボクはその可能性が高いと踏んでいた。


 ミザロさんの部屋には特に荒らされた様子はなかったそうだから、犯人の目的が金品だとは考えにくい。しかし、『暁の団』は国内各地を旅しながら活動しており、この街を訪れたのは今回が初めてのことだという。そのため、街の住人がミザロさんに強い恨みを持っているとは思えなかった。


 また、ボクがリーンに命じて殺したかのような状況になっている点も気になる。これは偶然ではなく、真犯人がボクに罪を着せようとしているせいではないか。つまり、真犯人の正体は、ボクがスライムを仲間にしていることや『暁の団』に追放されてしまったことを、よく知っている人物なのではないだろうか。


 ミザロさんに何かしらの悪感情を抱いていること。ボクや『暁の団』の内情について詳しいこと。この二点から、パーティメンバーの中に真犯人がいると断定してもおそらく問題ないだろう。


 どうやらもボクと同意見のようだった。


わたくしがお話しましょう」


 経緯の説明を面倒がるアルスラさんに代わって、例の賢者がそう申し出てくれたのである。


 もちろん、今後のことを考えて、パーティ内に真犯人がいるかどうかはっきりさせておきたいという気持ちもあるのだろう。


 しかし、彼女の表情を見るかぎり、証拠もなく犯人扱いされたボクに同情してくれている面もあるようだった。……何年も一緒だった元パーティメンバーよりも、初対面の後任者の方が優しくしてくれるというのは、何か間違っているような気もするが。


「ありがとうございます。ええと……」


「マリナと申します。エディルさんのことは伺っていますよ」


「そ、そうですか」


 あんな形でパーティを追放されてしまったのである。間違いなくいい話ではないだろう。


 というのは、ボクが穿った見方をしているだけのようだった。


「特に索敵がお得意なのですよね。ピエルトさんやドロシアさんが褒めてらっしゃいましたよ」


「え、本当ですか?」


 ピエルトさんはまだ分かる。モンスターの世話代でコストがかさみ過ぎることを気にしていただけで、もともとパフォーマンスについてはそれなりに評価してくれていたからである。


 意外なのはドロシアさんだった。「暗い」だの「キモい」だの散々な言われようだったが、性格のせいで嫌われていたというだけで、能力に関しては認めてくれていたんだろうか。


 ボクは思わずドロシアさんに目をやる。しかし、彼女は「何見てんのよ」とばかりに睨んでくるだけだった。これ、本当に褒めてくれていたんですかね……


「その点も含めてお話させていただきます」


 そう前置きしてから、マリナさんは『暁の団』のこれまでの冒険について教えてくれた。


 マリナさんの加入後、つまりボクの追放後、まず受けたのは運送の仕事だったそうである。スフィンクス(スフィアさん)が山に陣取って物流が滞っていたので、商人に代わって商品を届けることになったのだ。


 この仕事を回り道をするだけの簡単なものだと一行は考えていたが、その見通しは甘かったらしい。ルロイさんの索敵能力では、遮蔽物の多い山中では力が及ばず、結果何度もモンスターと遭遇する羽目になってしまったのだという。


 もっとも、依頼を完遂できた点を鑑みれば、苦戦したというだけで失敗したとまでは言えない。本当に失敗を犯してしまったのは次の依頼だった。


 次に受けたのは、ヴァンパイアの捜索及び討伐依頼である。冒険者が襲われたと聞いて、『暁の団』は夜の森へと向かうことになった。


 ただ、今回も暗闇のせいで視界が悪く、ルロイさんは思うように索敵を行うことができなかった。そのため、襲ってくるモンスターを倒すのに手いっぱいになってしまって、ヴァンパイアを探すどころではなかったそうだ。


 しかも、なかなかヴァンパイアを見つけられない焦りがますます状況を悪化させた。ヴァンパイアだと勘違いして、視察に来ていた貴族にアルスラさんが斬りかかってしまったのだ。


「なるほど。それで……」


 マリナさんの話を聞いて、ボクは腑に落ちた気分だった。


「それで何だよ?」


「なんでもないです」


 アルスラさんが説明したがらなかったのは、長話をするのが面倒くさかったからではなく、失態続きで恥ずかしかったからなのだろう。怒りだすのは明らかなので、そんなことは本人にはとても言えないが。


 だから、ボクは話題を元に戻すことにする。


「そのあとで事件が起きたんですか?」


「いえ、またトラブルが起こりまして」


 マリナさんの言い方が気に喰わなかったようで、アルスラさんは渋い表情を浮かべる。


 けれど、彼女はお構いなしに説明を続けるのだった。


「ヴァンパイアの件について謝罪をするために、わたくしたちは改めて伯爵のお宅へ伺ったのですが――」

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