2-7 ヴァンパイアの正体

 ドランさんの体質の変化は、ヴァンパイア化によるものではない。


 この結論は予想外のものだったのだろう。ボクの推理を聞いて、三人とも驚いたような戸惑ったような顔つきをするのだった。


「ドランさんの他には、ヴァンパイアに襲われたという人は出ていません。それどころか、捜索活動が行われているのに、目撃者すら現れていないほどです。なので、そもそもヴァンパイアが出没するようになったというのが間違いなんじゃないかと」


 困惑する三人に対して、ボクはそう説明する。


 これにスフィアさんも協力してくれた。


「貴様らも、誰もヴァンパイアの姿を見ておらんのじゃろう?」


「それはそうだが……」


 テントで眠っていたドランさんは、ヴァンパイアに襲われたことに気づかなかった。交代で見張りに立ったパーティメンバーも、ヴァンパイアの襲来を目撃していなかった。そう証言したのは、他ならぬドランさん本人である。


 しかし、それでもドランさんは納得してくれなかった。ズボンのすそをまくって、先程の実験でできた跡を見せてくる。


「でも、実際に日焼けをするようになったぞ」


「それは日焼けではありません。皮膚炎です」


「ちょうど日光に当たった場所だけ皮膚炎になったって言うのか?」


「ドランさんはヴァンパイア化したのではなく、日光アレルギーを発症していたのでしょう」


 それこそが、体質の変化の本当の原因に違いなかった。


「蕁麻疹や水ぶくれができたり、肌が赤くなったりするのは、アレルギー反応の典型的な症状です。ただ日光に当たったことで赤くなったせいで、ボクたちが日焼けだと勘違いしてしまったんです」


 新手の詐欺か何かだとでも思われたのかもしれない。ボクの説明に、ドランさんは怪訝そうに眉根を寄せる。


「アレルギーくらいは俺も知ってるよ。だけど、あれって卵とか魚とか食べ物でなるものじゃないのか?」


「そうとは限りません。たとえば、指輪やネックレスをつけた時に起こる金属アレルギーなんていうものもあります」


 アクセサリーの類に関しては、女性の方が詳しい傾向にあるからだろう。金属アレルギーの知識があったようで、カミラさんは「ああ」と腑に落ちたように頷く。


 幼馴染も知っていたことから、食物以外のアレルギーもあるということは、ドランさんも一応受け入れてくれたようだった。


「でも、ずっと平気だったのに今更なんでだ? アレルギーって生まれつきのものじゃないのか?」


「そういう場合もあるようですが、特定の物質を摂り過ぎたことが原因で、大人になってから突然発症することもあるみたいです。たとえば、小麦や大豆でできた化粧品を使ったせいで、アレルギーを発症したりとかですね」


 化粧品に関しても、女性の方が詳しいからだろう。今度もドランさんではなく、カミラさんが頷いていた。


 それどころか、彼女は質問までしてきた。


「じゃあ、ドランも日光の浴び過ぎで日光アレルギーに?」


「日光アレルギーの場合、そう単純な話でもないようです。専門的には、植物性光線皮膚炎と言うんでしたか。植物に含まれる成分のせいで、肌が日光に大して過敏に反応するようになることがあるみたいなんです」


 もしかしたら、日光の浴び過ぎで発症するケースもあるのかもしれない。けれど、ボクの知るかぎりでは、おおよそ植物やそれを使った薬が原因で発症した例の方が多いようだった。


「たとえば、日光に当たる前に、ライムやレモンみたいな柑橘類の汁が肌についたりはしませんでしたか?」


「そんなことはなかったぞ」


 ドランさんはすぐに首を振った。


「食べた場合も、同じことが起こる場合があるようですが」


「いや、食べてもないはずだ」


 肌に果汁がつくことに比べて、日常生活でよくありそうなシチュエーションである。そのせいか、今回もすぐに首を振ったものの、ドランさんは自分の記憶に自信を持てなかったようだ。


「なあ、ルーサー?」


「……ああ」


 確認を求められたルーサーさんは、少し考えたあとでそう頷いた。


 ルーサーさんの職業は荷物持ちだが、それ以外に調理も担当しているという。その彼が言うのだから、確かに食事に柑橘類は出なかったのだろう。


「ただ最も光線皮膚炎を起こしやすい植物は、アカザだと言われておる」


「アカザぁ?」


 スフィアさんの話に、ドランさんはすっとんきょうな声を上げる。今までに見たことも聞いたこともない植物だったからだろう。


 実際、アカザは果物でも野菜でもなかった。


「ホウレンソウに似た野草じゃ。確か貴様らは冒険中、野草を取って食べることがあると言っておったな?」


 口頭で説明しただけでは伝わりきらないかもしれない。そう考えて、ボクは絵を描いた。葉がとげとげしていて、野性味のあるホウレンソウといった風な絵だ。


 アカザに関しても、ドランさんは調理担当の弟の判断を求めた。


「どうなんだ?」


「……それなら確かに料理に出したよ」


 今度も少し考えてから、ルーサーさんは頷く。


 もう何日も前のことだから、記憶が曖昧で迷ってしまったのか。あるいは、騒動の原因が自分のミスだと認めるのが怖かったのか……


 カミラさんは後者だと考えたらしい。だから、ルーサーさんをフォローするような、ボクに反論するようなことを尋ねてくるのだった。


「でも、私たちも同じものを食べたはずなのに、どうして症状が出てないの?」


「本人の体質もあるので、必ず日光アレルギーになるというわけではないようです。中には食用に栽培している地域もあるみたいですし」


 日光に限らず、アレルギーの発症には体質の差が大きく関わってくるようだ。たとえば小麦製の化粧品も、同じように使っていても、アレルギーを発症する者としない者が出るという。


 カミラさんと同様に、ルーサーさんのことを気遣ったのだろう。ドランさんも彼を責めるようなことは言わなかった。


 それに、そもそもドランさんが知りたがっているのは症状の原因ではなかった。


「それで治す方法はあるのか?」


「植物から摂った成分が原因で起こるものなので、アカザを食べるのをやめれば症状は治まるはずですよ」


「本当か!?」


 ボクの説明を聞いて、ドランさんは驚くような嬉しがるような大声を上げていた。


「これでまた一緒に冒険にいけるわね」


「ああ、よかったよ」


 笑顔を浮かべるカミラさんには、そう笑顔で返した。


「ごめんね、兄さん。僕のせいで」


「気にするなよ。俺の体質のせいもあるみたいだしな」


 謝るルーサーさんに対しては、そう優しく答えた。


「ニンニクじゃなくて、アカザを嫌いになってればよかったのにね」


「もういいだろ、その話は」


 カミラさんにからかわれて、ドランさんはうんざりしたように言う。けれど、二人とも口元はほころんでいた。このやりとりに、気まずそうにしていたルーサーさんもようやく微笑をもらす。


 自分のミスを素直に謝罪できる。必要以上に相手のミスを責めない。雰囲気が悪くならないように冗談を言える…… いかにも理想的なパーティといった風である。


 できれば、このままずっと見ていたいような光景だった。


 しかし、そういうわけにもいかないだろう。


「ところで」


 和気藹々とする三人の中に、ボクはそう割って入っていった。


「今言った通り、日光アレルギーの症状はアカザを食べたあとに出るはずのものなのに、未だに続いているのは何故なんでしょうか?」


「そりゃあ毎日食べてるせいじゃないのか?」


 ドランさんは当然のことかのように答える。


 自分に向けられた悪意にまったく気づいていないらしい。


「このあたりの地域では、アカザは野草扱いなんですよ。店で簡単に手に入るようなものではありません。冒険中ならともかく、戻ってきてからも毎日食事に出し続けるというのは不自然じゃないですか?」


「何が言いたい?」


 ボクの質問に、ドランさんは目つきを険しくする。


 本当はもうボクの言いたいことを理解しているのだろう。彼はただそれを認めたくないだけなのだ。


「ドランさんを日光アレルギーにするために、わざと料理にアカザを出し続けたんじゃないですか、ルーサーさん?」


「…………」


 事故ではなく事件だったと指摘されて、ルーサーさんは固く唇を結んだ。


 あたかも真相を口からこぼしそうになるのを、必死にこらえているかのようだった。


「調理担当の貴様はどこかでアカザの話を聞いた。それで兄を日光アレルギーにして、ヴァンパイアに襲われたように見せかけたのじゃろう?

 症状が出たのが兄一人だけだったのも、貴様が兄にだけアカザを出したか、量を多く出したかしたせいなのではないか?」


 やはりスフィアさんも真相には気づいていたようだ。ルーサーさんに追い打ちをかけるように自身の推理を語った。


 それでもドランさんは、最後まで弟のことを信じようとする。


「ルーサー、違うよな?」


「……いや、彼らの言う通りだよ」


 ルーサーさんは力なく首を振った。


 こうして被害者より先に、犯人が無罪を諦めたのだった。


 肉親の裏切りを受け入れられなかったのだろう。ドランさんの言いたいことは、「なっ? えっ?」とまったく言葉になっていなかった。


 そんな彼に代わって、カミラさんが尋ねる。


「どうしてそんなことを?」


「二人は僕に隠れて付き合ってるんだろう?」


 ボクは単に状況からルーサーさんの犯行を疑ったというだけで、その動機までは推理できていなかった。せいぜい兄弟の間に隠れた確執があるのではないかと、ぼんやり想像していた程度である。


 しかし、二人とも否定しないところを見ると、ドランさんとカミラさんは本当に恋仲だったようだ。


 ルーサーさんの話を聞いて、ドランさんにも事態が飲み込めてきたらしい。ようやくまともな質問をする。


「お前、まさかカミラのことを……」


「ああ、そうだよ。でも、そのことはとっくに諦めてた。子供の頃から、カミラが兄さんのことばかり見てることには気づいてたからね。だから、カミラが幸せになってくれるなら、それでもいいかと思ってた」


 ルーサーさんの声には、悔しさや無念さ以上に優しさがこもっていた。二人の仲を応援していたというのはおそらく本心なのだろう。


 そのせいで、ドランさんは再び混乱させられたようだった。


「なら、なんでだよ?」


「兄さんが他にも女を作ってるからじゃないか!」


 ルーサーさんは怒りに任せたようにそう叫んだ。


 先に肉親の信頼を裏切ったのは、ドランさんの方だったのだ。


 この事実を耳にして、あたかもルーサーさんの怒りが伝染したかのように、カミラさんも糾弾する側に回っていた。


「ドラン、本当なの?」


「ち、違うぞ。ミリカのことなら誤解だ」


 具体的な名前を出してしまったら、もはや語るに落ちたようなものだろう。カミラさんは「信じられない」と今度は泣き出し始める。


「だから、兄さんがヴァンパイアにされたってことになれば、処刑とまではいかなくても結婚の禁止くらいはあるんじゃないかと思ったんだ」


 先程ヴァンパイアが本当に銀に弱いのかどうかを実験した。部屋には使が出しっぱなしになっていた。


 ルーサーさんはそれを――ナイフを手に取る。


「お前のせいで台無しだけどな!」


 ナイフの存在をすっかり忘れていたこともあって、犯人が暴走した時のことなどまったく想定していなかった。迫りくる刃に対して、ボクはまともな対処を取ることができない。


 しかし、ルーサーさんも忘れていることがあった。


 ボクの帽子の下には、リーンが隠れているのだ。


 刺されたのが人間なら致命傷になりかねないが、スライムならすぐに再生できるという判断だろう。リーンは帽子の下から飛び出すと、固体とも液体とも言えない柔らかい体で、ボクの代わりにナイフを受け止めてくれたのである。


 ただスライムも不死身というわけではない。何度も刺されたり、バラバラにされたりすれば、再生しきれなくなってしまう。


 けれど、突然の闖入者にルーサーさんはすっかり面食らってしまったようだ。すぐには二撃目に移ることができない。


 結局、彼はその隙を突かれて、スフィアさんにあっさり取り押さえられたのだった。

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