2-8 次なる事件は……

 今夜の夕食は酒場で取ることにした。


 といっても、ボクはまだ十四なので法的にお酒を飲むことはできない。食事を取る店として酒場を選んだのは、単に『暁の団』にいた頃の習慣からきたものだった。


 またスフィアさんも、外見はともかく年齢はクリアしているはずだが、お酒以外のものに夢中になっていた。


「このプリンというのは初めて食べたが美味いのう」


「それならよかったです」


 確かカスタードプリンが広まったのは、ここ二、三十年のことである。これまでは基本的に人里から離れて暮らしていたそうなので、スフィアさんも名前くらいしか知らなかったようだ。


「普通は最後に食べるものだと思いますけど」


 食事はまだ始まったばかりで、デザートには早過ぎるだろう。けれど、スフィアさんは「なら、最後にも食べればよかろう」と屁理屈をこねるのだった。


 料理に対しても知的好奇心が働くようで、注文前にスフィアさんはあれも食べたいこれも食べたいとわがままを言い出した。だから、複数の料理を頼んで、それを二人でシェアして食べることになっていた。


 しかし、次々と食べるものを変えていくスフィアさんと違って、ボクの手はすぐに止まってしまっていた。


「もうよいのか?」


「事件のことがちょっとショックで」


 ボクは目の前の料理から、調理担当だというルーサーさんのことを連想し、さらに彼の起こした事件のことまで思い出してしまっていたのだ。


「仲のいいパーティに見えたんですけどね……」


 それぞれ兄弟や幼馴染という間柄で、メリットではなく絆によって結ばれている。そういう理想的なパーティだと思っていたから、水面下で激しい愛憎が渦巻いていたことが衝撃的だったのである。


「そういえば、貴様は追放されたことがあるんじゃったな」


 ショックが大きかったのも、おそらくそのせいなのだろう。単に自分が『暁の団』のメンバーたちと上手くやれなかっただけで、どこかには厚い信頼関係で結ばれたパーティもあると信じたかった。あの三人がそうだと思いたかった。


 しかし、結局あの三人も、裏では浮気をしたり、それに対して報復を行ったりするような仲でしかなかった。そういう表面的な関係性なら、『暁の団』の間にだって成立していただろう。


 だから、程度の差はあれど、結局どこのパーティも内情は大して違わないのではないかと、現実を思い知らされた気分になっていたのである。


 そうしてボクが悄然としていると、頭の上から声が降ってきた。


「ああ、今あげるよ」


 ボクは頭の上に――食事を催促してきたリーンに、ステーキのかけらを差し出す。

 ただ本当に空腹で仕方ないのなら、自発的に帽子から出てきてもよかったはずである。おそらくリーンはお腹が減っていたのではなく、ボクのことを励ましてくれたのだろう。「自分がついている」と。


 スフィアさんもボクと同意見のようだった。


「随分となついておるのう」


「リーンは最初に仲間になったモンスターですから」


「ふーん?」


 興味があるような、ないような相槌だった。もっとも、普段の素っ気なさを考えると、これでもまだ関心を持っている方かもしれない。


「前に『モンスターから村を守ってもらったことがきっかけで、冒険者を目指すことにした』ってお話ししましたよね?

 その人は討伐のあともしばらく様子見として、村に滞在してくれることになって。だから、その間、冒険者になるための指導をしてもらえるようにお願いしたんです。

 ただボクに適性がなかったせいで、剣も魔法もちっとも上達しませんでした。修行を始めてすぐに、向いてないって言われてしまったくらいで……」


 よほど見込みがなかったのだろう。指導された内容を暗唱した時には、「学者でも目指した方がまだ可能性がある」とまで言われてしまった。


「見かねたあの人は、ボクを冒険に連れて行きました。本物の戦闘で痛い目を見れば、さすがに諦めがつくと思ったみたいですね。実際、スライムと遭遇した時、ボクは戦う気になれませんでした。

 でも、それは怖かったからじゃないんです。相手が『人を襲ったりしない』『悪いスライムじゃない』と言っていたからでした。それで、自分にはモンスターの言葉を理解する力があると、魔物使いとしての適性があると気づいたんです」


 そのため、件の冒険者ももう諦めろとは言わなくなった。


 それからは、モンスターに指示を出したり、モンスターと連携して戦ったり、魔物使いとしての戦い方を指導してもらった。また、記憶力を買われて、敵の習性や弱点を利用して倒すために、モンスターの特徴を徹底的に叩き込まれた。


 ボクが冒険者になれたのは、リーンと出会えたおかげだったのである。


「だから、ボクとしてもリーンには思い入れがありますね」


 モンスターというだけで嫌われがちで、周囲から白い目で見られたり、入店を拒否されたりすることも多い。しかし、それでも一緒にいたいから、ボクは帽子という隠れ場所を作っているのだ。


「もちろんフニやダップルのことも仲間だと思ってますけど」


 不定形のリーンと違って、帽子で隠すのが難しいから仕方なく馬小屋に預けているだけである。本当なら二匹とも一緒に食卓を囲みたかった。


「当然スフィアさんも」


 そう付け加えたのは、なにもご機嫌取りというわけではなかった。


 そもそも今夜酒場に来たのも、ヴァンパイア騒ぎでうやむやになっていた約束を果たすためだった。「スフィアさんがパーティに加わった記念に、何か食べにいきましょうか」という約束である。


 これを聞いたスフィアさんは、「条件つきの仲間じゃがな」と訂正して、食事を再開するのだった。



          ◇◇◇



 翌日の朝、というかほとんど昼前のことである。


 ノックの音で、ボクはようやく目を覚ました。


 昨夜は謎掛けを出し合ったり、野草の話をしたり、スフィアさんと遅くまで酒場で過ごした。そのせいで、ベッドから起き上がるのが億劫で仕方ない。


 けれど、ノックの音は激しさを増して、二度寝や居留守を許してくれそうになかった。


 寝ぼけまなこのまま、ボクは渋々ドアを開けに行く。しかし、来客の服装を見て、一瞬にして目が冴えた。


 来客は憲兵だったのである。


「……どうかされたんですか?」


「エディルさん、あなたをミザロ・リーエンス殺害の容疑で逮捕します」


「ミザロさん?」


 その名前の知り合いなら一人しかいない。


『暁の団』のパーティメンバー、戦士のミザロさんのことだろう。


「亡くなったんですか? どうして?」


「それは――」


「窒息死だよ」


 憲兵の人の背後から、そう別の声が上がった。


 サラサラの長髪、派手な鍔と柄頭のバスタードソード、もう春なのに首に巻かれたマフラー…… 憲兵の制服とは違うが、彼の格好にも見覚えがあった。


 リーダーのアルスラさんである。


「今朝、集まる予定になってたのに、いつまで経ってもミザロが起きてこなくてな。仕方なく部屋まで行って声を掛けたが、それでもまったく反応がなかった。

 何かあったんじゃないかと思った俺たちは、宿屋の主人に合鍵を借りて中に入った。そうしたら、ミザロが死んでいるのが見つかったんだ。

 持病があるなんて話は聞いてなかったから、まさかと思って死体を調べてみたよ。その結果、死因は窒息だってことが分かった。ミザロは殺されてたんだ」


 パーティメンバーの突然の死というだけでも受け入れがたいことである。その原因が事件、すなわち誰かの悪意によるものだとなれば尚更だろう。


 特にミザロさんは古参のメンバーだから付き合いが長く、その分だけ関係も深いものだったに違いなかった。アルスラさんが動転してしまうのも無理はない。


 しかし、だからといって、冤罪をかけられては困る。


「それがどうして僕の犯行ってことになるんですか?」


「ミザロの部屋は鍵がかかってたんだぞ? 密室だったってことじゃないか」


「だから、どうして?」


「スライムならドアの隙間を通れるだろうが!」


 リーンは日頃から、ボクの頭と帽子の間に隠れているくらいである。不定形の体を利用すれば、確かにドアの隙間のような狭い場所も通過できることだろう。


「お前はスライムに命令したんだ。『ドアの隙間を通って、ミザロの部屋に侵入しろ。そして、鼻と口を封じて窒息死させろ』ってな。その証拠に、窒息死してたのに、首には縄の跡が残ってなかった」


 スライムの攻撃方法は主に二つ。一つは体当たりで、もう一つはアルスラさんも挙げた窒息である。


 洞窟や迷宮の天井から、スライムが頭上目がけて降ってきて、呼吸を封じられてしまう、というシチュエーションは冒険者にとっては珍しいものではない。しばし死亡事故も起こっているくらいだった。


 だから、アルスラさんの推理はそれなりに筋が通っていると言えそうだが……


「どうしてボクがそんなことを?」


「パーティを追放されたことを逆恨みしたんだろ」


「それなら、普通リーダーのアルスラさんを狙うでしょう?」


「あいつはモンスターを毛嫌いしてたからな。魔物使いのお前にとっては、俺よりもミザロの方に腹が立ったんじゃないか?」


「そんなことは……」


「大体、動機なんてどうでもいいだろ。お前にしか犯行はできないんだからな」


 アルスラさんの主張は、微妙に正論だから性質たちが悪かった。


 過去には、「神のお告げがあった」とか「自分が特別な存在だと証明したかった」とかいう理由で殺人に及んだ人間もいたそうである。中には、「人を殺してみたかった」と供述した者までいたという。必ずしも犯人に怨恨や金銭目的のような分かりやすい動機があるとは限らないのだ。


 その上、アルスラさんはもっと性質の悪いことを主張し始めるのだった。


「殺人罪でお前は死刑。スライムも殺処分だ」


 この国では、殺人犯に死刑判決が下されるのは一般的なことだった。人を攻撃したモンスターが危険視されて、討伐の対象にされるのも同様である。だから、このままではアルスラさんが言ったような未来も十分ありえるだろう。


 どうにかして、アルスラさんの推理を覆さなくてはいけない。


「では、これで勝負といくか」


「スフィアさん!?」


 不意に彼女が口を挟んできたことに、ボクは思わず困惑の声を上げる。


 そして、次にはその内容に戸惑っていた。


「勝負ってどういうことですか?」


「この密室殺人事件の謎をどちらが先に解くかで競争するのじゃ。貴様が勝ったら今後も命令を聞いてやる。しかし、儂が勝ったら貴様を喰わせてもらうぞ」


 スフィアさんはボクの喉元に爪を突きつけてくる。


「殺人者の汚名を着せられて処刑されるよりは、潔白を証明してもらってから死ぬ方がまだよかろう?」


 彼女の目は怪しく輝き、口元は歪んだ笑みをたたえていた。命がけの謎解き勝負ができることに喜悦を覚えているのだ。


「……本当にやるんですか?」


「もとよりそういう契約だったじゃろう」


 躊躇いを見せるどころか、あたかもごく当然のことかのように、スフィアさんはそう答えた。


 反対に、ボクの頭の上では、リーンが心配げにか細い声を漏らしていた。


 考えてみれば、迷う余地はほとんどないだろう。


 このままでは冤罪をかけられて処刑されるのを待つばかりである。


 しかし、勝負を受ければ、たとえスフィアさんが勝ったとしても、ボクたちが無罪だということは証明してもらえる。最悪でもボクが喰われるだけで、リーンの命は助かるのだ。


 それどころか、ボクが勝てば、ボクもリーンも助かった上で、さらにスフィアさんとの契約を継続できることになる。


「分かりました。この勝負受けましょう」


 ボクの返答を聞いて、スフィアさんはますます笑みを深くするのだった。

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